第3話

 勝也かつやがコンビニから店に戻って来ると、早速店長が待ち構えていた。


「おかえり、勝也。で、どうだった? 上手くいったか?」

「怖がらせちゃったのか、彼女固まっちゃって……」

「ええ? で、どうしたんだ」

「結局、渡してそのまま帰ってきた」

「それ、脈あるかもしれんぞ」

「え? それってどういう」

「いいからもっかいアタックして来い」

「わ、わかった」


     ◇


 勝也は彼女が帰宅する時間を見計らい、さっきのコンビニ前で待ち伏せすることにした。――休憩している体で。


「いま上がり? お疲れ様」


 時間どおり、彼女がコンビニ前を通りかかった。


「あの……、チケットありがとうございました」

「さっきは驚かせてごめん」

「いえ……まあ、驚きましたけど、大丈夫です。こっちこそお礼も言わなくて……」

「何か飲む? それとも、スイーツがいい?」


 勝也はコンビニ店内のイートインを親指で示した。


「いえ……悪いですし」

「おどかしたお詫びだよ」

「んー……じゃあ」


 二人は、イートインのカウンター席の一番奥に陣取った。


「一応自己紹介するよ。俺、多島勝也たじまかつやっていうの。あそこの弁当屋は叔父さんの店なんだ。さっきのチケットも、叔父さんに頼んで取ってもらったんだよ」


「えーっ、そうなんですか! それで、前売り券が手に入ったんですね! もうとっくに売り切れてて、バイト先の先輩にうらやましがられちゃいましたよ」


 急に興奮気味に話す彼女を見て、勝也は少しほっとした。


「さっきのチケットだけど」

「はい」

「一緒に行く人とか、いる?」

「いません」

「別に俺、君と付き合いたいとかそういうのじゃ、ないんだ」

「え? これ、あの……デートの誘いとか、じゃないんですか?」


 勝也は一呼吸置いてゆっくり話し始めた。


「ただ、知りたかった」

「……何を、ですか?」


「君は本が好きで、あそこでバイトしているのか。そして、どうして俺が参考書や実用書しか読まないと聞いて、あんなにがっかりしたのか。――それがどうしても気になって。なんかおかしいよな。でも、ずっと気になっているんだ」


「そのためだけに、チケットを?」

「だって、どうやってきっかけ作ればいいか、わかんねえじゃん」

「……そうですね」


 由希乃は財布の中からチケットを取りだし、勝也の前に置いた。


「いま、答えます。だから、これ、返します」

「返金するのも面倒だし、あげるよ。不要だというなら、持って帰るけど」

「そうじゃ……ないです。行きたいです」


 勝也はチケットに手を添えると、そのまま滑らせて、そっと由希乃の前に戻した。


「じゃ、答え、聞かせてくれる?」

「はい。……本は、好きです。いつも兄がお土産に本を買ってきてくれて……。だから」


 勝也はうん、とうなづいた。


「がっかりしたのは……多島さんが、本が好きだったらいいな、って思ってたから」

「どうして?」


 勝也が由希乃の顔を覗き込むと、由希乃は反射的に体を引いた。

 勝也はいいや、と頭を振ると、すっと立ち上がった。


「イヤならいいよ。俺、そろそろ休憩終わるから。じゃ、おやすみ」

「ま、待って下さい!」

「ん?」

「つ、つつ、次の日曜日、あいて、ますか!?」

「空いてるよ」

「ブ、ブブ、ブックフェア、行きましょう! お、お兄さんには、つまらないかも、しれませんけど!」


 勝也は苦笑した。


「ムリしなくていいよ。友達でもさそえばいい。付き合わせて悪かったな。じゃ」


 立ち去ろうとする勝也の背に、由希乃は言葉を投げつづけた。


「そんなことないです! 十時に、駅前で待ってます!」


 勝也は振り向いて、片手を上げた。


「わかった、十時、だね?」

「はい! あの、今さらだけど、わたし、橘由希乃たちばなゆきのです」

「じゃ、気をつけて、由希乃ちゃん」


 由希乃は、コンビニを出て行く勝也を見送ると、大事そうにチケットを財布に戻した。

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