死神と少女

Cessna

死神と少女

【1】

 ――――死神がフラリと私の部屋を訪れたのは、星の降るような夜のことだった。


 私は孤島みたいなベッドの上で、失敗した魔術の後始末に苦しんでいた。


「何を泣いている、姫?」


 死神は窓際に立って深い夜を背負い、低い声で尋ねてきた。

 私は盛大にぶちまけられた蛍光色の粘液を懸命に拭いながら、答えの代わりに言った。


「たとえ死神様でも、女性の部屋へ入る時には一言、お声をかけてくださいね。

 今は、召喚術の修行をしていました。このような状態ではありますが、次こそは成功させるつもりです。御用があるのでしたら、また朝になってからにしていただけませんか?

 それと、もう泣いてはいません」


 私は言いながら、袖口で涙を拭った。早口になってしまって、とても格好が悪かったと思う。

 死神は思いのほかの機嫌に面食らったのか、剥き出しの下顎骨と上顎骨の間から乾いた笑みを漏らした。


「フフ。気丈だな、此度の姫は。

 …………私は、蒼の姫を守護する者だ。名をシフ・タリスカという。死神ではない」


 私は改めて、シフと名乗る魔物の出で立ちを凝視した。


 どんな悲しみも慟哭も吸い込むような真っ黒なマントに、骸と成り果ててもなお、威容を誇る巨躯。その頭蓋骨には鮮烈な、稲妻のような亀裂が一筋走っていた。

 彼はまた、見慣れぬしつらえの異国の曲刀を二振り、腰に下げていた。うち一つの剣は霊的な気を色濃く纏っており、彼が尋常ならざる使い手であることを静かに物語っていた。


「貴方の…………その身体は、ご自身のものなのですか? 憑代では、ないのですか?」


 私の問いに、シフは深々と頷いた。


「正真正銘、我が肉体だ。しかれど、我が身は遠き昔に、すでに姫へ捧げしもの。

 その意味では、私はお前のものだ」

「捧げられた覚えが全くありません。どういうことですか?」

「遥か昔に、そのようなことがあった。お前の魂は、それを知るはず」

「…………つまり、貴方は先代の姫と交わした契約により、私に仕える。そういうことですか?」

「契りは結ばぬ。ただ、私の一存により、剣を振るうのみ」


 私は溜息を吐き、シフに言った。


「わかりました、シフ。いえ、よくわかりませんが、私だけで過ごす晩が、心許なかったのは確かです。

 私は、貴方の剣を受けましょう」


 畏まって礼をする相手に、私はさらに続けた。


「それでは、あなたの主として、早速お願いしますね。

 実はさっき、魂獣の召喚にしくじって、蛍光虫を大量に誘き寄せてしまったの。研究室が閉じられてしまったからと言って、寝台の上でやるものでは無かったと、反省しています。

 とにかく、このままではとても眠れません。だからどうか、片付けを手伝ってほしいの」


 シフは表情を一切変えぬまま(そもそも、骸骨の頭では変えようも無いが)、ゆったりと腕を組んだ。


「ほう、雑用か」

「いけませんか? せめて、代わりのシーツを取ってきてくれるだけでも、助かるのだけど」

「いや、たまには面白かろう」


 シフはひどく不器用だったものの、それでもとても良く協力してくれたおかげで、私は久々に素晴らしく綺麗にシーツを張ることができた。

 私の孤島は死神の傍らで、いつもよりもずっと清潔で、輝かしく見えた。


「ありがとう、シフ。とても清々しい気分です。

 折角ですから、あなたも休んでいきますか? ふかふかで、気持ちの良いベッドなんですよ」


 シフは無表情なりに私をきつく睨みつけると、


「姫、鍛錬に励むのではなかったのか? …………私は、外で良い」


 そう言い残して、夜の帳の内にあっという間に姿を消した。

 私は肩を落とし、彼を見送った。



【2】

 蒼の姫の騎士・シフは死神の如く闇に潜み、魔を狩った。


 その剣の舞う様は無慈悲で荒々しく、まさに嵐そのものだった。


 私が彼の凄まじい剣技に魅かれていくのと同じように、夜な夜な私の命を狙う魔物たちもまた、彼に強く惹きつけられていくようだった。


 私は、「蒼の姫」。

 魔海を鎮める、闇の巫女としての使命を帯びていたにも関わらず、そんな魔物の賑わう状況を、どうしても戒めることができなかった。


 私がシフを受け入れて以来、魔物の襲撃は明らかに激しくなったけれど、私はかえってこれまでになく、安心して魔海の深い領域での修行に励めるようになっていた。


「…………シフ。貴方がいると、困るけど、心強いわ。

 最近はむしろ、魔物は貴方が目当てみたい」


 夜中にそうこぼすと、シフは肩を揺すって笑った。


「気に入らぬか?」

「そんなことはありません。けれど、これでいいのかしらと、悩みはします」

「気に病むことは無い。私としても、姫の傍は良い鍛錬になる故」


 そう語るシフはどこか愉快そうで、私は諫める言葉をつい見失ってしまうのだった。


 シフは所謂、戦狂いだった。


 聞けば、剣を振るい続けたいがためだけに、悠久の時を生き永らえているという。

 彼はすでに途方も無く強かったけれど、私が見る間にも、さらに美しく、より狂おしく、技を磨いていった。


 そして彼の熱に浮かされてやって来る魔物も、みるみる強くなっていく。


 私はシフの猛る風に乗せて、魔術を煌々と滾らすのだった。


「加勢は不要」


 シフの不機嫌な声が、私はなぜかすごく好きだった。


「魔を深く知るためには、時にはこんな方法も良いのでは?」


 私が言い返すと、シフは「勝手にしろ」とばかりに顔を背けた。

 本当に嫌なら、もっと厳しく叱ればいいのに。

 彼は決してそれをしない。


 気付けば私は、独りでいた頃よりも遥かに、術に長けるようになっていた。


 召喚できない魔は、もはや無く、蛍光虫や涙でシーツを汚すことも滅多になくなった。


「それでも、まだまだ「蒼の姫」としては力が及びません」


 私の呟きに、シフはいつもそれとなく答える。


「果ては無い。それが、道というもの」



【3】

 シフは私が魔術に失敗し、魔海に飲まれそうになる度、襲い来る魔物や、時には「闇」そのものを、あっさりと斬ってくれた。


「姫。己が運命を自覚し、魔術の鍛錬に励むは、殊勝なれど」


 シフは窮地に陥っては泣きじゃくる私に、いつだって同じことを諭した。


「今少し、衝動を抑えよ。

 真の強さとは、時を経てこそ身に着くもの。姫は毎夜、着実に力をつけている。これ以上は望むべくもない」


 シフは淡々と続けた。


「闇へ浸れば、魂を穢す。穢された魂は、容易なことでは癒されぬ。

 いずれ私のように、禍々しき姿へと堕ちたくなければ…………真に使命のことを思うのであれば、深入りはよせ」


 ある時私は、自分の無力に打ちひしがれる一方で、嫌になるぐらいの余裕を湛えるシフに腹を立てて、力一杯に感情を叩きつけた。


「ですが、それでは私は一生「蒼」としての務めを果たすことができません!

 もっと、もっと、繊細に、強力な魔力を繰れるようにならなければ、貴方のように、肉体の定めを越えて、命を紡ぐことさえ叶わないのです。

 ご存知でしょう、シフ? 「蒼の姫」は、人の身でありながら、この世界に満ちる魔力を、たゆたう魔の海を、統べるべき巫女なのです。ほんの少しでも、甘えの付け入る隙を許してはならない役目なの」


 私は息を継ぎ、さらに訴えた。


「それに私、嫌な予感がするんです。近いうちに、この世界に何か恐ろしいものが訪れる。大きな魔が、深淵から迫ってきている、と。

 …………シフ。

 私は、守られてばかりではいけません。本当は、あなたをだって、守れるぐらいに強くなりたいんです」


 シフは眼窩に潜む暗黒を、心なしか穏やかに滲ませた。


「姫」


 私は眼前でそっと膝をつくシフを、黙って見つめた。頬を伝っていく涙が風に晒されて、冷たく、情けなく沁みた。


 死神は漆黒のマントをそよ風に揺らしつつ、一心に私を…………いや、私のもっと奥にある、根深い存在を捉えていた。


「お前は独りではない。因果の糸は、それを許さぬ」

「因果の糸なんて。そんな不確かなものを頼りにしていては、私は」

「姫」


 シフは今一度、私を黙って見据えた。


「因果は、綾となりお前を掬う。信じ、委ねよ。

 いかに強大な力を手に入れようとも、己を委ねることの出来ぬ者は、無力であるのと変わらぬ。

 …………何より」


 平静なシフの声が、ほんのわずかに沈みこんだ。


「私が、ここにいるだろう。…………未だ、通じぬか?」


 シフの眼差しに気圧され、私は幼い子供のように呻いた。


「シフ、貴方は――――…………一体、何を見ているの?」

「姫の、魂そのものだ」

「わからない」

「…………役目を遂げた蒼の姫は、その魂を再度、魔の海より発露させる。姫の魂を宿した新たな身体が、次の「蒼」となる。お前のように」

「私の、前の姫の、魂…………」

 

 世界に深く染み渡る魔の海に、強く根を張る「蒼の姫」。

 それは太古より永らく捧げられ、費やされてきた無数の魂の集合。

 「私」は、その一枝で。

 シフは、その樹をずっと守り続けている。


 私がポツポツと話すのを、シフは辛抱強く聞き、最後に一度だけ、小さく、力強く頷いた。

 私はようやく安らいだ心地を取り戻した。


「…………ごめんなさい。少し、焦り過ぎていたみたい」

「謝ることではない」

「ねぇ、シフ」


 呼びかけると、彼はひたと私の目を見た。

 優しい顔をしていると、感じた。


「貴方はなぜ、「蒼の姫」を守るのですか?」


 シフはいつも通りの、抑揚のない調子で答えた。


「姫の魂は、知るはず」

「それは…………もっと修行すれば、わかるようになるということですか?」


 シフは私の頭を撫で、その常闇のマントの内に私を包み込んだ。



【4】

 少しずつ、私は私を知っていく。

 そうしてやがて、自分が思うよりも、ずっと大きな自分を感じるようなった。


 私はシフが伝えてくれたことを意識しながら、幾晩も魔海を探った。


 そのうち違った景色が見えてくるのに、大した時間は掛からなかった。

 せいぜい、人の時間で十数年程度。

 星の瞬きにも及ばぬ、短い間の出来事。


 見えてきたのは…………繊細な織物のような眺めだった。

 魂に根があるのは、私に限ったことでないとしみじみと身に響く日々だった。

 誰の魂であっても、同じように因果がある。

 その糸がお互いに絡み合い、絡み合い、絡み合い。

 命は縷々と紡がれていく。

 どこまでも。


 一つの糸が、己の全てだと決めつけることが、いかに愚かしいか。


 かつての私は己の力に溺れ、盲目と化していたらしい。


 私の術は、向上した。飛躍的に。

 だが同じだけ…………いや、それ以上に、追及すべき真理の領域も広がった。


「果ては無い。それが、道というもの」


 いつかのシフの言葉が、いつも思い返された。

 私はその度に、あの時の彼と同じように、つい笑ってしまう。


 私は魔道に身を捧げると、全身全霊を懸けて誓っていた、はずだった。

 物心つく頃から、ずっとずっと抱いていたはずの誓いだったけれど、燃え上がるようにその誓いが息づいていると、ようやく実感できつつあった。


 シフはそんな私を、変わらぬ眼差しで穏やかに、嵐の前触れを占う灯台守のように、見守っていた。



【5】 

 凍えるような冬の夜に、孤独はいつにも増して冴え渡る。


 誰もが人恋しくて、見えない手を子供のように無邪気に伸ばしている。

 白く凛と輝く星々の、静かな遥かな歌声を、私は深く愛していた。


 魔術の修練は時に、深い休息を要した。

 花を咲かせ、果実を実らせた樹がやがて種子を残すように、私の修行は次第に段階を移していった。


 種子を育むのは、豊かな恵みの雨と、長い時間。


 冬の眠りの間、私の心はまだ綾目もつかぬ赤子のごとく、霧となって拡散していった。

 一日中、ベッドから下りることができないほどに、意識がぼんやりとしている。


 何と脆く儚い身だろうと思った。

 すぐに、何色にでも染まりそうだったし、少し触れられただけで、霜柱みたいに呆気無く、身も心も壊れてしまいそうだった。


 だが、それでも怯えることなく、安心していられたのは、シフが片時も離れず傍にいてくれたからだった。


「ありがとう。世話を掛けます」


 私が言うと、シフはお決まりの窓際で静かに答えた。


「止せ、私の勝手だ。むしろ、姫が余計に暴れぬだけ退屈ですらある」

「まぁ、ひどい」

「養生せよ、蒼の姫。長年の修練により身に染み付いた闇の残滓を、存分に清めよ」


 私はシフの黒いマントが風にたなびく様を、じっと眺めていた。

 初めて会った時には、血も冷めるほどに恐ろしかった死神の闇が、今は恋しくてたまらなかった。


 シフは想いを知ってか知らずか、腕を組んで、遠くへ視線を伸ばした。

 昔話を…………私からすれば、もはや神話のような昔の話を…………始める時の、シフのいつもの癖だった。


 彼の語りは低く、ポツポツと冷たい夜風に紛れていった。


「…………かつて私は、長い時間を牢に繋がれて過ごした。

 剣を振ることはおろか、手足を伸ばすことすら叶わぬ澱んだ闇の内で、私は影に侵され、光を失い、言葉を失い、肉を腐り落とした。


 陰惨な時間であった。

 生と死の境をいつ踏み越えたのか、私自身にも分からぬ。

 だが、己の吐く濁った吐息が、暗澹たる牢の呼吸と重なり、滞った臭気が、闇とまったき混沌を成した 時、私は初めて「魔海」を悟った。


 姫のごとき魔術師らは、その魂の因果により、いとも簡単に魔の領域に踏み込む。だが本来は、誠におぞましき者のみが流れ着く、罪深き場所だ。未だ分かたれぬ魂の、昏き苗床よ…………。


 私は忌まわしき姿に身をやつし、何のために、何を罪と贖うべきとて、永らえたのか、解らぬままに無為な時を過ごした。


 私にはただ、剣のみがあった。

 私は刃の軌跡に答えを求めた。

 何を忘却したとて、そればかりは失い得ぬ我が核だと、信じた。


 私は…………己を編む無数の魂との、果てし無い斬り合いを希求した。

 獣じみた戦であった。


 少しずつ…………少しずつ…………。


 削ぎ落され、魂はその本性を露わにしていく。

 魂が磨滅するにつれ、私は己であることを離れ、純粋なる「術」として、存在が練り上げられていくのを感ずるようになった。

 空腹も痛みも、祈りさえも、無かった。

 永劫に続く、虚しき剣舞。

 刃の傷は惨く、醜く。

 だが幻のように、一雫の血を闇に閃かす。


 ――――――――私は、その漆黒の内で「蒼の姫」と出会った。


 …………今は、遥か彼方となった、失われし日のことだ。


 姫は誰もが、蒼く美しい瞳をしている。あの姫もそうであった。


 血も乾く闇の底で、あれは私に本当の海を見せてくれた。

 私に会いに来たと…………今の姫と、よく似た眼差しを向けながら。


 私は蒼の世界に焦がれ、苗床から解き放たれた。

 私の真の贖罪は、その時から始まった。

 私はようやく、己の真の罪を悟った。胸中に横たわる愚かしき獣の性…………不信を。


 …………。


 …………姫よ。


 長い話を聞かせたが、いつかのお前の問いの、答えにはなったか。

 なぜ、私がお前と共に在るのか。お前の魂が、何を知るのかという、問いの」


 シフは私のベッドの傍らにゆっくりと腰を下ろして口を噤んだ。風に乗って、星を撫でゆくさざ波が微かに響いてきた。


「もう休め。お前は魔海に咲く運命だ。

 枯れることの無きよう、永久に、蒼く、蒼く…………」


 私はベッドから下りて、そっとシフに寄り添った。

 この人の居場所はきっと、白いシーツの上ではなく、私の中にあると知ったから。



【6】

 …………ついに、魔海の深淵から、恐れていたものが上がってきた。


 それは、陸の半分を覆うのではないかと思えるほどの、巨大な魔獣だった。

 鋭い歯の生えた、凶暴な魚をたくさん率いていた。


 魔獣は無数の命を、貪婪に飲み込んでいった。

 魚に似た大きな鰭が優雅に翻ると、その勢いだけで、魂の網がぶちぶちと無惨に千切れていく。

食べ零しを漁る、魂無き牙の魚達。

 砂の如く細切れた魂の断片が、濛々とした煙となって舞い上がり、魔海をとことん濁らせた。


 魔獣は時折、呻くように歌った。

 過去へも、未来へも届くような、戦を誘う呪いの歌を、高らかに。


 多くの魔術師たちが獣に挑み、深淵へ引きずり込まれていった。

 還ることは二度と無い深みへと。


 獣はこの世に在る魂のすべてを喰らい尽くしてなお、満たされない。


 私は蒼の姫の定め…………魔海へと命を捧ぐ、巫女としての役目を果たすべき時が来たと、覚悟した。


「シフ。私、行きます。

 獣を鎮めるまでの間、あの牙の生えた魚達をお願いします」


 私が術の準備を整え、そう告げると、シフはおもむろに剣を抜き、頷いた。


「承知した」

「それと…………もう一つだけ」

「ああ」

「…………どうか、私を忘れないでいてください。必ずもう一度、お会いしましょう。

 私は…………心より、貴方を愛しています」

「約束しよう」


 幾度も繰り返す、芽生えと結実。


 シフの常闇の内で、私はきちんと祈りの歌を詠むことができた。

 魔獣の呪いを抱くように、繊細に命の綾を紡いでいく。

 徐々に、たくさんの魂を、編み掛けていく。


 いつか見た命の織物が、もう一度美しく織り上がっていくように。


 私は、魔獣を海へ誘おうと決めていた。


 餓えた獣が、愛情だって思い出せるような、豊穣な海へと連れて行こう。シフが信じたくなったものを、もう一度、何度でも。

 どんな憎しみも、愚かさも包み込める。

 賑やかな海へ。


 そして私も、一雫へと……………………。



【7】

 ――――死神がフラリと私の部屋を訪れたのは、降るような星の夜のことだった。


 私はどうしようもなく汚れたベッドの上で、彼を出迎えた。


「こんばんは、死神様。

 いつかいらっしゃると、楽しみにしておりました」


 死神は形の良い頭蓋骨を、呆気にとられたかのように、やや傾けた。


「此度の姫は…………勘が鋭いな。なぜ、我が来訪を知った?」

「好奇心が強いせいだと思います。よろしければ、死神様のお名前をお聞かせ願えませんか?」


 死神は少し間を開けた後、ゆっくりと答えた。


「…………私は蒼の姫を守護する者。名をシフ・タリスカという。死神ではない」

「私はリーザロットと言います。よろしくお願いします、タリスカ様」

「タリスカで良い」

「わかりました、タリスカ」


 私は自分の内から溢れる感情を、そのままに笑顔に滲ませた。そうせずにはいられない、懐かしさとも、愛しさともつかない熱が、私を温かく火照らせていた。


「私、なぜか貴方にはとても深い縁を感じるんです。…………私、貴方のことが大好きになれそうです」


 タリスカはバサリと漆黒のマントを翻すと、怪訝そうに私のベッドを見やった。


「時に、姫。お前はどうして、寝台の上で術を使いたがる? またシーツを替えねばなるまい。何百枚、替えれば気が済むのだ」


 私は肩をすくめ、いたずらっぽく笑ってみせた。


「ふふ、何のことを仰っているのかしら?

 …………でも、それはきっと、どうしてもここにいらして欲しい方がいたからなんだと思います。召喚術の練習には、文字通り寝る間もありません。

 …………まさか窓からお越しになるとは、思いませんでしたけれど」


 タリスカは腕を組むと、一見不機嫌そうな所作でそっぽを向いた。

 だけど彼が密かに笑っていたのを、私は見逃さなかった。


「ねぇ、タリスカ。よろしければ、これから一緒に、色んなところに行きましょう。

 私…………「蒼の姫」になれてとても嬉しいんです。あなたに逢えたことも、まだ見ぬ出会いが、星の数ほどあることも。まるで夢のよう。

 

 ――――ねぇ、タリスカ。

 どうか、この手を取って」


(了)

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