第3話 乱乳

 こんばんわ。

 佐藤・プルルン・栄介です。


 現在の状況をおさらいしよう。

 事件は僕の部屋で起こった。

 時刻は深夜十二時を回った頃。

 僕は就寝せんとして、ベッドに横になり、G行為を済まし、電気を消して、睡魔に体を任せようとしていた時だ。

 いつの間にやら、僕に覆いかぶさるようにして、おっぱい、もとい爆乳、違う違う、綺麗な赤髪の女の子が現れた。


 僕は欲求に抗わずおっぱいを突いた。

 そしたら剣を突き立てられた。

 のみならず騒がれた。

 ゆえに妹と姉が起きてきた。


 そう、今ここ。

 あと、分かっていることも整理しよう。

 僕には彼女の言葉が分かる。

 彼女はこちらの言葉、つまりは日本語が分からない。


 おかしい。

 あべこべだ。

 僕には彼女が日本語を話しているようにしか聞こえないのだから。


 それともう一つ、判明したことがある。


 妹が細い眉をあらん限り吊り上げて、鬼の形相をしている。

 頬が痙攣して、口の端から涎が垂れている。

 どうやら筋肉を統制できないほどお怒りになっているようだ。

 それはつまり、こういうことだ。

 奇想天外爆乳女は、どうやら僕の妄想ではないらしく、間違いなく、空間を占めてそこにいるということ。そう、僕の股間の上に。


 妹は歯をかちかち鳴らしながら口を開く。


 「お、お、おー?お~お、おっ!お、お、お、おっ♪ぉ、ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”お”にいじゃんっ!」


 妹は錯乱していた。

 目が虚ろだ。

 手には薙刀なぎなたが握られている。

 それも真剣だ。

 砥がれた刃が、部屋に妖しく微光を散らしている。

 

 「よし、なんだ、言ってみろ。」


 とりあえず彼女の意見を聞こうではないか。

 僕は兄の度量を見せる。

 決して妹に怯えている訳じゃない。

 そもそもこちらの言い分が通じるような様子ではないのだ。

 耳まで裂けるかと見紛うばかり、妹は口角を吊り上げて呪詛を垂れる。


 「…………その女の臓腑、私が全部喰って良い?」

 「…………。」

 「うん、違うの。もつ煮込みとかもつ焼きじゃないの、そのまま。」

 「…………。」

 「お酒に合う感じじゃなくて、そのまま、このまま、新鮮に。」

 「…………。」

 「だって、その女の臓腑には、おにいちゃんの体液がまぶされてるんでしょう?だったらそのままでいいじゃない、そうに決まってる、当然よ、ねえ、今からさばくよ、解体ショーだよおにいちゃん、いいよね?」


 我が佐藤家で狂っているのは僕だけじゃない。

 妹も、何の影響か、あるいは思想か。

 ご覧の有様だ。


 「…………なんだあの剣は……暗殺用の武具か?……あの女、相当の手練れとみえる。」

 

 ほら、爆乳が絶賛誤解中だ。

 僕の首根っこを掴み、ベッドの上に立たせ、それから人質にされた。

 僕の背におっぱいの双丘が当たる。

 ネグリジェという薄皮一枚の先におっきいおっぱいがある。

 

 妹はすでに理性を失っていらっしゃる。

 緩くパーマにした黒髪をポニーテールにし、臨戦態勢を整えている。


 どうする。

 言語は通じない。

 徐々に爆乳騎士も周囲の異変に気付き始めたようだ。


 「……ここはどこだ?おい、お前、ここはどこだ。どこに私を連れ去った?」

 

 質問は分かっているのだ。

 だが、答える術を持たない。

 取りあえず首を横に振る。

 それから僕はゆっくりと両手を上げた。


 「な、なんだ、動くな!」


 僕の喉に刃が当たって、一筋血が鎖骨へと垂れる。

 それでも僕はハンズアップを止めない。

 爆乳に伝われ!僕の意志!


 おっぱいは僕を裏切らなかった。


 「丸腰、いや降参ということか……?おい、私が何を言っているか分かってるのか?」


 よし来た!

 それはグッドクエスチョンだ。

 僕は頷く。

 ちなみに聡明な姉上も頷いていらっしゃる。

 一人、妹だけが獲物を前にした禽獣きんじゅうのように垂涎すいぜんしている。


 「そうか。……いや、待て。なんで私の言葉が分かるのに言葉を発しない?」


 いいぞ。

 爆乳なのにこいつ馬鹿じゃない。爆乳に甘んじない姿勢は嫌いじゃない。

 僕は頭を振る。姉も同じく。


 「分かるが、話せない、とういうことか。」

 

 頷く。


 「どういうことだ。そんな魔法聞いたことないぞ。」


 魔法とか言ったぞこの女。

 きっと僕や妹と同じ種類の人間だ。

 関わってはいけない系の人だ。


 「分からないことだらけだ。お前らの珍奇な恰好も、この不可思議な部屋も。いったい何が私の身に起こっているんだ。」


 僕は今一度頭を振る。

 出来るだけ落胆の意が伝わるように。


 「…………お前らに、交戦の意志はないんだな?」

 

 完璧だ。

 このおっぱい、なかなかどうして、完璧だ。

 僕は大きく頷く。

 姉も静かに頷く。

 妹だけがポニーテルを振り乱してかぶりを振る。

 姉が妹の脳天を躊躇なく殴った。

 

 これで我が家の意見は間違いなく伝わったことだろう。


 「……そうか。だが、私もはいそうですかと言う訳にはいかない。」


 それもそうだ。

 股の緩い女はどうしようもないが、脇の甘い女もよろしくない。

 取りあえずこのまま人質で居ることに僕は異存ない、

 納得するまで好きにしたらいい。


 僕は了承の意味で頷く。


「そうか。では呪いをかけさせてもらう。」

「分かった、それではとりあえずリビングに………え?呪い?」


 そう愚かにも問い返す前に、破廉恥爆乳によって僕のパジャマが勢いよく脱がされていた。

 しかも下半身のほう。

 それもパンツまで。


 「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!」


 とは、妹の咆哮である。やめて、薙刀で僕の息子刈り取ろうとしないで。

 

 「――許せ。」


 爆乳が僕に断りを入れる。

 それと同時に、異物が体内に侵入する不快感が足先から駆けあがって来る。

 僕は懐かしい感覚に襲われていた。

 熱を出した時、ママの前で四つん這いになったあの羞恥。

 そう、座薬を捻り入れられるあの感覚だ。


 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁだあぁ……。」


 これは驚くなかれ、僕の声だ。

 へなへなとベッドにしな垂れ落ちる。

 腰に力がはいらなくなってしまった。


 下の穴から、何かひんやりするものを突っ込まれた。

 僕は女々しくさめざめと泣く。


 「……そんな……初めてだったのに。」

 「ぐ、ぎ、ぎ、ぎぃいぃいいいいいいいやあああああああああああああの女、殺すっ!殺すっ!コロス!korosu!」


 妹にもう人間らしい理性は残されていなかった。


 「特別に魔力を込めた宝玉をお前の体内に埋めこんだ。私に危害を加えようとすると発熱し、お前は業火に焼かれることとなる。」


 えええ。

 なにその緊箍児きんこじみたいなオーソドックスな奴。

 これから天竺てんじくへと取経しゅきょうの旅にでも出るのか。


 阿鼻叫喚あびきょうかんの僕の部屋。

 尻を開発された弟と、ネジが飛んだ妹。それから身元不明の外人。

 今まで全く口を挟まなった姉が、混沌とした事態の収拾に乗り出す。


 姉は妹をいさめつつ、部屋の中央へと歩みを進め、その長い黒髪を闇夜にひるがえした。

 我が姉ながら、その凛とした立ち姿に嘆息してしまう。


 神の御手によって造形されたとしか思えぬその花顔かがんは、赤髪女を睨みつけ険しいものとなっていた。

 そうか、なんだかんだ言って、姉も僕のことを心配して……。


 なかった。

 そんな訳がない。

 姉の視点に立って状況をかえりみると以下のようになる。


 ・弟の部屋から意味不明な言語の絶叫。

 ・駆け付ける。

 ・弟と、異国情緒の漂う、妖艶な恰好をした女がベッドの上。

 ・弟、人質に取られる。妹、発狂する。


 女の素性と、不可思議なコミュニケーションの一方通行は脇に置いたとしても、正義がどちらにあるかは自明のことだった。


 つまり何かというと、姉は土下座していた。

 それはもう華麗な土下座だった。

 濡羽色の髪が床に流れるように広がり、額をこすりつけている。


 「私の蟯虫ぎょうちゅうが取り返しのつかないことをした。謝ってどうにかなる問題ではないだろう。警察を呼ぶでも、ここで火あぶりにするでも、好きにしてくれ。私をどこぞに売り飛ばしてもいい。どんなはずかしめも受ける。それであなたの汚辱された心が少しでもそそがれるのならば……。」

 「なんだこの女、これは何を意味している?懇願か?残念ながらこいつにかけた呪いならもう二度と解呪出来ないが……」


 え、今さらっとすごい事をのたまわなかったか……。


 「ん、どうやら違うらしいな。ならば降伏……違うのか。それでは謝罪、か?」

 

 姉が頭で床をこすりつつ首肯する。


 「そうか。まあ良い。私は今、自分がどんな状況にあるのか知る必要がある。協力してくれるな?」


 僕から離れた爆乳が、ベッドを降りて、姉の前に膝をつく。


 「私の名前は……マルセルだ。」

 「マルセル、ね。」

 「今のは聞き取れたぞ。お前の名前は何だ。」

 「銀子ぎんこ。銀子よ。」

 「……ぎ、こ、よ?」

 「ぎ・ん・こ。」

 「ぎ、んこ。ぎんこ。どう?」


 二人は見つめ合って、それから微笑みあった。

 僕と妹そっちのけで。

 姉はマルセルとかいうおっぱいの手を取って部屋から出て行く。

 どうやら意思疎通が図れたことで、マルセルは姉を信頼したようだ。

 いや、ただの消去法だろう。


 残された僕は蛇に睨まれた蛙だ。

 マルセルの剣の脅威から逃れたと思いきや、今度は妹の薙刀が嫌な音を立てて空を切る。


 「…………えへっ、へへへへへっ。へへへへへ、へへへへへへへへへへ~~~~~~~~~。」


 僕は取りあえず、外気に晒されたままの息子をパンツにしまったのだった。

 



 

 

 

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