第50話 新しい旅
俺は、状況を把握するのに、数分かかった。
ユナは、死んではない。
石になって、眠っているだけだ。
強力な毒に侵されているが、それを解決するための時間は、アクトによって与えられた――。
そこまでは、なんとか無理矢理納得した。
そうせざるを得なかった。
「タクヤ……こういうときこそ、君の能力が活用できるんじゃないだろうか? 今のユナは、ソフィア姫と同じような状況じゃないか。問題解決のために、運命の糸、見えるんじゃ……」
ユアンが、慎重に言葉を選びながら、そう言ってくれたが……。
「……ユナの、『
俺の、か細い答えは、皆に衝撃を与えたようだった。
そう、彼女の《ライン》は、見えない。
ジル先生やミウ、そしてアクトを導いた俺の能力は、ユナには使うことができない。
彼女を、助ける事はできないのだ。
『二百人占って、一度も外したことがない』
『一国の命運を左右するほどの占術』
周囲からはそう言われていたが……自分が最も大事に思う少女一人すら、助ける事ができないのだ。
「ユナの糸が見えない……それはいったい、どういうことだ?」
アクトが聞いてくる。
「……ユナの場合、考えられる理由は二つ。一つは、誰と結婚しても幸せになれない場合。二つ目は、その理想の結婚相手が、俺の場合、だ……」
「……お前の場合、だと? それはなぜ……」
「……この前も言ったように、俺は自分の相手は見えない。もし、ユナの相手が俺だったなら、間接的に俺自身の相手が分かってしまうことになる。だから、見えないんだ……」
「……そうか……そんな制限があるんだな……それで、前者の場合、今のこのユナの状況も当てはまるのか? これが原因だったから、理想の結婚相手も見えなかったという……」
「……それは分からない……でも、そんなんじゃあまりに可哀想だ……」
怯えた表情のまま石になったユナを見て、俺はそうつぶやいた。
「……そうだな……それに、俺は後者……つまり、ユナにとっての最高の相手は、タクヤ、おまえだと思っている」
アクトの真剣な言葉に、俺は呆然としたままではあるが、顔を上げた。
「……ユナにとっての……最高の相手……」
「そうですよ……ユナは、タクヤさんのいないところでは、ずっとタクヤさんの事しか話していなかったんですよ……楽しそうに、時には赤くなりながら……」
ミウも、石になったユナと、俺の顔を交互に見つめながら、目を真っ赤に腫らしてそう話してくれた。
「……私も、そう思う……」
驚いたことに……ミリアまでもが、表情をほとんど変えず……しかし、一筋の涙を流しながら、俺にそう声をかけてくれたのだ。
「……ありがとう……そうだな、ユナはこんな状態になったけど、死んでしまった訳じゃない。助ける方法を見つけて、復活させればいい。ただ、それだけの事なんだ……」
俺は再び、石になってしまた彼女の方を向いた。
「ユナ、ごめん、ちょっとだけ待っていてくれ……必ず助けるから……」
俺はそう言うと、絡まったままの指を、そっと抜いた――。
石像になったユナの体は、俺とアクト、ユアン、ジル先生の四人がかりで、やっと動かせるかどうかというほどの重さとなっていた。
衝撃を与えると破損してしまう可能性もある。到底、連れて帰ることはできなさそうだった。
他に、十三体の、黒衣の男達の石像も存在する。
これらをどうするか考えたが……元に戻して逃がしてしまっても、災いにしかならない。
いっそ、殺してしまった方がいいかもしれないという意見も出たが、生かして情報を得た方が得策だ。
とはいっても、今は白杖を持ち帰り、ソフィア姫を復活させることを優先しなければならない。と、いうことは……このまま石の状態で、この場所に閉じ込めておくことが最も得策、ということになった。
俺は、こんな連中とユナを同じ場所に置き去りにしたくない、外に放りだしておけばいいと主張したが、迷宮の外にこんな石像が転がっていては、目立ってしまう。
なので、ユナの体だけは、せめて扉を挟んだ、もう一つ隣の部屋に移動させた。
そして俺達は迷宮を出て、アクトがその扉を閉めた。
これで、少なくとも王族の血を濃く引く者が現れない限り、この迷宮は封印されることとなる。
思い返せば、ユナと最初に出会って以降、離れることはほとんど無かった。
最初に占いにやってきて、誰と結婚しても幸せになれないと告げられ、インチキだと騒いだ少女。
自分も占いの助手として旅について行くと言いだし、馬車で俺の左肩に頭を載せて、可愛らしい寝息を立てて眠っていた彼女。
夜の宿で、お互いに嘘をついていないか確認しあったあの日。
自分の身を犠牲にして、俺とジル先生を生き残らせるために、単身、伝説級の巨竜に立ち向かっていった魔導剣士。
「……もう、今の俺にとって、君は一番大事な女の子なんだよ……」
と言ってしまい、それを聞いて赤くなっていたユナ。
『タクヤ結婚相談所』の隣、空き家だった建物に、『ユナ上級ハンター依頼受付所』という新しい店舗を設立して、ご満悦だったユナ。
ミウとユアンの仲を取り持つために、俺と一緒に夜の街道を馬車で激走し、あげくにユアンと共に真竜を倒してしまったユナ。
「タクと一緒にいると、いろいろ変わった冒険ができて、楽しそうだから、理想の結婚相手は見えなくていい」
と言ってくれたユナ。
船の中、手を出した訳ではなかったが、一夜を同じベッドで過ごした夜。
同級生だというソフィア姫が、呪いで眠ったままになっている姿に涙するユナ。
宿で同室になり、すやすやと眠るミリアを見て、
「私達の娘みたい……」
と呟いたユナ。
ユナ、ユナ、ユナ――。
次々に蘇ってくる彼女との思い出に、また涙が溢れる。
しかし、これはほんの一時の別れだ。
セントラル・バナンに帰れば、占術の第一人者、デルモベート老公もいる。
解毒に関する情報も、もっと集まるはずだ。
俺は涙を拭いた。
そして俺達は、まずは使命を果たすため、アルジャの迷宮を後にしたのだった――。
――それから十日後。
アクトが持つ『
公には、病気が回復したことになっている。
その元気な姿に、国中がお祭り騒ぎになる事だろう。
それを後方から見届けた、俺を含めた六人の冒険者は、全員、安堵した。
結論から言えば、ユナを助ける為の具体的な手段は、まだ見つかっていない。
デルモベート老公も、占ってみてはくれたのだが、神から啓示があるのは、基本的には国家の存亡にかかわるような大事についてだけであり……つまりは、一冒険者の解毒についての手掛かりまでは、得られなかったのだという。
しかし、ソフィア姫を救うために、国中から医師を集めていたことは役に立った。
毒について詳しい専門家の情報が、ある程度集まっていたのだ。
しかも、ユナを助ける為、アクト、ユアン、ミウ、ジル先生、そしてミリアまで、俺と一緒に旅を続けてくれるという。
また、国宝級のアイテムである『解呪の白杖』も、アクトが持ち出すことが許可された。
これは、国の重鎮の中には反対する者もいたのだが、呪いから目覚めたソフィア姫が事情を聞き、親友であるユナの危機でもあったため、大変な剣幕で説得してくれたのだ。
まあ、姫が、
「私もユナを助ける旅に同行しますっ!」
と言ったのには、俺達も含めて、全員で
「それだけはお控えください!」
となだめたのだが。
こうして、俺達の新しい旅は始まった。
今回は、『
しかしそれでも、心強い仲間がいてくれる。
必ずユナを助ける――その決意を胸に、セントラル・バナンを旅立ったのだった――。
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