酒と詩、そして戦闘機
Cessna
第1話 詩と俺
俺のまだ短い、冴えない人生の中で一つだけ誇れるものがあるとしたら、それは「詩」だと思う。
「詩」。和歌とか短歌とか、もちろん普通の詩とか、言葉で紡がれる世界の一欠片のことだ。残念ながら、俺はあんまり賢くなくて、母国語の詩しかわからないけれど、それを誰よりもじっくり読めることが、俺の密かな自慢だ。
密かな、というのは、卑下なんかじゃない。単に恥ずかしいから言っているだけのこと。清楚で奥ゆかしい文学少女だったならまだしも、二十代も半ばのオッサンが「詩」が好きだなんて言ったら、どんな迫害を受けるかわかったもんじゃない。
「詩」は、密かに、己の内でこっそりと楽しむのが良い。それが俺のやり方。いかがわしい動画の方がよっぽどオープンに楽しめる趣味。それで良い。
綺麗な月の晩、あるいは、気怠く晴れた土曜の昼下がりに、苦労して手に入れてきた読めないラベルのお酒やコーヒーをちびりつつ、こっそり自分だけの宇宙を練り上げる。俺は自分で「詩」を書くことはできない。俺はただ、どこかの誰かが書いたことを噛み締めるだけ。何度も、いつまでも。
さっきも言ったが、俺は馬鹿だ。あまり長い物語は読めない。小学生の頃、宿題でむりやり読書感想文を書かされた時に、仕方なく選んできた本が「こどものための名詩集」だった。(反則スレスレだが、我ながら良いチョイスだと思ったものだ)それが俺と「詩」との出会い。
俺は特に解説も無い、その詩集一冊読み切るのに、一カ月もかかった。お気に入りの綴りを見つける度に、俺は長いこと立ち止まってそれを眺めた。喉の奥で繰り返し唱えて、頭の中にぼんやりとした絵を描く。本当に紙に描くとひどいものだから、頭の中だけで、気が済むまで幾度となく思い描く。
そんなことをしているうちに、気付くと自分がその中に立っている。会ったことも無い誰かが――――それは時に美しい女の人であり、時にはちょっと怖い男の人でもあった――――振り返って、俺を呼びかける。俺は気まぐれにその人について行ったり、無視したりする。
そんなこんなで、いつの間にやら陽が落ちてしまう。そしたら俺は本を閉じて、また別の遊びに勤しむ。遊ばないと、なぜかちっとも良い絵が描けない。俺は俺なりに、「詩」を楽しんでいた。
そうして、提出期限の新学期初日を大幅にオーバーした後に、俺はどうにか感想文を書き上げた。内容は惨憺たるものだった。作文用紙に、たった一言。「けしきがあたまにうかんできて、きれいでした」。
言葉を連ねれば連ねるほど、せっかくの自分だけの遊び場が、ちっぽけで、狭苦しい、それこそ言い様も無いぐらいにつまらないものになっていく気がして、物凄く気分が悪くかった。
「違う、こんなんじゃない」俺は書いては消しゴムをかけ、また書いては消して、考え詰めた挙句、ついに何も書けなくなった。
結局、担任の先生に愛想を尽かされて、感想文は半端なまま許された。俺はもう二度とこんなものは書くまいと心に誓い、事実その通りにした。
一方で、「詩」への熱は、後々までくすぶった。
俺は相変わらずの味わい方を続け、小学生のあの頃とは比べ物にならないほどたくさんの絵を繋げてきた。それはあたかも線路の沿いの景色のように、どこまでも伸びやかに、連綿と広がっていく。俺はお気に入りの嗜好品を片手に、フラリとやってきた幻の汽車に飛び乗る。そして俺の名を呼ぶ誰かに、会いに行く。
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