アン「チョコじゃないよ⁉グミでもない!」

「うう……!」


 アンはソファで身体を丸くしていた。

 先程の写真の女性を見た瞬間、アンの胸には二つの感情が宿った。

 一つは罪悪感。悪いことなどしていないはずなのに落ち着かない。

 もう一つは敗北感。理由なんてわからないけど、アンはおのずずから負けたと思ってしまったのだ。

 咲人はアンを大事にしてくれている。アンもサキトを大事に想っている。

 それでも届かないものがある。

 そのことが言い知れぬ不安の種をエルフの少女の胸に埋めた。


「うう……!」


 咲人は帰ってこない。足音は行ったり来たりを繰り返している。

――サキトの……ばかぁ!

 アンの目じりに涙がたまる。

 きっと、その涙に染みた感情はさっきのモノとは別の色をしている。



 § §



 しばらくして幾分落ち着いたアンは開けたままの段ボールを眺めた。


「お菓子ないかなぁ?」


 えみは大抵荷物と一緒に美味しいものをこの箱に入れてくれる。


「大丈夫、怒られない……」


 先程の騒動で落ち着かないアンは一人で段ボールの中身を物色し始めた。

 中からは妙に色どりのカラフルな箱が出てきた。


「わぁ、【チョコ】だぁ~!」


 アンは沢山入っている箱の1つを取り出した。

 固い紙で出来た四角い箱。間違いない。コレはチョコに違いない。


「チョコぉ! チョコぉ~」


 チョコはアンが咲人と出会った頃に彼が彼女にくれたお菓子だ。

 うっとりする香り、口に運んだ時の甘さと乳味、とろける食感の茶色の板だ。

 この世界の菓子より濃厚かつ雑味の少ないお菓子はとても美味しいものだった。


「食べてもいいよね? 一つくらい、いいよね?」


 アンは堪え切れずに箱を開封した。


「あれ?」


 おかしい。箱を開けてもチョコの芳醇な香りがしない。

 箱の中に入ったツルツルの紙を切る前からチョコの匂いがするはずなのに。


「チョコじゃない……?」


 アンは箱の中身を一つ取り出した。チョコと同じツルツルの紙に包まれている。色は銀色で中身は分からないが、グニグニとした触感がした。


「んぅ? 【グミ】?」


 感触でアンはそれをグミだと判断した。

 チョコには及ばないが、グミだって美味しいお菓子には違いない。


「んしょ、ううん……」


 グミを取り出すべくツルツルの紙をアンは切ろうとする。しかし、端っこが千切れるばかリで中身が取り出せない。じれったくなったアンは紙を咥え、引きちぎった。


「なにこれ?」


 中身は半透明なぬるぬるした膜だった。妙に臭い。

 試しに端を少し噛んでみるが、苦くて不味かった。


「なぁっ……!」


 見るとサキトがリビングのドアを開けた姿勢で固まっていた。


「アン、いったいなにが……⁉」

「サキトぉ、これチョコでもグミでもないよぉ~!」


 プリプリと抗議するアン。

 サキトは全てを察したようにふっと笑い――すべての箱を没収した。



 § §



「やぁ~! 返して! サキト、返してぇ‼」

「駄目です! 絶ッ対に! ダメです‼」

「チョコチョコ、チョォ、コォ‼」

「チョコなんてありません!」

「嘘うそ! ウソッ! 箱の色、違うもん! きっと、チョコあるもーん‼」

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