おっぱい狂騒曲

@sadameshi

第1話 爆乳

 お初にお目にかかる。

 僕は『おっぱい美学特任講師』の佐藤・プルルン・栄介だ。

 その道の泰斗たいとにして第一人者、単著はすでに二冊上梓じょうし、編著に至ってはニ十冊以上出版されている。海外一流ジャーナルにも二本の論文が掲載され、今や飛ぶ鳥を落とす勢いとなった若手研究者のホープ。


 そんな僕が、まずは爆乳について、筆舌を尽くして以下に僕の見解を述べよう。

 いや、長広舌ちょうこうぜつはこの際必要あるまい。

 端的に論じることとする。

 

 爆乳。最高だ。

 何をかいわんや。

 もう一度言おう。

 最高だ。

 

 しかも僕の眼前に、刻下こっか、それが鎮座ちんざしていらっしゃる。

 それも突然にだ。

 目を閉じて、開けた、その転瞬の間に爆乳が空間を割って現れた。

 漏れ入る月光に濡れたように、艶めかしく照りながら、その立体感のあるおっぱいが揺れている。

 僕がベッドで惰眠だみんむさぼっていたら、おもむろにおっぱいが降って来た。

 まるで彗星のように。

 僕はここで一句、その感動を詩に詠む。

 

 『月の船・星の荒海・飛沫あげ・地に落ちてこれ・おっぱいとなる』


 僕は流れ星となったおっぱいに願った。


 「どうか、このおっぱいが夢ではありませんように。」


 どうだろうか。

 満を持して触れてみる。

 願いは叶った。

 本物だった。

 恐る恐るつついたら、おっぱいは僕の指をいじらしく弾いた。

  

 「んっ~~~っ!」


 苦悶しているな。

 ならば良し。

 僕は目を瞑ったまま、覚悟を決めた。

 なんのだって?

 決まっている。

 犯罪者になる覚悟だ。


 なぜ僕の部屋におっぱいが降って来たのかは分からない。

 不法侵入おっぱいだ。

 だが、それでもおっぱいは絶対不可侵なのだ。

 おっぱいは治外法権なのだ。

 いつでもおっぱいが正義だ。

 触っていいのは、選ばれし英雄のみ。

 僕が触っていいのは、ママと妹のおっぱいのみだ。


 だから甘受しよう。

 制裁を。

 そして痴漢というレッテルをおもてに張って、僕はこの塵埃じんあいまみれた世の中をこれからも渡って行こう。


 「ん、んんぅ?な、なんか、胸に……………い、いやぁ!…な、なに!?」


 女性の裸を覗けばおけが飛んで来る。

 なにもこれは現代で生まれた表現ではない。

 中国の古典を読みたまえ。

 すだれの内に身を隠している、うら若き女性の顔を無理やり覗きみて、瓦や石が飛んで来たという話がすでにあるではないか。

 

 それではおっぱいを人差し指で突くとどうなる?

 無論だ。

 無論、殺される。

 なにやらどでかい西洋風の剣が無言で僕の喉元に突きつけられている。

 逃げろって?

 マウントを取られているのだ、無理を言わないで欲しい。

 むしろ、ご褒美だ。

 爆乳の持ち主だぞ。

 おみ足も素晴らしいに決まっている。

 

 「この闖入者ちんにゅうしゃめ!!どうやって私の部屋に忍び込んだっ!吐けっ!」

 「ちん……にゅう?確かにいまちんにゅうしそうな体勢ではあるが。」

 「……?……知らない言語だ……外国の暗殺者か?どこのだ。聞いたことの無いイントネーション……。」


 おっぱいの主が何かぶつぶつと言っている。

 暗がりの中、辛うじて分かるのは、白いネグリジェに、赤い髪と緑の目をしていること。

 やばい。

 僕はついに頭が狂ってしまったようだ。

 ひねもすおっぱいのことばかり考えていたら、理想のおっぱいの幻覚を見るようになってしまった。

 正直、顔が美人であるとか、あり得ない髪色をしているだとか、その辺の細部は僕の空想もこだわらなかったらしい。

 適当だ。

 適当に美人を妄想したらこんな感じになるだろう。

 

 「衛兵!!!!!!!!!!!!!!衛兵!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 エキセントリック爆乳女が突然絶叫した。

 え、ちょ、五月蠅いんだけど。

 あらん限りの声で叫んでいらっしゃるが、今は深夜だ。

 であえ、であえ、的な時代劇ノリはめっぽう困る。


 「なにをしている!早くしないか!!!!他に仲間がいるやも知れぬぞ!!!!!!!!!」

 「ちょ、黙れ、うるせえ!」


 僕はのっぴきならなくなったので四肢をばたつかせ、女の口を手で塞ごうとする。

 が、いかんせん、喉元に刃である。

 何、何なの。

 新手口の美人局つつもたせなのか。

 当たり屋並みの稚拙さだが、僕は胸を張ってありがとうと言いたい。

 当たるのが胸なら僕は一向に構わない。

 

 だが、このままだと不味い。

 すでに隣の部屋で誰かが起きた物音がする。


 最恐だ。

 最恐の妹がやってくる。

 そして階下からも廊下を渡る足音がする。

 姉だ。

 極悪の姉が僕の部屋にやってくる。

 ほら、もう僕の部屋の扉が開く音がするだろう?

 しかも緩慢に、あえてきしませるようにして。

 合わせて四つの狐火きつねびが、闇の中に青く揺蕩たゆたっている。


 「““おにい……ちゃん?””」


 優しい声だ。

 そしてホラーだった。

 

 「やはり仲間がいるのか!?くそ……万事休すか。」


 いや、それは僕の台詞だ。

 動物的な命と社会的な命がもろとも風前の灯火だ

 諦めよう。

 代償に胸の感触を頂いた。

 後は磔刑たっけいを待つ囚人として、僕の短かった人生に思いを馳せることとしようではないか。


 メメント・モリ。

 死を前にして回想しよう。

 僕のこれまでの人生を……。

 


 

 

 

 

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