第24話

 そして、Last Rebellionのメンバーは最早恐怖にも似た不安と、緊張と、それから一抹の期待とを胸にしたままBlack Pearlとのライブの日を迎えた。


 リハのために初めて立ったホールのステージ上からは、かつて見たことのないほどの広い客席を見渡すこととなった。音はどこまでも飛散していくようであるし、天井もライトも信じらないぐらいに、高い。とにかく縦横共に広すぎるのである。しかもステージと客席の間には檻のようなものでスペースが設けられ、そこに警備員が立ち並ぶのだと聞いた時、ミリアは少なからず驚いた。

 「ダイブ、ないの?」

 「ねえな。」リョウは言下に答える。

 ミリアはしゅんとなる。いつだって客がステージに上がっては転げ落ちていく、その様を眺めるのが好きだった。

 「モッシュは? サークル・ピットは? ウォール・オブ・デスは?」

 「ない。」

 ミリアは目を見開く。

 「シュンが言ったろ? 今日は通夜だ。そっからどうやって盛り上げていくか、だ。まあ、でも見知らぬ連中に媚びたってしようがねえ。俺らは俺らのやるべきことを、やるだけだ。」

 リョウはそう言って唇を歪めて微笑む。

 ミリアはふうと溜め息一つ吐くと、小さなオレンジ色のスポットライト一つだけ点いた、静まり返ったステージを歩いた。ステージの壁にでかでかと掲げてあるバックドロップは、無論見慣れたLast Rebellionのそれではない。海賊旗を模した、Black Pearlのそれである。ミリアは下唇を噛みながらそれを仰ぎ見、やがて渋々と静まり返ったステージ上手側から中央に向かってを歩いた。歩いても歩いても、まだ、続いている。リョウの所までがこんなにも遠いなんて……。寂寥感を覚えた矢先、「ミリアさん」と呼び掛けられて、ミリアは顔を上げ振り返った。

 そこには、Black Pearlのリーダー兼ギタリストがいた。ミリアは目を見開いた。

 「今日は、出て頂いてありがとうございます。」

 痩せた金髪の男はミリアよりは当然年嵩であるものの、そう丁寧な口調で微笑みを浮かべながら言った。

 「ジャンルは全然違いますけれど、いつか一緒にやらせてもらいたいと、ずっと思っていたんです。自分、これでも昔からずっと、リョウさんに憧れてて、」

 金髪の男はそう言ってじっとステージ中央に準備されたリョウのJACKSON Vをじっと見つめた。「これが、同じステージで見られるなんて……。俺、Last Rebellionに出会わなければ、自分を音楽に投じることは無かったから。」

 ミリアは恐る恐る肯く。どこか同志、のような匂いを感じて。

 「リョウさんとミリアさんのギターは本当に、ただの兄妹っていうか、そんなのじゃ理由にならない程に、本当に奥底でしっかと繋がっていて……。いつだったかな、サンクチュアリでやったライブで、リョウさんミリアさんを目の前で観た時には、本当に衝撃だった。ミリアさんは今よりもっともっと小さかったけれど、俺は本当に、音楽の持つ威力、みたいなものを感じてひたすら圧倒されたんだ。そしてどんな絶望にも立ち向かっていこうとする、勇気も、もらえた。」

 ミリアは頬を染めて俯く。

 男は含み笑いを洩らして、「あの時、俺は高校を辞めてそれで毎日毎日親と大喧嘩して、家を飛び出して、女だの友達だのの家を転々としていて、ギターだって完璧お遊びだった。女にモテるツールぐらいの。でもあの時、リョウさんが現実と向き合えって、そう、ステージから叱咤してくれた気がしたんだ。そこから。俺がメンバー探してバンドちゃんと始めたのは。」

 ミリアは真剣な眼差しをひたと男に向けていた。

 「ずっと聞きたかったんだ。一つ、教えて下さい。リョウさんと全く同じミリアさんのあの音は、どうやって出しているの?」

 ミリアは俯いて身を捩った。恥ずかしくてならなかったが、でも真剣なこの男に応えなくてはならないと思った。だから「リョウが一番好きなの。」そう呟いた。「……それだけ。」

 金髪も照れ笑いを浮かべ、「……そっか。」と頭を掻いた。

 「ミリア。」ステージ袖からリョウが歩いてくる。

 「あ、リョウさん。」金髪はどうしようもなく破顔させながら、リョウに歩み寄った。

 「今日はどうもありがとう。」リョウが微笑んで云う。

 「いえ、こちらこそ。」金髪は急に真顔になり、「まさか、出て貰えるなんて、思っていなくて。」

 「たしかに。」リョウは悪戯っぽい笑みを浮かべ、「シュンは断固反対してたな。俺らはデスメタルバンド、別にでけえハコなんちゃ興味はねえよ、なんつってな。」

 男は苦笑する。

 「……でも俺は、試してみたかったんだよね、俺が人生を賭したこのジャンルで、このバンドで、どこまで通用するのか、やってみたかった。」

 「お通夜。」

 リョウはミリアの呟きに盛大に噴き出す。

 「そう、今日は千人規模のお通夜になるぞってシュンに脅されてんだ。まあ、それは事実だし、そこからどこまで持ってけるかだとは思ってる。」

 「いえ、そんな。」金髪は焦燥する。自分が見たかったLast Rebellionは、誰にも媚びず、圧倒的に強く、観る者を慟哭させ、……唯一無二の存在であった。あの、世の中の絶望全てを集約し具現化したかの、楽曲。リョウのフロントマンとしての絶対的存在感。そしてミリアの年齢にも容貌にも不釣り合いな、あの、慟哭そのもののを具現化したギター――。

 「楽しみにしています。外タレとかじゃなくって、Last Rebellionをゲストにしてくれって周りを説得したのは俺なんすけど、それは俺が昔から抱いていた、リョウさんと同じステージに立ちたいっていう夢を、そろそろどうしても、叶えたくって。正直、武道館はあんまり興味はなかった。それよりも、俺はリョウさんと同じステージに立ちたかったんです。それに、」男は含み笑いを漏らす。「俺の世界一愛するファンに俺という人間を音楽に向かわせたLast Rebellionを見せてやりてえって、心から、思って。ジャンルは違うけど、絶対に、わかってくれると思う。リョウさんは俺の、本当に意味での出発点だから。」

 金髪はまっすぐにリョウを見据え言った。

 リョウは微笑む。

 「俺は誰かに媚びるやり方はしらねえし、今日はいつもの通りに、やるから。もし失態かましたら、袖で嗤ってて。でも……」リョウはにやりと笑った。「残念ながら、そういう気は、全くしねえんだ。」

 「おい、そろそろ準備しろよ。」舞台袖からシュンの声が聞こえだす。

 「じゃあな。」

 リョウは軽く右手を上げ、ミリアと共に楽屋へと戻った。

 男はガッツポーズを取るように拳を握りしめ、どうしようもない笑みを湛えていた。

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