もしあのとき、あんなことを思い出さなかったら、ほんの少しの勇気を出せていたら、運命は変わっていたのだろうか……。こんなにも苦しまなくてよかったのだろうか……。


 俺はハッと飛び起きた。うなされていたのだろうか、心臓がドキドキして息が荒くなっている。 さっき見た夢は、俺の暗い記憶そのものだった。そのときの画像がまだ俺の頭の中に残っている。

「大丈夫か?」

寝ぼけた声でクズルが話しかけてきた。

「あぁ、大丈夫だ。」

俺は近くにある目覚まし時計に目を落とす。時計はまだ5時30分をさしていた。俺はまた布団に頭まですっぽりと潜り込む。だが俺は怖くて再び寝ることができなかった。


 俺は眠い目を擦りながらいつものように教室に入った。席に向かっていると、自分の席に座っている霞さんの姿が目に入る。するとなぜか霞さんの顔が曇っている。なんだか心に引っかかった。いつもは笑顔で明るく人と接しているのに、一体何があったのだろう?

俺は霞さんの所に行こうと席を立った。でもそれを阻むかのようにチャイムが鳴る。俺はもどかしい気持ちになりながら、自分の席に座った。


 霞さんに何もすることができないまま、放課後になった。俺はいつものように帰宅しようとリュックを持って教室の外に出た。すると、霞さんがゆっくりと階段を降りていた。

“音楽室は上にあるはず。どうして帰ろうとしているのだろう?”

俺は霞さんの所に駆け寄った。霞さんが驚いた表情で俺の方に振り返る。

「今日は部活がないのか?」

「ううん、違うよ。体調が優れなくて、部活を欠席することにしたの。」

首を横に振りながら霞さんはそう答えた。


 そのまま俺たちは一緒に帰ることになった。俺は朝からの彼女の表情が気になって仕方がない。俺は立ち止まって霞さんに声をかけた。

「ちょっと公園に寄っていかないか?」

霞さんが歩を止める。そして俺の方に振り返った。

「いいよ。」

少し笑みを浮かべながらそう答えた。


 駅の近くに小さな公園がある。俺たちはその公園のベンチに並んで腰掛けた。

「ごめんな、時間作らせちゃって。体調は大丈夫?」

俺は霞さんにそう声をかけた。

「うん。大丈夫。」

霞さんがそう答える。

俺たちの間に沈黙の時間が流れる。俺が大きく息を吐いた。

「何かあったの?霞さん。」

霞さんが俺の方に顔を向ける。その顔は驚きと恐怖が入り混じったような表情をしていた。

「何って?」

霞さんの声が震えている。表情も心配させないようにか、作り笑いに変わっている。

「朝から顔が曇っているから、何かあったのかなって……。」

俺がこう言うと、霞さんは目線をそらした。そして大きなため息をつく。

「そっちこそ、何があったの?焔くん。」

霞さんが目線をこっちに向け、語りかけるように俺に言った。周りの空気がその言葉に反応するようにピンと張り詰める。俺の胸の鼓動が強くなって、額には汗が流れた。

「何って?」

「とぼけないでよ。そっちこそ、朝からずっと顔が曇ってて、何があったのか私は一日中気になってた。」

霞さんの真剣な顔に俺は戸惑った。このことを彼女に話したら、これまでの関係が崩れてしまうのではないか?その不安が俺の心を支配する。俺は思わず彼女から目を逸らしてしまった。でもこれを話さなければ前には進まない。俺は彼女の方を向き、話す決意をして大きく息を吸い話し始めた。

「俺はついこの前までいじめを受けていた。それが原因で、俺は何度も命を絶とうとした。酒を煽り、首吊りし、包丁で腹をかっ捌こうと実行した。あの時のことは今でも忘れることができない。俺の中学時代は、あの記憶で止まっているんだ。」

霞さんの緊張感がひしひしと伝わってくる。俺はさっきから握ったままの拳の力を強めた。

「俺は失格だな。火の力なんて操ることができない。ほかの人が思っているよりもずっと俺の心は闇に染まっているんだ……。」

「うん。」

霞さんはたったその一言だけを呟いた。何かを噛み締めるかのように。


 俺たちの間に再び沈黙の時間が流れた。いつの間にか空が暗くなってきている。

霞さんが天を仰いだ。霞さんの目には涙が光っている。そして目を閉じてそのまま目線を落とした。

「自殺が未遂で終わってよかった。」

霞さんが小さくそう呟いた。そして、彼女の目から涙が一粒こぼれる。

「私は1人の友達を自殺っていう形で失った。辛そうな姿を何度も見ていたはずなのに、私は何も出来なかった。」

俺は言葉を失った。霞さんはそれに構わず話し続ける。

「もし本当に自殺が成功してしまっていたら、私たちは出会うことができなかった。だから、今ここで出会って、話せているのは奇跡なんだ。私はもう、自分の大切な人を失いたくない。その気持ちがあの時からずっとある。」

彼女の目から大粒の涙が流れていく。声も話せば話すほど、いつもの明るい声から離れていく。

霞さんが俺の方を向いて、少し体を寄せてきた。そして俺の手を彼女の両手が包み込み、しっかりと握りしめてくる。

「これは、天国にいる友達がくれたチャンスかもしれない。私の自己満足に終わってしまうかもしれないけれど……。」

霞さんが初めて言葉を詰まらせた。彼女の心臓の鼓動が俺の手に伝わってくる。霞さんが小さく息を吐いて、もう1度口を開いた。

「私の自己満足に終わってしまうかもしれないけれど、私は焔くんを支えたい。私は焔くんの心の痛みを同じくらい理解しているかと言われると、そうじゃないと思う。でも、その辛さを一緒に持ってあげることはできる。私に、

俺の心になにか温かいものが広がっていく。そして、自殺に歯止めをかけた日のことを思い出した。


 俺はあの日、首を吊ろうとしていた。縄を首にかけたとき、急にざざっと何かが洪水のように頭に流れ込んできた。流れ込んできたのは、俺の小さいときの記憶だ。それも楽しかったときの思い出ばかり。そして最後に親の顔が思い浮かんだ。俺は縄から首を外した。そして膝から崩れ落ちた。

“死ねない。俺は死ぬことができないんだ。”

俺はずっと苦しんでいた。なぜあの時に死ぬことができなかったのだろう?


 俺は気付くと大粒の涙を流していた。なにか言葉を発したいのに、それもできないくらい泣いていた。

「焔くん?」

霞さんの言葉が俺の心に優しく染み込んでくる。こんなにも号泣したのは何年ぶりだろうか……?

すると、俺たちの横で何かがキラキラと輝いた。そしてそこにはアスルとクズルの姿が現れた。俺たち2人は顔を見合わせる。そしてアスルが口を開いた。

「僕たちの敵は、心の闇だ。でもそれと戦うためには、自分たちの心の闇とも向き合っていかないといけない。」

続けてクズルが話す。

「心の闇はどんな人にもある。それがどんな形で潜んでいるかは分からない。でも一つだけ言えることは、自分ひとりだけじゃ解決できないってこと。誰かと助け合って、支えあって、それでやっと解決できるんだ。」

「ここまで来たら、僕たちの正体をそろそろ明かしてもいいかもしれないね。」

クズルたちの正体?俺は考えたこともなかった。霞さんもそうなのか、戸惑っているような表情をしている。クズルが口を開いた。

「僕たちの正体は、。ヒュロイトの精霊だよ。」

続けてアスルが口を開く。

「僕たちの役割は、君たち4人に本当の記憶を思い出してもらうためのお手伝いをすること。君たちは使。今言えるのはこれだけ。」

そのままクズルたちはなにも言わなくなった。俺たちは意味が全くもって理解ができなかった……。






ちょうどその頃​───


 僕が学校の階段を降りていると、なにか金属と床が激しくぶつかったような音が響いてきた。只事でないと思った僕は音のした方向に急いで向かった。音がしたのは近くの教室。僕は教室の重い鉄製のドアを勢いよく開けた。そこには思いがけない光景が広がっていた……。

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