第07話 お戻りのご予定は?

雲の境目ってご覧になったことありますか?

例えば、真上は青空なんだけど、少し向こうは雲の下。あるいはその逆。日差しが強いと、雲の影もくっきりと見えますよね。今、うちの村、けっこう広いんですけど、だいたい半分くらい影の下で、そんな状態なの。


「あれまあ。こまっちゃん(小町魔王)のところの、チビ助か」

「きゅう」

姿の時は、話せないのかぁ。こまっちゃんならお宅にいるぞ。

 自分で呼べるかね」

「きゅう!」


はるか遠くの村の入口に立っているに微笑むと、村の衆は仕事に戻りました。

この子は、小町の母様とご主人(竜族の族長・元人間)のひ孫なの。

7つになったくらいかな? あらあら、優しい声で「きゅうきゅう」鳴いて、小町の母様を呼んでる。


へきちゃん、遊びに来たの?」

「きゅう」

「1人で?」

「きゅう」(頷いてる)

「ほら。いつまでも、村の入口に立ってないの。

 その姿じゃ、泊めてあげられませんよ」


それはそうよね。うちの村が、半分影になる大きさだもの。あの体なら、王都の王城さえ手のひらに乗るわね。碧は素直に、猫くらいの大きさの、チビ竜姿になったの。


「おばあさま、こんにちは!」

「はい、こんにちは。また、大きくなった?」

「うん。族長様(小町魔王の夫)が仰るには、僕は竜の血が濃いし、

 おばあさまの魔王の血も影響してるらしいの。もう里で一番大きいよ!」

「里からここまで、あの姿で来たの?」

「話せる体だと僕弱いでしょ? 族長様が、行くならあっちの体で行けって」

「途中で驚かれなかった?」

「珍しそうに見られたけど、武神様が『こいつは人を襲わない。言葉も通じる。

 言いたいことがあるなら、オレに言え』って周知して下さったから」

「うんうん」

「でも、道が狭くて、壊さないように歩くの大変だったよ」

「そうよね。壊さずに歩けた?」

「できた!」


ご自宅へ戻る小町の母様の後を、碧はトテトテついて行きます。

歩きながら、2人はこんなことを話していました。



それでね。陽の君なんだけど、「気持ちの整理がつかない」って里に帰っちゃったのよ。村の衆も村の子もあの子と仲良くなったじゃない?

心配したり寂しがったりしてる。


「ねえ、お母様」

「陽の君ちゃんのこと?」

「うん。村の衆も村の子も、気持ちがザワザワしてる」

「可愛がられてたもんね。村長に事情は話したものの、村の衆に説明はしないし」

「それでね。そっとしておくのと、迎えに行くの、どちらがいいのかな」

「私は迎えに来てくれたら嬉しいけどなあ」

「乙女心も恋心も分かんないけど、叔父様を行かせて平気?」

「陽の君ちゃんが嫌なら会わないでしょ。行かせてみたら?」


ということで、居間でポンコツになってる、叔父様に事情を説明しました。

陽の君の気持ちまでは話さないわよ?

「せっかく村に馴染んでくれたのに、エルフの里に帰っちゃったでしょ」

「ええ」

「様子見てきて」

「私がですか」

「ええ、そうです」

「では、ちょっと行ってきますね」


叔父様は居間から姿を消しました。



エルフの里では、陽の君が自宅でふさぎ込んでいます。

エルフの里の長老も彼女の友人や家族達も、そっとして、見守ってるのね。


叔父様が、陽の君の玄関で戸を叩いても、返事がありません。

「ふむ。うちの子(姪・母神)の籠城みたいなものですかねぇ」


叔父様は、幼体時代の少年姿になって、陽の君の部屋へ入って行きました。

断りもなく。


「誰?」

「見慣れない姿ですみません。骸骨村の末の神です」

「末の神様? なんで居るの?」

「みな、寂しがっています。迎えに来ました」

「そうじゃないの。どうして私の部屋にいるの?」

「お返事が無かったので。女性のお部屋ですから、この姿になってみました」

「美少年になったら、許可なく、年頃の娘の部屋に入っていいの?」

「いけませんでしたか」

「どうして、許されると思うのよ。ありえない!!」

「せめて話を聞いていただけませんか」

「もう! 言わせないでよ。

 汗かいて気持ち悪いから、水浴びしたいし、着替えたいの」

「どうぞ、姪で慣れています」

「家族だからって、若い女の裸を見慣れてるって、ヘンタイでしょ」

「?」

「きょとんとしたいのは私です!!」

「姪は特殊な子です。あの子は気にしませんから」

「私は気にするの。もう、ほんとに、とにかく帰って!」

「ご気分を害し、申し訳ありません」


美少年姿の叔父様は、陽の君の前から、しゅんとして消えました。

「……なんなのよ。私が悪いみたいな気持ちになるじゃない。

 可愛い姿で出てくるなんて、ずるいわ」


陽の君の気持ちは、ますますかき乱されるのでした。



戻ってきた叔父様は、村長や私の家族達に呆れられています。

皆、村長の家に集まっているの。


村 「無断で忍び込むのは、幾ら神とはいえ」

母 「あなた、どうしちゃったのよ? 普段なら長老通したりするでしょ」

華 「迎えに行ったんだか、帰れなくしたのか、謎すぎるわ」

歌 「陽の君ちゃん、驚いたでしょう」

小町「『姪で慣れてます』って、どうかと思うし、普通に気持ち悪いわよ」

父 「こいつ、ここんと調子悪いんだ。許してやってくれ」

叔父「ぼんやりしていました。お恥ずかしいです」



――確かに、下着姿で『雲の巣・改』で遊んでそのまま寝落ちして、毛布もはいでしまって、ベッドから床に落ちてそれでも寝ていて、叔父様に起こされたことはあります。でも、見慣れてるって! 私、叔父様の前で裸になったりしませんからね。

小町の母様、もっと言ってやって!!!



華 「確認しますけど、神の仕事として降臨するのは別として、

   女であれ男であれ、他人の部屋に許可なく入ってはいけないの

   理解している?」

叔父「はい」

華 「美少年姿なら、許されるとか思ってないわね?」

叔父「はい」

華 「じゃ、同じ失敗しないわよね」

叔父「しません」

華 「よろしい」

母 「弟がボンヤリしてるのに、普段通り頼んだ私もいけなかっわ。

   陽の君ちゃんに、謝りに行かなきゃ」

歌 「ねえ、末の神様。あなたは、行きたくて行ったの?」

叔父「もちろんです。村の衆や村の子達と同じように、私もあの方の、

   笑顔が見れなくなったり、歌を聴くことが出来ないのは残念ですから」

歌 「いきなり部屋へ入らずに、手順を踏んで、そのことを伝えるべきでしたね」

叔父「はい」

父 「なあ、一通り問題は理解させたし、弟休ませてもいいか?

   こいつ、ここのとこ何故か調子悪くてな」

村 「そうですね。皆さん、集まって下さりありがとうございました。



華の母様は、小町の母様、歌の母様、お母様(女神)と、何やら相談してから、家へ戻りました。



小町の母様のお家って、宿屋になっているの。村の女衆が交代で女将をしてくれてるんだ。碧は、女将に遊んで貰っていました。

小町の母様が戻られました。


「あらあら。良かったわね、遊んで頂いたの?」

「うん! 里のことを話してあげたの」

「うちのひ孫がすみません。仕事の邪魔にならなかった?」

「大丈夫です、もう支度は済んでいますから。碧ちゃん、良い子にしてましたよ」

「ありがとう。さ、碧ちゃん、私の部屋へ行きますよ」

「はーい」


小町の母様のお部屋は2階にあるから、階段をのぼる小町の母様に続いて、碧はトテトテ歩いて行くわね。

この子は、名前の通り、淡い青と緑の体で、鼻先に小さな角が1つ生えてるの。


「碧ちゃんは、村の子と遊ばないの?」

「遊ぶのは楽しいんだけどね、あの子達尻尾引っ張るの」

「あらあら」

「仲良くしたいけど、僕にも竜としての誇りがあるから」

「この前、生まれたと思ったら、ずいぶんお兄さんになったわね」

「いま7つでしょ? あと11年待てば、僕も族長様みたいに、

 亜人としての竜の姿になれるの!」

「楽しみ?」

「すっごく。今は、猫くらいの大きさのこの体か、里でダントツに大きい体か、

 どちらかだもの。亜人の体になれば、手も使いやすいし」

「うんうん。でも、あんまり急いで大人にならないで欲しいな」

「どうして?」

「子ども時代も、碧ちゃんの大事な時間だから。よく味わってほしいの」

「ふーん」



で、その頃、華の母様は、風の精霊に頼んで、エルフの里まで運んでもらいました。

今は、陽の君の部屋にいます。

「あなたが怒るのは無理も無いけど、末の神はポンコツになってるのよ」

「お姉様のせいじゃない」

「私のせいだけかなあ?」

「好意があったとしても、それは『村の子』としてか、お姉様の代わりでしょ」

「あらあら、拗れちゃったわねえ」

「お姉様なら、どう思う?」

「何とも思わない。部屋から出てけとは言うけど、それだけ。

 好きなら、素直に、告白させるかな」

「むー」

「あなた、私には普通ね」

「?」

「問題ややこしくしたのは、私がいたからじゃない?」

「それは、八つ当たりだと思うの。末の神様が、私じゃなくて、

 お姉様へ気持ちが行ったのは、彼の好みもあるでしょうけど、

 私の魅力が足りなかったの」

「私を悪者にして、八つ当たりしていいから、その分だけ気持ちの余裕作りなさい」

「そんなこと言われたら、泣いちゃいます。もう少しだけ、この里で暮らして、

 元気になったら、また村に戻りますから」

「おせっかい焼いてごめんなさいね。待ってる」



陽の君は相変わらず「エルフの男は嫌いだから近づくな」って気配をガンガン出してますけど、家族や友達や里のエルフ達と普通に過ごせるように、少しだけ笑ったりもできるようになりました。



さて、碧の話をしますね。

「あのね、酷いんだ。僕、怒ってるの」

「話してごらんなさい」

「武神様が、戦うの好きな人達や、モンスターに『相撲』を教えたでしょ」

「そうね」

「竜族からも、強い人が『相撲』しに行くんだけどね、僕混ぜて貰えないの」

「大きすぎるから?」

「うん。だって今の大きさだと弱すぎるから、強い方の体で参加したいでしょ」

「あの大きさになられたら、相手いないでしょ」

「そうなの。洒落にならんとか言わるの」


碧は耳をピコピコさせて怒っています。


「だからね、おばあさまのお家に家出してきました!」

「私の夫に断って、家出したの?」

「おばあさまに会うとしか言ってないよ。帰らないとは思ってないんじゃないかな」

「しょうのない子ですね。心配させてもいけないから、私が連絡しておきます」

「わーい」

「じゃ、いっしょにご飯にしましょうね」

「うん」

「碧ちゃんは、おばあちゃんと一緒に寝るのかな?」

「僕はお兄さんだから、1人で眠れます!」

「おねしょは?」

「しないもん」


こうして、うちの村に、チビ竜の碧(※大きい体の方は、雲をつく大きさ)が加わったの。この地域は、王都の城下町から領主の街までは馬車が出ているのだけど、領主の街からそれぞれの村へは馬車って無いの。


碧が巨大化して、村の衆を連れて、領主の街へ運んでくれるようになるんだけど、またそれは別のお話よね。

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