完結【年の差カップル】本屋のお向かいの多島くんと私について

東雲飛鶴

本屋のお向かいの多島くんと私のなれそめ ~JKと大人の事情と本屋と弁当屋と~

第1話

「ああっ、どうしよう」


 女子高生の由希乃ゆきのは、バイト先の本屋の店先で途方に暮れていた。

 着替えて外に出ると夜更けの商店街は少し強めの雨が降っていた。


「置き傘もないしゴミ袋でも被って帰るしかないかなあ」


 諦めて店内に戻ろうとしたとき、背後から声がした。


「これ、使って」


 振り返ると、向かいの弁当屋の若い店員が、折りたたみ傘を自分に差し出していた。店から飛び出してきたのか、彼の体はあちこち濡れていた。


「あ、お向かいの……いいんですか?」

「うん。他にも傘あるから。女の子が濡れて帰るとかヤバいでしょ。ほら」


 由希乃はおずおずと手を伸ばした。


「あ、ありがとう、ございます。これ、あとで乾かしてお返しします」

「いつでもいいよ。じゃ、気をつけて」


 それだけ言うと、彼は小走りに弁当屋へと戻っていった。

 由希乃はぺこりとお辞儀をすると、折りたたみ傘を開いた。


     ◇


 由希乃が自宅に戻ると、病院で看護師として働く母親は、まだ帰宅していなかった。


「そういえば今日は当直なんだっけ」


 玄関で部屋を明かりを点けながら、由希乃はひとりごちた。

 しばらく前までは兄も同居していたのだが――。


「お兄ちゃん……」


 家に一人でいると、今は亡き兄のことを思い出してしまう。だから、バイトを始めたのに。

 あんまり効果ないなあ、と由希乃は思った。


     ◇


「あの人、どんな人なのかな……」


 由希乃は風呂の湯船に浸かりながら、向かいの弁当屋で働く若者のことを考えていた。


 見た目大学生ぐらいの彼は、本屋で働き始めた数ヶ月前にはすでに弁当屋にいた。道の細い商店街なので、お互い顔を合わせることも一度や二度ではなかった。


 しかし、由希乃にとっては、ドアの向こう側に見える、ただの書き割り。その中に立っているその他大勢の一人であって、どこの誰かなんて、まったく知らなかった。


 今まで風景の一部だった存在が、今夜いきなり、自分に接触してきたのだ。

 ――気にならないわけがなかった。


「どんな人なのかな。どこに住んでるのかな。どんな本……読むのかな。彼女……いるのかな」


 本、好きなら、いいな。


     ◇


 数日後。

 由希乃は折りたたみ傘を向かいの弁当屋に持っていった。


「あのーバイトの人、いませんか?」


 彼の姿が見当たらなかったので、店主の中年男性に尋ねてみた。


「ああ、いま配達で出てるんだけど、何か御用?」

「こないだ傘、借りたんで、返しに来ました」

「そっか。預かっとくけど?」

「じゃあ、お願いします」


 油臭い空気の充満する店先にいると、髪に匂いがついてしまいそうで、由希乃はそそくさと本屋に入っていった。


 着替えて本屋のレジ番につくと、ほどなく件の青年は店に戻ってきた。

 その彼が。

 出前から戻ったばかりなのに、また店から出て来た。


「あれ?」


 出て来て、まっすぐこちらに向かってくる。


「え? え?」


 ――なぜだろう。


 とんでもなく、心臓がバクバクいってる。

 息苦しくなって由希乃は固まった。

 彼は店頭で数冊のマンガ雑誌をぽんぽんと手に取り、店内に入ってきた。


(あああ)


 由希乃は口をぱくぱくさせ、目だけで彼を追っている。


(こっちくる!!)


 彼はレジにマンガ雑誌をぽんと置いた。


「いくらですか」


 彼は財布に目を落としながら由希乃に声を掛けた。

 ……が、返事がない。

 彼はいぶかしげに、由希乃の顔の前で手を振った。


「あっ、はい! すすすす、すみません!」

「これ、お会計してください」


 由希乃は顔を真っ赤にしながら、本のバーコードをレジに読み取らせた。


「これ、全部読むんですか?」

「ああ、店用だよ。客が待ってる時とか用」

「じゃあ、お兄さんはどんなの読むんですか?」

「うーん……実用書とか、資格取得の参考書とかかな」

「そう、ですか……」


 由希乃はしょんぼりしつつ、本を青年に渡した。

 小首をかしげつつ店を出て行く彼に、由希乃は気付かなかった。




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