第32話 恐怖! さまよう死者の鎧

 それは蠢く鋼だった。


 あれは間違いない――リビングアーマー――さまよう死者の鎧だ。

 リビングアーマーは、ずりずりと近づいてくる。


 まずい。非常にまずい。心臓が高鳴る。一気に喉がからからになる。

 リビングアーマーと戦える推奨レベルは、大体15くらいだったか。それよりも厄介なのは、物理攻撃ではなかなか倒せないということだ。

 なんたって、ヤツはすでに死んでいる。死霊とか悪霊とか、悪しき精霊みたいなものが憑りついて動いているのであって、それこそ鎧を粉々にでもしない限りは動き続けるのだ。

 もちろん、今の俺に勝ち目はない。

 

 ヤツはまだ、俺に気づいていないはずだ。足音を立てずに、ゆっくりと、ゆっくりと離れて……。

「どわあっ!」

 はい。石につまづいてこけましたよ、俺!

 やばいやばいやばい! 完全に気づかれただろこれ!

 リビングアーマーは、どんどん近づいてくる。怖い。めっちゃ怖い。


『おぉぉぉおぉぉ……』


 うぉぉぉぉぉぉ……なんて不気味な声だ。地獄の底から響いてくるような……こえぇぇぇ!!!


 くそっ! こうなればやるしかないのか! ミーアとシルヴィアならきっと、すぐに駆け付けてくれるはずだ! 

 しかし、体が震えて思うように動かない。こ、これはリビングアーマーの魔力か!?

 いつの間にか、ヤツは俺のすぐ近くまで来ていた。

 そして――がしっと、俺の足を掴んだ。



「ひぃぃぃいぃぃっ!」

 俺は情けない悲鳴を上げた。





『……み、ず』



「あ……えっ!?」

 みず……水?


 なんてこった!

 リビングアーマーじゃなくて、ただの鎧を着た人だったのか! これは恥ずかしい! 恥ずかしいぞ俺!


『みずを……く……れ』

 そこで鎧は、ぱたりと動かなくなってしまった。

「大丈夫か!? し、しっかりしろ!」

 俺は思わぬ事態にあたふたしてしまうのであった。

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