第95話 暗躍Ⅲ
屋敷に着くとワーロンは既に壊れかけていた。自らの今後に耐え切れなかったのだろう、憔悴しきった顔だ。
「アクトレス卿、ご無沙汰をしております。騎士団のグロウス=クレイです。」
「あなた、グロウス様に仰ってくださいまし。わたくしは何も悪くないと。」
夫の顔を見ると同時にディアナは夫に詰め寄る。しかし夫は妻の顔を見ないで弱弱しく話し始めた。
「グロウス殿。此度はお手数をおかけして申し訳ない
。どんな罰をも甘んじて受けよう。儂の、儂の責任に間違いはない。ディアナは悪くないのだ。ただ、ただ儂のために若く綺麗で有ろうとしていただけなのだ。」
夫に自分を庇ってもらってグロウスには帰ってもらうつもりでいたディアナは慌てた。そんなはずはない、夫が自分を見捨てるなんてありえない。
「あなた、何を言い出すのですか。私が罪になると?私がどんな悪いことをしたというのですか。」
ディアナは心の底から自分が悪いことをしたとは思っていないようだった。
「お前は黙って居なさい。私たちは悪いことをしたのだ。罰を受けることは仕方のないことなのだ。お前があ奴に騙されたとしても、お前のやったことはやはり悪いことなのだ。それを黙って受け入れなさい。」
あ奴?グロウスは聞き逃さなかった。
「誰かに唆された結果だと仰るのですか。」
「そうだ。あ奴の言葉にディアナは騙されただけなのだ。若さを保つのではなく、若返るためにどうしても必要な事だと。」
「あ奴とは一体何者なのです?」
「あ奴は。あ奴は突然現れた。いきなり屋敷に現れたのだ。儂が何者だと問うと、魔道士だと言う。ただ、奥方様の御力になりたくて参上したと。ディアナは最近太ってきたことや年齢を重ねてたことによる自らの容貌の変化に気が沈んで外出もままならなかったことを知っておった。それに直ぐにディアナが乗ってしまったのだ。儂は最初は止めていた。得体の知れない魔道士風情の言葉を軽々しく信用するでない、と言い聞かせておったのだが、儂に隠れて既に始めてしまったのだ。気が付いた時には遅かった。もう死人が出ておったでな。隠すしかないと思った。そして死人が出ると次を捕らえてくるのだ。捕えてくるのはその魔道士がやってくれていた。あの装置もあ奴が作ったのだ。何もかもあ奴のいいなりだった。」
影で夫人を操っていた存在が居た。そいつが全ての元凶だった。
「それで、その魔道士は今どこに?」
「あ奴はいつもここに居る訳ではない。用事があるときだけやって来るのだ。今は居ない。ここのところ少し来てはおらんな。」
その魔道士を捕まえないと意味はない。但し、騒ぎを聞きつけてもう来ない可能性もある。
「その魔道士を捕まえたいのですが、ご協力いただけますね。」
「当然だ。儂にできることは何でもしよう。ただ、ディアナは許してやってはくれまいか。可哀そうな女なのだ。」
当のディアナは呆然と床にへたり込んでいた。自分に罪があると言われて頭が混乱しているのだ。
「そういう訳には行きません。アクトレス卿、いくら卿のお力でも無理なことはお判りいただけますね。」
「公爵にお願いしても無理なのか。」
「父も許さないでしょう。これを罰しないわけにはいきません。それほどの事態だとご認識ください。」
聡いはずのワーロンですら貴族の特権を過大評価しているところがあった。場合によっては揉み消せるのではないか、と。
「仕方あるまい。当然の報いじゃ。グロウス殿、よろしく頼む。」
ワーロンは全てをグロウスに任せて考えることを放棄してしまったのだった。
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