第5話 運命の糸(フォーチューン・ライン)

 灰色熊を退けた後、さらに二時間ほど走って、ようやく目的地であるアーテムの村に辿り着いた。


 入り口には、一応警備兵が立っていたが、ジルさんとは顔見知りのようで、馬車に乗っている俺達二人とも特になにもチェックされず通された。


 村、とはいえ、結構大きい。

 ぐるりと高さ三メルほどの石壁で囲まれているし、建物も、石造りのものが多い。


「元々は小さな村だったんですが、特殊な魔鉱石がこの近くで発見されて人が集まり、それが取り尽くされた現在でも、街道の拠点として重要な場所なんですよ」


 と、ジルさんが教えてくれた。

 この村、周囲四つの街のちょうど中間点になるのだという。

 確かに、人通りも多いのだが……心なしか、活気がないように見える。


「あ、見て見て、タクヤ。ハンティング依頼……すごい、ドラゴンだって!」


 街中の共同掲示板に、ユナが反応した。


「竜!? ……本当だ。懸賞金、二百万ウェンか。これって、高いのか?」


「うーん、どうかな……竜でもいろいろ種類、あるからね。亜種のレッサードラゴンならこんな物でしょうけど、そうじゃなくて、成体だったら、ちょっと安すぎるね」


「……君なら倒せるか?」


「私? ……挑戦してみようか? レッサーでないなら、たぶん無理だけど」


「いやいや、今はそれどころじゃない」


 あぶない、余計な面倒ごとを増やすところだった。


「竜、か……私が数ヶ月前に来たときは、こんな依頼、なかったんだがね……」


 ジルさんも興味を持ったようだが……。


「……と、そんなことより、ジルさんのお相手、探さなきゃな……」


「えっ……明日の朝市まで、待つんじゃないの?」


「いや、俺が一緒に来た以上、それを待つ必要は無い。さっき言っただろう? 俺には二人を繋ぐ『運命フォーチューンライン』が見えるって」


「あ、そうね。じゃあ、それをたどっていけば……」


「ああ、すぐに見つかる……あれ? あの女性……」


 今、俺達がいるのは村の玄関広場、共同掲示板付近。

 そこに、買い物袋を片手に歩いていた女性が、こちらに近づいてくる。

 二十代前半ぐらいで、濃い茶色の髪。

 今朝見たイメージ通りで、何より決定的なのは、『運命の糸』が、ジルさんと直結していることだ。


「ジル先生……やっぱり、ジル先生ですね。お久しぶりです」


「……やあ、君は確か、ダージルさんのところの……」


「はい、アイシスです!」


 ……あっけなく、ジルさんの『最良の結婚相手』が見つかった。

 俺は彼に、


「この女性です」


 と、小声で知らせた。


「えっ、あっ……あ、そうなのですか……」


 と、戸惑い、若干慌てていた。

 俺とユナは顔を見合わせて、微笑み合った。


「えっと、それで、ダージルさんは……」


「はい……母は……ちょうど二ヶ月前に、亡くなりました……」


「そうですか……」


 二人とも、沈痛な表情になる。

 俺とユナも、えっという感じで言葉を失った。


「……でも、もう五十を超えていましたし、本人も亡くなる前に、幸せな人生だったと言っていました。先生にも、お世話になったと伝えて欲しい、とも言っていました」


 この国では、男女とも平均寿命は五十歳ぐらいだ。

 ならば、この女性の母親は、長生きではなかったが、短すぎる人生ということでもなかったのだろう。

 ジルさんも、


「私の力では、どうしようもありませんでした……でも、そう言って頂けたのであれば、医者として救われる思いです」


 と、残念そうにしていた。


「それで、えっと……今回も診療ですか?」


「いえ、今回は、ちょっとプライベートで……ああ、ご紹介が遅れましたね。この方達は……」


 と、ジルさんは俺達の事を紹介しようとして、急に言葉が途切れた。

 それはそうだろう、「結婚相談所の方です」なんて、言える訳がない。


「私は、この村までの護衛を任せられました、ユナという者です」


 と、お辞儀して自己紹介する少女。うん、ナイスな答えだ。


「……同じく、同伴させて頂きました、タクヤです」


 ここは同調させてもらった。


「ユナさんにタクヤさん、ですね。お若いのに、ハンターさんなのですね」


「はい、こう見えて私、上級ハンターなのですよ」


「上級……へえ、凄いのですね」


 そう言って微笑んでくれる。

 うん、この娘さん、あんまりハンターのこと知らないみたいだ。


 それにしても……イメージで見たより、ずっと美人だ。

 歳は二十代前半ぐらい。

 笑顔も綺麗だし、髪もつややかで清潔感に溢れている。

 目もぱっちりと大きくて、鼻筋もすっと通ってて。

 微笑んだときに出来るえくぼが、これまた……。


 と、その時、つま先に衝撃、一瞬遅れて激痛を感じた。


「いてっ!」


 足元を見ると、ユナにかかとで踏みつけられているではないかっ!


「な、なにを……」


 文句を言おうとしたが、そのまま腕を引っ張られて数メートル移動させられた。


「ちょっと、なにジロジロあの人のこと、見つめてるのよ!」


「なっ……見つめてるって、朝イメージで見た人だったから、その確認をしてただけだよ」


「……それだけ? 見とれていたんじゃないの?」


「そ、そんな事ないっ……」


「……指輪、光った! ほら、ウソついてるじゃないっ!」


 ……こいつ、面倒なアイテム持ってるんだった……。


「ま、まあ、綺麗な人だなとは思ったけど……」


「もう、男の子ってみんなそうなの? 言っとくけど、あのアイシスさんは、ジルさんの最良のパートナーなんだからねっ!」


「そんなの、分かっている……っていうか、俺が教えたんじゃないか」


「分かってるなら、ジロジロ見たりしないのっ!」


「どうして……」


「どうしてもっ!」


 なぜかよく分からないが、彼女の機嫌を損ねてしまった。

 別に俺は、ジルさんのパートナー候補を奪おうなんて考えはこれっぽっちもないのだが、なんか誤解されてしまったらしい。

 いや、同じ女性として、自分を差し置いて綺麗な女性を見つめられるのは嫌なものなのだろうか。


「……いや、俺、そういうの鈍感だから……気に障ったなら謝るよ」


「……そ、そう? ならいいけど……ごめん、私も怒りすぎた」


 なぜかちょっと赤くなるユナ。

 うーん、女心はいまいち分からない……っていうか、ユナがまだ子供なだけか?

 まあ、ここは分かり合えたことにして、笑顔で二人の元に戻る。


「タクヤさん、大丈夫ですか? 何か痛そうにしてたみたいですけど……」


 アイシスさん、ユナが俺のつま先を踏むところは見ていなかったようだ。


「いえいえ、何でもないんですよ、ご心配なく」


 なぜかユナが答える。


「そうなんですか? ……お二人とも、仲良いんですね。うらやましい……」


「私達が? いえ、むしろジルさんとアイシスさんの方がうらやましい……」


 ユナが余計な事を口走るので、今度は俺が肘で突いて注意する。

 彼女はあわてて自分の口を手で塞ぐが、ちょっと遅い。


「わ、私? いえ、私はただ、ジル先生にお世話になったことがあるっていうだけですよ」


 そう言うわりには、かなり赤くなっている。

 うん、わかりやすい。この人、以前からジルさんに憧れていたんだ。

 ジルさんも照れている……そりゃそうだろう、目の前の美人が、最良の結婚相手だと分かっているのだから。


 まあ、ちょっとハプニングはあったけど、結果的に打ち解けることができて、


「もしお暇ならば、家でお茶でもいかがですか」


 というアイシスさんのご好意に甘えることにした。

 彼女の家までの道中、前を歩く二人に聞こえないように、小声でユナと会話する。


「さっき言ってた、『運命の糸』がぼやけているっていうの、喪中だから結婚できない、とかじゃないの?」


「いや、それは時間が解決してくれる話だから、『大きな障害』って訳じゃないはずだ」


 この国の喪中期間は、長くても一年だ。


「そうなんだ……それで、やっぱり今もぼやけてるの?」


「ああ。あんなに短い距離で、直結してるのにな……」


 そんなやりとりをしているうちに、すぐにアイシスさんの家に辿り着いた。

 そこは、やや小さいながらも綺麗にまとめられた、彼女の人柄を現すような、かわいい感じの家だった。


 丸く小柄なテーブルに、木製の四つの椅子。

 二つは自分と母親がずっと使っており、残りの二つは来客用で、彼女の母親が元気なときは、毎日のように友人がお茶を飲みに来ていたという。


 父親も三年ほど前に亡くなっており、その時に相続の関係でそれまで住んでいた家を売って、その遺産でこの借家で生活していたらしい。


 アイシスさん、母親を亡くした後は、買い物の代行や家事手伝いの仕事をしていたが、生活できるほど稼げるわけでもなく、遺産も少なくなってきていたので、そろそろ街に出ようと考えていたという。


 すると、ジルさんが


「ちょうどいい、今、サウスバブルの私の病院で看護師の仕事を募集している、母親をずっと看病していた君なら務まると思う」


 と切り出し、アイシスさんも


「本当ですか、私で良ければ、ぜひ!」


 と、目を輝かせ、そこまでは完璧な展開だったのだが……。

 アイシスさんが、ティーカップを持ち上げたときに、ポトリとそれを取り落とし、わずかに残っていた紅茶が白いテーブルクロスに広がった。


 彼女は、


「ごめんなさいっ!」


 と、慌てて立ち上がろうとしてそれができず、椅子に落ちるように座り込んだ。


「ほ、本当にごめんなさい……最近、こうやって静かに座っていると、突然手が痺れて、足にも力が入らなくなるときがあって……」


 ジルさんは、慌てて彼女の側に駆け寄った。


「ちょっと、失礼……」


 そう言って、彼女の目の下や、首筋に触れる。いわゆる、触診だ。

 俺もユナも、彼が医者であることを思い出して、成り行きを見守っている。


「……まさか……」


 ジルさんの表情が、厳しいものに変化する。


「まさか、『アーテム病』……十数年前に根絶されたはずなのに……」


 ジルさんの重い言葉に、なにか、空恐ろしいものを感じた――。

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