第9話 魔法で大穴の開いた家①

 住宅街の一角に若いながらも将来を有望視された魔法兵アンドリューの夫妻が住む家屋があった。朝早く、アンドリューが仕事に行くときも――。



「行ってくるよ」

「あなた、いってらっしゃーい」



 と言ってお出かけのキスをするくらい二人はこの近所でも有数の仲睦まじい夫婦だった。




「おい、アンドリュー。今日はえらくご機嫌だな」



 城内の訓練場で練習しているときに兵士長のソルダートから声をかけられる。傍目から見てわかるほど頬が緩んだアンドリューは気合いを引き締める意味も込めて両頬を叩いたあとソルダートに答える。



「はい。明日からは休暇を取ってますので、妻と二人旅行にでもいこうと思いまして――」



 兵士であるアンドリューは中々纏まった休みが取れない。おそらく妻のメルモと結婚してこれが初めての長期休暇だろう。そのことを考えるとまた頬が緩んでくるので意識して気を引き締める。



「それはいいな。だが、訓練も怠るんじゃないぞ!」

「はい!!」



 気合たっぷりの声で返事をしたあと、アンドリューは厳しい特訓を夜遅くまで続けた。




 そして、汗塗れの泥塗れで家に帰ると優しい妻に迎え入れられる。



「あなた、お帰りなさい。今日もドロドロね。お疲れ様」

「ああ、ただいま。先にお風呂をいただけるかな」

「もう準備できてますよ」



 アンドリューの手から荷物を受け取るとその足で嬉しそうに居間の方へ歩いていく。

 その後ろ姿を見ながらまっすぐ廊下を進み洗面所へと向かう。ポタポタと落ちる汗や泥には気付かずに……。


 そして、お風呂で訓練の汗を流し、疲れをとったあと、居間へとやってくる。

 すると居間のテーブルには既に出来立ての料理が並んでいた。



「今日は木の実のパスタよー」



 嬉しそうに話してくるメルモ。

 何でもこなしてくれるメルモに感謝をしながらアンドリューは夕食に舌鼓をうつのだった。




 そして次の日、アンドリューは早朝より自宅庭で訓練を行っていた。今日から自分は休暇をとる。その間少しでも腕が鈍らないように……、また、少しでも力がつくようにとこの早朝訓練をここ最近毎日欠かさずに行っていた。


 まずは剣術。木剣を持ち相手を意識しながら振り下ろす。それを数十、数百と繰り返していく。額からは汗が滴り落ち、呼吸は少し荒くなっていく。


 そして、千を数えたところで剣術をやめ、次に意識を高め、魔力の流れを感じる瞑想を行う。庭の中心で座禅を組んで目を閉じ深呼吸をする。


 木々のざわめき、小鳥の鳴き声、遠くから人の声もする……。それらも己が心を無にするごとに聞こえなくなっていき、次第に世界から音が消える。


 その状態のまま数十分動かずにジッとする。そして、充分に集中出来たところで目を開け、庭に立ててある木の的目掛けて魔法を放つ。


 いつもより調子がいいのか激しい音が鳴って的に魔法が当たる。



「よし、調子がいいな」



 少し嬉しそうにアンドリューは再度魔法を放っていく。それは先ほどと同様に的に当たる。それを数度繰り返したとき、家の中から声が聞こえる。



「あなたー、ご飯よー」



 どうやら朝食の準備ができたらしい。アンドリューはこれを最後にしようと今までで一番力を込めて的を狙う。


 しかし、その大きな力を扱いきれずに的を大きく逸れ、アンドリュー宅の壁に衝突し、土埃が舞い上がる。


 ただ、今までも数度当たったことがあるが平気だった壁。今回も大丈夫だろうと思っていたが埃が収まるとそこには大きな穴が空いた壁があった。



「しまった!?」



 壁に空いた穴を見て愕然としていたときに家の中から妻が出てくる。



「あなた、大きな音がしたけど大丈――」



 妻もこの大きな穴を見て愕然としていた。幸い穴の空いた先は使っていなかった部屋だけどそれでもこのまま放っておく訳にはいかない。でも、今日より旅行に出かける身……。どうしたものか……。




 音に驚いたのか、彼の家の周りにはたくさんの人が集まってくる。頭の中が真っ白になるアンドリューだが、そんなときに彼に声をかけてくれる少年がいた。たまたま町のバザーに出歩いていた研吾が音を聞きつけ、その場に駆けつけたのだった。



「大丈夫ですか?」



 困惑する頭の中、なぜかその声はアンドリューの脳裏にしっかりと届いた。



「あっ、はい。体は大丈夫なんですが……」



 アンドリューの視線は大きな穴の空いた壁へと向けられた。



「大きな穴ですね。直せるんですか?」



 研吾が心配そうに聞く。するとアンドリューは目を伏せ、俯き加減に答える。



「実は今日の夕方から旅行に出る予定で……、この壁を直してる余裕がないんですよ」

「それなら俺たちがやりましょうか?」



 トンと軽く胸を叩く研吾。しかし、アンドリューはその申し出は有難いものの見ず知らずの人物にそこまで頼んでいいものかと不安な気持ちでいっぱいになる。



「大丈夫ですよ。私たちへの依頼は王国への依頼となりますから」

「へっ?」



 言ってる意味がよく分からずに一瞬呆然としてしまった。そのあと兵士たちの間で噂になっていた話を思い出す。


 たしか『よその世界より召喚された人物が未知の建築法でこの国をよくしてくれる』だったか?


 眉唾物でどこまで信じていいのかはわからないが、召喚魔法というものが存在するのも事実。発動条件は厳しいもののそれを使っていないと証明することもできないので噂を否定することもできなかった。



「もしかしてあなたたちは王国が依頼を引き受けてるという——」

「あっ、知っているのですね。そうですよ。俺たちはその依頼を解決するために動いています」



 それなら信用できるだろうか? いや、まだわからない。念のために直接王国に依頼として出しておこうか。



「わかりました。王国に依頼を出しますのでお願いできますか?」



 アンドリューは頭を下げて頼みながらも研吾の意図を探っていた。しかし、そんなことは露知らず、研吾は早速大穴が開いた状況を聞いてくる。



「どうしたらこれほどの穴が開くのですか?」

「あ、あの……、実は朝の特訓をしてまして、その終わりに力を込めた魔法をあそこに立ててある的目掛けて撃ったのですよ」



 アンドリューは庭の中央付近に置かれた木の的を指差す。それは散々魔法の練習に使われたのだろう、いくつもの傷が残っている。



「それが制御に失敗しましてそのまま壁に向かって……」

「事情はわかりました。それから建物の内装も見させてもらってもいいですか?」

「あぁ、それはかまわないがどうして?」

「他に直せるところがありましたらなおさせていただきますので」

「特にないと思うな」



 アンドリューは普段困ったことがないからそう答える。



「ですから念のためです。それと何か困ったことがあるようでしたら言っていただければ修繕しますよ」

「俺からはないがメルモはどうだ?」

「いえ、特に……」



 何かを言い足そうにしていたが特に何も言わなかったのでアンドリューは気にしないことにした。



「他に何かご要望はありますか?」

「そうだな、できるだけ壁を強くしてもらえると助かる」



 ただ、壁を強化するには値段がかかる。特に魔法耐性を強化しようと思ったら魔吸石の存在が欠かせないのだが、これがすごく値が張る。一枚で銀貨一枚もかかってくるのだ。この壁を直すだけでもいったいどのくらいかかるか……。



「わかりました。あとは聞くことあったかな……」



 今聞いた話を紙にメモしていた研吾は少し首を傾げる。すると隣に立っているバルドールが口を挟む。



「予算のことがまだまだぞ!」



 確かに聞かれなかった。自分で直しても材料だけでそれなりの値段がかかる。それに直してもらう人件費とかを考えると……。



「金貨五枚くらいで収まりますか?」

 恐る恐る聞いてみると研吾は笑顔で返してくれる。

「大丈夫ですよ。その予算でなんとかしてみせます」

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