ボッチ、今更ながら気づく

 駿達が街へ繰り出している一方で、城ではある部屋の扉がノックされ、使用人らしき声が響いた。


「リーエル様。お客さまです」


 という声を聞いたリーエルは読んでいた本から視線を扉の方へ移した。


「誰ですか?」


「イマル帝国の使いの者です。陛下ではなく、リーエル様に直接伝えたいという要望でして......」


「はい......?」


帝国......? どうしてそんな大国が私に......? 


「リーエル様......?」


 少し黙考したリーエルはハッとした顔をする。


「......あ、い、いえ。何でもありません。申し訳ありませんが少々お待ちになさっていただけますか?」


「承知しました。使いの者にはそう伝えておきます。急を要しますのでなるべくお早めにお願い致します」


 使用人はそう言うと、それ以降は口を閉ざした。


「......」


......怪しいですね。大体、昨日と今で使用人の声が変わってる時点で確信できます......帝国もわざわざ私に使いを出すなんて想像もできません......この場合、城に何者かが侵入したと考えるのが妥当ですね......流石に私を甘く見すぎですよ。一国を背負う王族の一人として、あなた方の思惑が何だか承知はしてませんが、止めさせていただきますよ


 リーエルはそうして読んでいた本を閉じて、次には右手をゆっくりと突きだした。


「【精霊よ───どうか我の思いを彼方まで届けたまえ───幻想鑑(ファントムミラー)】」


 と、綺麗な声で詠唱した瞬間、リーエルの前に半透明の鏡が生成され、それにある人物が写し出される。


「ジータ。少しいいでしょうか?」


《......? リーエル様でしたか。別に今は大丈夫ですよ?》


 朝の水浴びに行って戻ってきた後なのか、金髪の特徴的な長いツインテールを乾かして流してる途中だったジータは少し驚いた様子で受け答えをした。


「率直にお聞きします。城の中になんらかの魔法を使用した痕跡は感じられますか?」


《魔法の痕跡、ですか。少々お待ちを............────っ! はい。感じました。リーエル様の魔法以外に微弱ですが......》


「やはりそうですか......ジータ。お願いがあるのですが、これから城の中を少人数で見回りを行ってきてほしいのです。騒ぎが大きくなると、侵入者は思いきった行動に出るはずです。ここは、少数精鋭で騒ぎが大きくなる前に元を絶っていただきたいのですが、可能ですね?」


 ジータはその言葉に力強く頷いた。


《可能です。今すぐにでも出動し、捕らえて見せましょう》


「流石、序列八位ですね。頼もしい限りです」


《リーエル様。今年で私は五番以上に入るつもりですよ?》


「......そうでしたね。かつて五英雄だった父のように......」


《はい! でもその前に、不届き者を成敗しませんとね!》


「ふふっ......その意気ですっ......」


《では、行って参ります》


 そこで幻想鑑は粒子となって塵になって、リーエルの前から消え去った。


「外には使用人の皮を被った人がきっと扉を開けるのを待ち構えてますね......ふふっ......面白いですね。いいでしょう......」


 リーエルはそう呟いたあと、目をゆっくりと瞑り、魔法力を扉の向こうに集中させる。


 すると、リーエルの視界に扉の向こう側でなにかを待ち構えている様子の男が一人視認できた。


魔法で厳重に守護されているこの部屋の扉の攻略法は、中の人に開けさせるか、術者に解いて貰うかしかありません......私を騙して開けさせようとしたのでしょうが、私は一筋縄ではいかないですよ? 侵入者は私が確認してるのはこの一人だけですが......他に三人以上は居ることを念頭に置くと......ジータならあと10分程度で対処してくれるでしょう。ここは......ジータの手助けとして一人くらいは自分自身で対処しましょうか......


 リーエルはそう決めると、次にはこう詠唱した。


「【光よ───求めるは光輝く三光槍───来たれ。我の盾となり、そして矛となれ───】」


 そう詠唱すると、リーエルの足元に光輝く魔方陣が描かれていき、次には詠唱を完成させる。


「【戦乙女(ヴァルキリー)の輝槍(ランス)】」

  

 光輝く魔方陣から生成された三つの約二メートルにも及ぶ光の長槍は、リーエルに付き従うようにリーエルを軸として周りをゆっくりと浮遊しながら回り始めた。


 不敵な笑顔を浮かべる王女は、こう命令する。


「───仕留めなさい」


ピュン!


 命令した瞬間、浮遊していた光槍が凄まじい風切り音をたてながら豪速で獲物へと向かった。


 扉を突き破り、やがて着弾する。


「ぐッ......!?」


 男に真っ直ぐ飛翔した光槍は四肢のうち、左右の腕と左足を綺麗に貫通し、辺りには鮮血が飛び散った。


 リーエルはゆっくりと身動きがとれない哀れな男に近づいていく。


 コツコツと、靴音をたてながら。


 優雅な振る舞いを見せつける王女に本来は見とれるはずのところだが、今の男の場合は違った。


 死の象徴が優雅に、そして美しくどんどんと近づいてくる地獄絵図の一端を見ているかのようだった。


「ぁ......あ”ぁあ......」


 逃げるように、そして何かにすがるように廊下に重いからだを引きずらせながらリーエルとは逆方向に行く。


「逃げないでください」


「......っ」


 リーエルは男のうなじを掴み、次にはこう微笑む。


「大丈夫ですよ。誰の差し金か話せば、回復させますから。勿論、牢屋で目を覚ますことになりますが、命は助けましょう」


 その提案に、男は肩を揺らした。


「信じたくなければそのままでいいですよ。その代わり、私はこう見えて相当怒っているので見捨てますけど......早くお答えいただけますか?」


「......くっ......」


 男は急かすリーエルにまだ言いごもった。


 そんな様子の男に溜め息を吐いたリーエルは掴んでいたうなじから手を離し、こう言い放った。


「......そうですか。残念です。次の人生では、これに凝れて善良に生きてくれることを願ってます......ではさようなら」


 と、歩き出すリーエルに睨む男はこれまで食い縛っていた歯を開いて言葉を発した。


「......わか、った......言うから......助けろッ!」


 その言葉に、足を止めたリーエルは笑顔で振り返るのだった。


「そう言ってくれると思ってましたよ? さぁ、話しみてください」


 

▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣



「おい! 優真! 見ろこれ!」


「ん? なんだよ......って、あぁっ!? あれじゃん! 完全にあれじゃん!」


 ───駿(しゅん)、優真(ゆうま)、伽凛(かりん)、夕香(ゆうか)、三波(みなみ)、希(のぞみ)六人は、一団から離れて、今は噴水広場周辺に立ち並ぶ屋台を回っていた。


 伽凛達女性陣は噴水のすぐ隣にあったベンチに仲良く座って駄弁っているが、駿と優真の二人はというと子供のようにはしゃいで屋台の作る美味しい食べ物を食べ比べしている最中だった。


 今はとある屋台に二人して足を止めて見覚えのある食べ物の名を連呼している。


「たこ焼き! これ絶対たこ焼き!」


「だよな!? 俺もそう思った! ......しっかし形はまんまだが、青のりとか鰹節とかのってないただの丸い生地じゃねぇか。一体何が入ってるのか......」


「まずは食べようぜ。俺の予想だと肉だと思うわ! 他の屋台だって肉料理の比率が多かったし!」


「お、たこ焼きの生地の中に肉か......それはそれで良い感じだな!」


「だろだろ? ───おっさん! それ二人前くれ!」


 優真の言葉に笑顔で頷いた駿は早速と一枚の銀貨を店主に渡した。


「あいよ! 二つな」


 すると店主は流れるような手つきで丸くなった生地のちょうど良い焼き目がついた時にひっくり返していく。


 もう具材は入れていたのか、ひっくり返された時に見れなかった。


 具が気になる駿達は早く答えが知りたいところだが食べてからのお楽しみだなと二人して笑った。


 出来上がったものから紙の容器に八個ずつ入れていき、やがて二人分が手渡された。


 手順はたこ焼きとほぼ同じような作り方だったため割愛する。


 駿達が感嘆するほどの腕前を見せつけた店主は最後に笑顔でこう言った。


「焼きたてだ......熱いから気を付けろよ?」


 その輝くようなスマイルに駿と優真は親指を立てて、笑顔でこう返した。


「「大丈夫だ、問題ない」」


 駿達は座って食べようとそこらの適当な所に座り、早速ありつく。


「よっしゃ! いただきます!」


「いただきまーす!」


 口を大きく開けて、頬張る。


「ほぉ、ほおっ......はつっ......(熱っ......)────っ!?」


「はぁ......ほおおっ......ほっ......────っ!?」


───絶叫する









「「ほめぇえええええええええええええッ!(うめぇええええええええええええッ!)」」










なんだこれはっ! ただの肉じゃない! 当然タコでもない! これは......まさかッ!?


 駿はわなわなと震え、次には具の正体を突き止める。


「重厚なチーズに包まれた鶏肉......だとッ......!?」


 と、驚愕した駿に優真が同調する。


「あぁ......柔らかな生地の向こうにチーズの酷のある味と鶏肉にまぶしてあった塩コショウに見事にマッチしている......シンプルだが、何故だろうか......手が止まらん!」


「だなっ!」



 急に饒舌になった優真をよそにどんどんと口に含んでいく駿。


 あっという間に食べ終わり、残念がった二人はそろそろ他のところに行こうとしたとき、駿の目にあるものが留まった。


あれは......装飾屋か?


「ん? どした駿」


「あ、いや......───」


......そうだ


「───優真、先に皆のところに行ってて。俺買いたいものがあるから」


「え? なら俺も行くよ」


「大丈夫。すぐいくから」


「あ、そう? じゃ先いってるわ」


「おう」


 優真を見送ると、駿は目に留まった装飾屋に立ち寄った。


 絨毯の上に並べられた色とりどりネックレスやブレスレット、そして髪飾り。


 どれも凝っていて、本当に綺麗だ。


さてと......皆にはビックリさせてやろう。予算的にもまだまだ余裕のよっちゃんだし、サプライズプレゼント作戦決行しまーす!


「えっと......」


先ずは優真だな......あいつは赤のイメージだからこいつにしよっと


 駿が手に取ったのは赤いチェック柄のブレスレットだった。


ふむ......優真がつけたところを想像してみると......やはり赤が一番だなあいつは


「次は......安藤さんかな」


安藤さんは......桃色かな~?


 次に手に取ったのは桃色の宝石が埋め込まれたネックレスだった。


......多分似合うな。うん。可愛いし。なんでも似合うと思うが


「さて......次は橘さんっと」


橘さんは青かな~......


 次に手に取ったのは青い蝶の形をした髪飾りだった。


橘さんとこの髪飾り......おさげに髪飾りか~! 良い感じになると思うぜ!


「プレゼントって結構選ぶの時間かかるよな......っと、岩沢さんか。......どちらかというとすこしのんびりしてるから黄緑かな......お、あったあった。このミサンガみたいなやつ良いんじゃね?」


 そう高らかにあげながら希が着けたところを予想する。


「うむ......似合うと思う」


 と、頷いた駿は「さてと......本命は」と、伽凛のことを考えながら髪飾りを中心に探した。


伽凛さんは......白のイメージがあるな......清純だし、真面目だし。ダークナイトは黒だから対になってほしいっていう願望は決して無いが、とにかく......やべぇめっさ可愛いやん......


 駿がのほほんとしながら手に取ったのは、白い十字架髪飾りだった。


やっぱり女神だからなぁ......十字架背負って悪をバシッとね! あ、そういえば俺っ、ダークナイトでした! いやん、浄化されちゃう!


「ヌフフ......おっといかんいかん。髪飾りと伽凛さんを合わせてみたらつい涎が......よし、この五品下さい」


 ずっと独り言をぶつぶつと言ってた駿に冷めた視線を送っていた女性が「あっ、はい。えっと───」と、値段を駿に言い渡し、駿は銀貨二枚払った。


 手に持ってる袋のなかにはサプライズプレゼント達。


 喜んでくれるかは分からないが、人の為に何かを成したという自己満足は出来た。


「......俺、結構良い男になった気がするんだが......あ、やめとこ。今一瞬寒気が......なんか「ウホっ......いい男」とか聞こえたきが......」


 と、皆の元に戻る途中、家の窓をなんとなく見た。


え......?


 思わず足を止めた。


あれ? あれれ? あれれれ?


 窓に写るのは黒髪で鼻や輪郭などがしゅっとなっている。それに、童顔なのか甘いマスクをしており、世間一般的にいえばイケメンの部類に入るほどの───


「────って、イケメンっ!?」


おい......待てよ。状況を整理するぞ? 俺は今この窓の前に立っている。そして、窓に写るのは当然俺のはずだ......はずだよな......? 写ってるのは長身黒髪イケメン......確かに俺は178だったが......うん? もももしかして......えっ......俺っすか? この憎たらしい黒髪イケメンは......おいおいおいおいおいおいおいおいっ!? この一ヶ月、お前には何があったんだよッ!? もしかして訓練するのはイケメンへの近道とでも言うのだろうか!? いや、待てよ


 駿は窓に向かって手を振る。


 すると窓に写る黒髪のイケメンは全く同じように手を振ってきた。


もしかして本当に......


「......お前は本当に......俺......なのか?」


 と、呟いた後、駿はそのまま数分間、立ち尽くしていたのだった。

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