№30

 謝礼が貰えるとか聞いたんですけど……いえ、要らないです。大した話ではないし。

――堀江さんはきょろきょろと部屋を見ながら早口で言った。

 その、私、自費で本を作ってまして……いえ、趣味の範疇です。本の内容ですか? 自分のイラストと自分で撮った写真を合成したりして、それの写真集みたいなものを。そういう趣味で作った本を売る、イベントがあるんです。私はちょうど住んでいるところから近い会場で毎年一回開催されるので、欠かさず参加しています。だからなんとなく友達になる人も多くて、本を買ってもらいつつ私もいろいろ回って友達とか、友達の近くで売ってる人の本とか、気になったら買っています。小説とか、漫画とか。プロの作品じゃないけど面白いですよ。

 先日今年のイベントがあったので参加してきました。昼には少し自分のスペースから離れる時間が出来たので、ぐるっと会場を回って適当に買い物をして、いつも通り過ごしていました。買った本は重いので宅配で家に送ってもらうのでその場では確認しなかったんですが、覚えのない本が一冊混ざっていたんです。買った覚えがないんです。かといってフリーペーパーやノベルティのような簡易なものではなく、印刷会社に頼んで印刷したしっかりした本でした。この本を買った人が困っているのでは、いや、間違えて他人のスペースからとってきてしまったのではないかと怖くなって、作者に連絡しようとページを開きました。たぶん、どこかに連絡先が書いてあるだろうと思ったんです。たいてい書いてあるものです。でもそれは小説で、最初から最後のページギリギリまで物語のようでした。SNSなどでタイトルを検索しましたが出てきません。え、タイトルですか? すみません、これがその本なんです。その、イベントで会う友人とかに当たってみたんですがまだ作者が見つからなくて……。

――堀江さんは鞄からA5サイズの薄い冊子を取り出した。赤と黒の表紙に白抜きで『うろの奥』と書かれている。作者の名前はない。

 最初の日は何もなかったんです。次の日、なんとなく中を読んでみました。気持ち悪い小説でした。妊婦が大きな魚を出産したり、老人が自ら目玉を抉り出したり。そういったことに喜ぶ人が出てくる小説です。……それでも1時間ほどで読めてしまったんです。それから、私の部屋でおかしなことが起こり始めて……だから、その本あげます。さよなら!

――ソファーを飛び越えるようにしてドアに向かった堀江さんは、そのまま振り返らずに外に出てしまった。私は本の最後のページを開いた。最後の行に、こう書かれていた。

『堀江は部屋から出た後、道路に飛び出し死んでしまった。』

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