第25話 新生活と洗濯の研究

真朱まそおが居間で何か考え込んでいます。


「どしたの?」

「お洗濯なんですけれど」

「うん」

「母神様のお母様は、神族としての奇跡で衣類を綺麗にしちゃうでしょ」

「うんうん」

「村の衆は、水と洗剤で洗って、干しますから、負担が大きいんですよね」

「そうね」

「神族の方の奇跡をそのまま、村の衆にも使えるようにすることは

 問題がありますけれど、違うやり方で負担を減らしたくて」

「あなたって、『みんなも、同じにしてあげたい』って気持ちが強いのね」

「そうかもしれないですね」


真朱が考え事をしているから、今日のお昼は私が作ろうかな。

(今日はたまたま、気が向いただけですからね)


真朱は、水の精霊と話しています。

『人の世では、衣類というものがあって、洗濯をします』

『うん』

『そちらに情報を同期しますね』

『この作業は、水の精霊だけじゃ出来ないね』

『そうですね。炎と風の精霊にも助力を願いたいです』


風 『情報を見る限りでは、私は乾燥の工程担当ね』

炎 『基本は風があれば乾くだろうけど、私達が協力した方が早く乾くだろうね』

水 『いやいや、メインの洗う工程でもさ、水の精霊だけで水流作るより、

   炎の精霊に熱を適度に貰った方が汚れは落としやすいでしょ』

真朱『私の神官着があるので、これを試しに洗って貰えますか?』


精霊たちは真朱から貰った情報で、汚れとは何か、洗濯の目的は何か、衣類を傷めない力加減はどの程度か等を理解しているので、さっくりと洗濯が終わりました。神官着はパリッと乾いています。


真朱『助力感謝します。

   今の工程で、担当された内容を、私に同期して貰えますか?』

  『『『同期したよー』』』

真朱『助かりました。この情報を元に、工夫してみますね』


精霊達は、真朱が何故、私と暮らしているのか知っていますから、『頑張れよー』と口々に応援して、会話を終えました。


真朱がお台所でお昼の支度をしている私のところにやって来ました。

「母神様、ちょっと賢者様の所へ行って来ますね」

「はーい。お昼には戻れそう?」

「頑張ります」


お祖父様の洞穴を組みかえた書斎へ真朱は「転移」しました。

イルカちゃんが出迎えます。

「真朱さんこんにちはー」

「イルカさんこんにちは」

「真朱さんて、私の上位互換ですよね」

「そうですね。母神様用の導き手という点で、魔法生命体の体自体の能力が

 高いですし、精霊だった私と融合したため、潜在能力はかなり高いです」

「私が賢者様の導き手として起動されてからの経験を、同期しましょうか?」

「いえ、お気持ちは嬉しいですけど、必要があれば雲の巣・改経由で

 参照させて頂きます。イルカさんの記憶を引き継ぐと、混乱しそうですし、

 イルカさんだけの記憶でいてほしいもの」

「分かりました。出来ることがあれば言って下さいね。

 では、賢者様を呼んできます」


「魔法の研究方法か?」

「はい。神聖魔法は拡張の余地がありません。

 精霊魔法は、精霊に力を借りたい内容を正しく伝えれば、

 かなり応用できますけれど、『歌』と『格』の縛りがありますから、

 私が研究しても、他の方の参考になりません」

「魔法も、お前の研究結果を使えるのは、一定の水準に達した者のみだぞ」

「ええ、ですから、アイテムに魔法を込めようと思うのです」

「ほう」

「具体的な方法なのですけれど――」


「よくまあ、そこまで緻密に、精霊へ『定義』を伝えられたな」

「元精霊ですもの」

「『歌』と精霊語ではなく、情報自体をやりとり出来るのはお前だけだな」


「研究の方法だが、ワシの場合は、既存の魔法を組み合わせて、

 自分のやりたいことに近づけることが多い」

「私の場合は、協力してくれた精霊達から、人の世にどう関わったかの

 情報は貰っていますから、これを魔法で再現できればと考えています」

「面白いやり方だな。いいと思うぞ」

「精霊の助けを得ず、神から奇跡も与えられず、自分の力で行うのが魔法ですよね」

「うむ」

「魔法が引き出す力は、結局この世界の中にあるわけですから、

 精霊達が保守している世界から、精霊の力を借りずに力を行使すること

 でもありますよね」

「そうだな」

「だとすると、人の理解できる言葉でも、精霊語でもなく、

 世界を保守する精霊達が用いる言語を使った方が、効率的ですよね」

「それが出来るのはお前だけじゃがな」


「試しにやってみます。賢者様、ご覧になっていて下さい」


真朱は、宙に水球を呼び出しました。

持参した、簡素なローブと、洗剤を入れます。水球の中で簡素なローブは、水流とともに舞い踊り、やがて水が無くなり、今度は球体の中で温風に吹き踊らされます。

ローブが乾燥すると、球体の中で吹き荒れた風は止み、ローブが球体の中にただ浮いている状態になりました。


「間違いなく魔法だが、ワシでは読み解けない言語で記述されているな」

「良かった。魔法になっているのか自信が無くて」

「初めての研究で、ここまでやれるとは、お前は末恐ろしい子だな。

 さて、付与魔法は知っているかな?」

「あまり詳しく無いのです。魔導書をお貸し頂けますか」

「いや、やってみせるから、原理を覚えなさい。真朱には、その方が早い」


お祖父様は、「明かり」の呪文を、石に付与して見せました。


「ありがとうございます。あとは、村の衆へどう手渡すかですね」

「うむ。まさか、うちの娘のものぐさ(奇跡の行使)が、こんな形に繋がるとはな」

「ふふ」



村長の家に行きながら、真朱は雲の巣・改のツブヤキ経由で私に話しかけてきたの。

『母神様、ご覧になられました?』

『みたみた。あなた器用なことするわねえ』

『ありがとうございます。今回の件とは関係ないんですけれど』

『うん』

『雲の巣・改の保守管理って、母神様より私が適任だと思うんです。

 世界の保守管理を創世神話の時代からやってたくらいですし』

『いきなりどうしたのよ』

『私にしろ母神様にしろ、必ず失敗しますよね。なら、それも織り込んで

 取り組むべきでしょう?』

『どちらも失敗するなら、私でいいんじゃないの?』

『母神様は、雲の巣・改を使ってダラダラするのお好きでしょ?

 私は興味ないから、その分、適任です』

『考えておきます』


真朱に管理者やって貰うと楽だけど、なんか記録を確認されたり、制限かけられたりしそうなのよね。どうしようかな。

そうこうしてるうちに、村長さんのお宅に真朱が到着しました。


「精霊と賢者様と相談して、私達の村の為に、

 新たな魔法を生み出してくれたのですか」

「まずは村の衆のためです。奇跡の使える神族だけ楽ができるって不公平ですもの。

 皆さんに使って頂いて、使いにくい点を調整できたら、この世の人達どなたにでも

 使って頂きたいです」

「それならば、あなたと世界の保守を行う精霊しか分からない言語で

 魔法を行使するのではなく、人が理解できる言葉に翻訳した方がいいですね」

「あ、そうですね。この村に行き渡らせるなら私一人で作れますけど、

 この世のどなたにでもとなると、私一人では時間がかかりすぎますね」

「時間や負担の面もありますが、他の人に任せると、あなたは他のことに

 新たに取り組めるでしょう」

「ありがとうございます。それで、村への設置方法なんですけれど」

「共同の洗い場があります。まずは、あの近くに設置して使い方を教えましょう。

 不便なことがあれば私に報告するようにします。私が集約して、定期的に

 真朱さんにお伝えしましょう」

「はい、ではそのようにしますね」


真朱が洗い場に複数台設置した、洗濯用の水球を呼び出すアイテムは、村の衆にとても喜ばれました。うちにも1つ設置してあるんですよ。


ただ、人間の言葉への翻訳が難しいらしくて、まだ真朱しか魔法を行使したりアイテムに付与することが出来ないの。近い将来、他国へも普及するのですけれど、それはまた別のお話ですね。


真朱がそろそろ帰ってくるから、お昼作っちゃっていいわよね。

私は雲の巣・改のツブヤキで、あの子に声をかけました。


『そろそろ、お昼できるわよ』って。

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