生きて、帰ったら……
前田薫八
序章
これから私が体験した実話を話そうと思うが、この話を最後まで読んでも、何を言いたいのか、わからないと思う。私本人ですらわからないからだ。もし、読者の中で理解できる人がいるとしたら、教えて欲しい。一体、彼は何を言いたかったのか、私はどうすればいいか、を。
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高校時代、私は工業系の学校に通っていた。工業系の学校に通っていた人はわかると思うが、最終学年である三年生になると、課題研究という、大学でいえば卒業研究のような授業があった。基本的に生徒が研究内容を選べるのだが、すぐに研究が終わるものから、夏休みを使っても研究が終わらない授業もある。私の場合、夏休みも学校に出てきて研究していた生徒だった。
その年の夏休み。その日も日が暮れるまで研究をしていた。私たちの研究はロボットを作る研究だったので、なかなか材料の消費が激しかった。そのため、いつものように一階にある資材置き場から、二階の研究室までロボットの材料を運んでいた。
私は友人の佐藤君と一緒に材料を運んでいた。一階から二階の階段を、材料を抱えて上っているとき、あたりはすっかり暗くなっていた。時刻は夜の八時近かったと思う。
私は二階への階段を上りきり、十字路に差し掛かった。右に行けば研究室。左は職員室で真っ暗だ。誰もいないのだろう。まっすぐ行けば渡り廊下だが、夜になると扉が閉まり、通行ができなくなる。つまり、実質的な通り道は右折しかなかった。
当然、私は研究室に行くために右折した。しかし、右折してすぐに、隣にいたはずの佐藤君がいないことに気づいた。振り返ると、佐藤君は十字路の真ん中で立ち止まっている。変だな、と思って佐藤君を呼ぼうとした瞬間、私は見てしまった。渡り廊下の壁から、白い手が手招きしているように伸びている光景を。
だが、佐藤君はその手に気づいていないのか、呆然と十字路の真ん中で立ち止まっている。白い手はすぐに消えてしまったので、私は見間違いだろう、と思って特に気にしないで佐藤君に近づいていった。
「佐藤君、どうしたの?」
佐藤君は青い顔をして私の顔を見た。いや、立ち止まっていたときから、ずっと私の顔を見ていたのか。そして、呟くようにこう言った。
「さっき、後ろから、女の人の声がした」
「後ろ?」
佐藤君の後ろは職員室である。しかも、今は職員室に誰もいない。工業系の学校である私たちの学校には、女の先生や生徒はいなかった。女の声が聞こえるはずがないのである。
そこで、私も今見た白い手のことを言ってみた。
「俺も、渡り廊下の方から白い手が伸びているのを見たぞ。まるで、お前を呼んでいるようだったが……」
私と佐藤君は顔を見合わせた。二人は渡り廊下を見る。渡り廊下は扉が閉まっており、人が隠れられるところはない。こっちにも人がいるはずがないのだ。
心霊現象が一つなら見間違い、聞き間違いということもあるだろう。しかし、私と佐藤君は同時に心霊体験をした。このことで私と佐藤君は混乱してしまった。
うわあああ、と叫び声をあげて、急いで研究室に戻っていった。研究室の明かりと、先生や友人たちの声が嬉しかった。
佐藤君以外の友人は、
「どうせ見間違いだろう」
と言って本気にはしてくれなかった。一応、心霊体験した、という現場には一緒に来てくれたが、特に変わった様子はなかった。
私は、
(やっぱり見間違いだったのかな?)
と首をひねっていたが、あの生々しいまでの白い手が頭から離れなかった。佐藤君も私と同じらしく、しばらくの間は例の十字路を避けるようにして学校生活をおくった。
今考えれば、これは警告だったのかもしれない。もし、この警告に気づいていれば、あんなことにはならなかったのだろう。私は、真実を知ることができたのだろう。
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