赤き巨星のタイタノア

オリーブドラブ

第1話 救世主、来たれり

 ――地球から遠く離れた、暗黒の海原。ひとたび青い母星を見失えば、自分の居場所など一瞬で分からなくなるような――永遠の闇。

 その無の空間を、3機の宇宙戦闘機「コスモビートル」が駆け抜けていた。赤、青、黄。その三色に分けられた鋼鉄の翼が、巨大な「影」から逃れるように……この宇宙に、己の軌跡を描いている。


 全てを飲み込まんとする、暗黒の如き巨躯。戦闘機など一飲みにしてしまいそうな、巨大な大顎。こちらを捉えて離さない、充血した凶眼。

 歯向かうことさえ許さぬとばかりに、その全身から迸る殺気。生きる者全てを蹂躙せんとする、暴力の権化が――広大な「影」となり、3機を追い続けていた。


 そして――大きく揺らめき、蠢く「何か」の影は。殿しんがりを務めていた赤い機体を、執拗に狙っていた。


「くそッ……まさか、こんなッ……!」


 その機体を駆る、若き青年。彼は自分の頭上から、覆い被さるようにこちらを見据える赤い眼光を――「焦燥」に満ちた瞳で見上げていた。

 青い機体と黄色の機体を操る、男女のパイロット達も。殿に迫る死の脅威を前に、悲痛な声を上げる。


『ダメだ……もう持たん! 逃げろ威流たけるッ!』

『お願い、あなただけでも……逃げてッ!』

「大丈夫……絶対助けて見せるから……ッ! ――円華まどか! 竜也たつやッ!」


 だが、そんな彼らの言葉に耳を貸さず。赤いコスモビートルのパイロットは、操縦桿を切り機体を反転させる。

 眼前に迫る、視界を埋め尽くすほどの影。その脇下をすり抜けるように、赤い機体が流星の軌跡を描く。


(こんなの、想定外過ぎるッ……!)


 そして、鮮やかに背後を取り――機体に搭載された、レーザー砲を放つ。灼熱の閃光が一条の輝きとなり、巨大な影に突き刺さった。

 確かな手ごたえを感じさせる、「影」の呻き声。それを耳にしても、若きパイロットは慢心する暇もなく操縦桿を握り締める。

 その表情は、レーザー砲を命中させた今でも、緊迫感に満ちていた。


 ――その一方で。青い機体と黄色い機体が、巨大な影から逃れるようにバーニアを噴かせていた。仲間達が脱出していく姿を見送り、青年の表情が微かに緩む。


(……もう一息で、2人とも離脱できる! あとはッ……!?)


 ――それが、命取りだったのだろう。遙か彼方へと飛び去る二つの流星を、青年が見送った時。

 ふと彼が顔を上げた先で――巨大な影が、その大顎を開き。


「ま、ずった」


 刹那。宇宙を染め上げんと唸る火炎の嵐が、一瞬にして青年の視界を覆い尽くした。


 彼は反射的に操縦桿を握ると、再び機体の向きを急速に切り替え、回避を試みる。

 ……が、人類の叡智を結集して開発された、最新鋭宇宙戦闘機のポテンシャルを以てしても。


 全てを穿つ火炎放射を、かわし切ることは出来なかった。


「……! あ、あぁあ……!」

「ちっ……ち、くしょうッ……!」


 大破、炎上し。錐揉み飛行で闇の彼方へ消え去っていく、赤いコスモビートル。その光景を目の当たりにした仲間達が、悲痛な声を漏らした。

 黄色い機体に乗る男性パイロットは、口惜しげに歯を食いしばり。青い機体に乗る女性パイロットは、瞼を閉じ現実に目を伏せる。


「そ、んな……! こんな、こんなこと……! お嬢様に……なんて報告すればッ……!」


 通信も途絶え、ノイズばかりが響く中。一際強い悲しみの中にいた、女性パイロットの慟哭が――この宇宙に轟いた。


「……威流ゥウゥウッ!」


 だが、その叫びが届くことはなく。

 ――地球守備軍所属、コスモビートル隊パイロットの日向威流ひゅうがたけるは、この日。


 最後まで、仲間達と共に帰投することはなかった。


 ◇


 ――その頃、時を同じくして。


「……!」


 蒼い長髪を靡かせる、ある1人の少女が。深き森に包まれた祭壇の上で、ハッと顔を上げていた。

 豊かな森と清らかな水で満たされた、この惑星の中で――彼女は天を仰ぎ、翡翠色の瞳を細める。


 やがて、彼女の周囲に控えていた「侍女」達が、どよめきと共に駆け寄って来た。この星の平和と安寧を司る「巫女」の異変に、不穏なものを感じ取ったのである。


「ルクレイテ様!?」

「まさか、あの大怪獣が……!?」


 彼女達は皆、不安げな表情で「巫女」の少女の様子を伺う。もしや、かつてこの星を襲った「災厄」が、再び迫っているのでは――と。


 しかし、その一方。

 ルクレイテと呼ばれた当の「巫女」は……身体の芯から噴き上がるような昂りを、その表情に滲ませていた。


「――来ますわ。まさか、このような日が来るだなんて……」

「来る、とは……?」


 互いに顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべる「侍女」達。そんな彼女らを一瞥するルクレイテは、期待に満ちた笑みを浮かべ、薄い唇を震わせていた。


「我が星の救世主。そして――我が父の運命を変えし者」

「まさか……!?」


 やがて、「巫女」の口から出た言葉に、「侍女」達が目の色を変える。不安から期待へと、感情を塗り替えるように。

 そんな僕達の様子に、満足げに頷きながら。ルクレイテは、満点の星空を見上げ――この星に迫る赤き流星を、仰ぐのだった。


「……間も無く辿り着かれますわ。あの蒼き星の戦士――ヒュウガ・タケル様が」


 ――不時着寸前の、大破したコスモビートルを。

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