第11話 ドレイク王国7
書庫に籠り数日が経つ頃、レンにとって悲報がもたらされた。
以前から約束していた、“ヒューリの家臣にお言葉を――”と言うやつだ。明日の昼には家臣が集まるため、午後には竜王の言葉を賜りたいと伝えてきたのだ。
レンは憂鬱な気分になる。この場から消えることができたら、どれほど楽になるだろうか。逃げることも出来ずにレンはげんなりしていた。
(もう嫌だ……。これもカオスが余計なことを言ったからだ。要はヒューリの家臣に偉そうに何かを言えばいいんだよな? 今日はいい天気だな。とでも言うのか? 馬鹿か! そんなことを言ったら間違いなく恥をかいてしまう。俺の恥は、
レンは頭を悩ませるも何も思い浮かばない。
隣を見ればクレーズとアテナが笑顔でレンの様子を窺っていた。
(無い知恵を振り絞っても何も出てこないしな。クレーズに聞いた方が早いか……)
「クレーズに聞きたい。私は明日、ヒューリの家臣に会うのだが、何と言ったら喜ばれるだろうか?」
「はっ! 私も末席にてお言葉を賜ります。レン様のお言葉であれば、どのようなお言葉でも、みな歓喜することでしょう」
明確に言葉を教えて欲しいレンだが、クレーズの返答は無常にも何でもいいである。
予想に反した答えにレンは渋い顔をする。だからと言って、ここで素直に引き下がるレンではない。何せ自分で考えても言葉が見つからないのだ。
期日は明日に迫り残された時間も少ない。
「クレーズ、何でもよいという事はないだろ? 何か言って欲しい言葉はないか?」
「我々に気使いなど不要でございます。レン様のお声を聞けるだけで、みな満足することは間違いございません」
(違う! そうじゃない! 気を使ってるわけじゃないんだ! 何で分かってくれないんだ。俺の足りない頭で、白紙の状態から話す内容を考えるのは絶対に無理だ。クレーズがあの調子だと話にならない。一体どうすればいいんだ……)
困り果てたレンが隣に目を移すと、アテナが興味深そうに話に耳を傾けていた。
仮にも長年生きてきた古代竜だ、良い言葉を教えてくれるかも知れない。そんな
椅子をずらしてを体を向けると、アテナは笑顔で「如何いたしましたか?」と、小首を傾げた。
「アテナ、お前はなにか良い言葉はないか」
「それでしたら一言だけ、私に全てを捧げろ! と、仰るのがよろしいかと思います」
アテナは自信に満ちた笑顔で言い切った。
(よろしくねぇぇぇ! 何処の魔王だよ! お前は俺に何をさせる気だ! よし、ここに俺の味方がいないことだけは分かった。誰かに聞こうとした俺が馬鹿だった)
レンは心の中で思いの丈を叫ぶと、がっくりと肩を落とす。誰にも聞けず自分で考えるしかない現状に悲観し泣きたくなる。
それからは必死に名言集を読み漁るも、良い言葉が見つからない。ただただ無駄な時間だけが過ぎ去っていった。
結局、何を言ったらいいのか分からないまま当日の朝を迎え、レンは気怠い体でのそりと起き上がっていた。
身支度を整えて昼までは書庫に籠り、無い頭を捻るも当然のように言葉など浮かんでこない。これにより、レンは全てを天に任せていた。
即ち、出たとこ勝負である。
午後からは着せ替え人形の様に着替えさせられ、豪華な装飾品で着飾られていく。今日の護衛当番のヘスティアは、当然の様に率先してレンの着替えに参加していた。というよりも、ヘスティアがレンのコーディネートを誰にも譲らないのだ。
何が気に入らないのか、何度も着替えをさせられては、その都度様々な角度から眺めてくる。
にやけ顔のヘスティアを見ていると、単に着替えをさせたいだけではと邪推なことも考えてしまう。
(……もしかして自分が楽しむために、何度も着替えをさせているんじゃないだろうな?)
ようやく衣装が決まる頃には、着替えを始めてから2時間は経過していた。
レンはようやく終わったかと溜息を漏らす。だが、本当に溜息を漏らしたくなるのはこれからだ。
見ず知らずの大勢の前に引っ張り出され、
レンは重い足取りで玉座の間に移動を開始する。
重厚な扉を開け玉座の間に入ると、入口から玉座まで赤い絨毯が真っ直ぐに伸びていた。天井からは大きなシャンデリアが下げられ、辺りを照らしている。
レンは絨毯の上を歩きながら、ヘスティアによって玉座まで促されていた。渋い顔をしながらも玉座に腰を落とし、胸を張って威厳ある態度を努めて行う。隣にはメイド服姿のヘスティアが立ち、凛とした表情で前方を見据えていた。
否応がなしに緊張感が高まっていく。
程なくして準備が出来たのか、扉の前に控える
「ドレイク王国国王、ヒューリ・ルボルトス様とその家臣。レン・ロード・ドラゴン様にお目通り願いたいとのことです」
レンは顔を顰めたくなるのを堪えながら静かに頷く。それを確認したヘスティアが厳かに口を開いた。
「通しなさい」
透き通る声が響き渡り緊張感が更に増した。
ヒューリとその家臣は一糸乱れぬ動きで歩みを進める。静まり返った空間には、衣擦れの音だけが微かに聞こる程度だ。
玉座の前にやってくると、ヒューリとその家臣は静かに跪き頭を垂れた。
レンは高鳴る鼓動を抑える様に深く呼吸をする。そしてヒューリを見据えると、緊張した面持ちで口を開いた。
「面を上げよ」
自然にレンへと視線が集まる。
一度に多くの視線を浴びてレンの鼓動は早くなる。
尊大な態度を装ってはいるが、内心では緊張で張り裂けそうな思いだ。それでも上辺だけは取り繕わなければならない。
レンは必死に尊大な態度を装い、威厳ある竜王らしい振舞いを心がけた。
「ヒューリとその家臣よ。私のためによく集まってくれた」
暫し静寂の時間が流れる。
レンは出たとこ勝負で来ているため、大層な言葉など準備していない。本番になれば咄嗟になにか出るかと思ったが、現実はそんなに甘くないようだ。
緊張のあまり体から汗が吹き出てくる。
(やばい、何を言っていいか分からない。最後の手段として簡単な言葉は考えているが、その言葉はあまりに陳腐だ)
静まり返った玉座の間は独特な緊張感に包まれていた。
このままでは不味いと感じ、レンは意を決し、自分の考えた陳腐な言葉を吐き出した。
「これからも私に尽くすことを命じる」
まるで独裁者の言葉である。
しかも可愛そうなことに、これ以上は言葉が続かないのだ。レンはこんな言葉しか思い浮かばない自分の頭の悪さに泣きたくなる。
母や姉が聞いたら馬鹿にされそうだが、普通に考えれば仕方ないとも言えた。数日前まで引っ込み思案の庶民でしかなかったのだ。
しかも大学生になったばかりの青二才。大勢のお偉いさんの前で、講釈を垂れ流す事など出来ようはずがない。
今のレンにはこれが限界だった。
「私の言葉は以上だ」
状況はまるで見世物小屋だ。今のレンの頭の中では、この状況から解放されたい思いで一杯になっていた。
「我らはレン・ロード・ドラゴン様に絶対の忠誠を誓い、生涯尽くすことを宣言いたします」
ヒューリが代表して言葉を返すと、
(このまま帰っていいんだろうか?)
どうすればよいのか分からないレンは、そのまま玉座から立ち上がると、なるべくゆっくり威厳が出るように歩き出す。その後ろにはヘスティアが付き従い、レンとヘスティアは扉から静かに出ていった。
後に残されたヒューリたちは未だ跪き頭を下げている。竜王の言葉の余韻に浸り、畏敬の念を強めるのであった。
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