間章01【3】
「うわぁ~ほんとに綺麗……」
ミレイはその美しさにうっとりし、溜息をつく。
その美しさは、かのサント・シャペルや平和の聖母聖堂のステンドグラスにも匹敵する美しさであり、しかしそれは人間の感性で作れるものとは少し異なっていた。
「へへ……このステンドグラスは天使が作った天界の遺産だって言われとるくらいやからな。せや、座る場所もあるから座ってゆっくり見ようか」
ミレイとハーミィは設置されてある椅子に座り、じっと、しばらくの間祈りの間の美しい光景に浸っていた。
「ねぇ、ハーミィは外の世界に出たいんだよね?」
しばらくの沈黙の時間、その沈黙を先に破ったのはミレイの方だった。
「……せやけど、それがどうしたん?」
「もしあたしがこれから旅に出るとしたら、あたしと着いて来ない?」
「えっ!!!」
それはハーミィにとって思ってもないことだった。
外に出ることを夢見ながら、それでもこの先ずっとこの大聖堂で奉仕していく、そんな定めなのだと自分に言い聞かせ続けてきた。
そんな自分に舞い込んで来た、千載一遇のチャンス。ハーミィにはそう思えてならなかった。
「ほ……ホンマにええの?ウチこんなんやから、そんなに強ないで?」
「別に強さなんて求めてないもの。ハーミィに案内してもらって楽しかったし、あなたと外の世界を旅したらもっと楽しいだろうなって気がしたんだ」
「そ……そっか……」
しかしハーミィは素直に喜べなかった。大聖堂での奉仕はエンジェルにとって大出世であると共に、定めでもあるのだ。
そんな重大なものを差し置いて旅に出ることなど出来るのか、その不安が彼女にはあった。
「……正直ウチもミレイに着いて行きたい。やけどエンジェルとしての務めもある……せやから今ははっきり返事ができん。ごめんな……」
ここで「はい」と軽く言ってしまえばミレイに過度な期待を持たせてしまい、いざ止められた時に彼女をガッガリさせてしまう。
そう考えたハーミィは、今は保留するという選択をとったのだ。
せっかく仲良くなったのに、そんな人の気持ちを、自分のせいで落とし込むようなことをハーミィはしたくなかった。
「そっか……分かった!じゃあまた出発する時になったら誘うね?その時にはハーミィもどうしたいか決まってるだろうから」
そんなハーミィの気持ちを察してか、ミレイは複雑な表情をしているハーミィにニッコリ笑って返した。
「うん……おおきにミレイ」
それからまた、二人はステンドグラスにしばらく目をやる。その見え方は、先程とは少し異なっているような気が、二人にはした。
「おおっミレイ殿、ここにおられたか!」
二人が複雑な気持ちにふけっていると、そこに鎧を脱いで軽装になったアークエンジェルがやって来た。
「あぁっアークさん」
「おや?ハーミィと一緒のようで……そうか大聖堂を案内してもらってたのですね」
「まっそんなところです!」
ミレイが答えると、ハーミィは椅子から立ち上がり、アークエンジェルに頭を下げる。
「すいませんアークエンジェル様、ウチの勝手でこんなことを」
「頭を上げなさいハーミィ。君のやったことは正しいのだから。むしろ客人がいるのにそっぽを向いている者の方がおかしいのですからね」
「……ありがとうございます」
ハーミィは頭を上げ、アークエンジェルに一礼してからミレイの方を向く。
「そんじゃミレイ、ウチは御奉仕に戻るから。あんたのガイドが出来て楽しかったで!ほな、さいなら!」
「うん、またねハーミィ!」
ミレイとハーミィは互いに手を振って、ハーミィは祈りの間を後にした。
「……あの子は他のエンジェルと違って豊かな心を持っています。他の者達は堕落していると言いますが、わたしはそんな、自分の確かな意思を持っている彼女が羨ましい……」
そんなハーミィの後ろ姿を見て、アークエンジェルは思っていることが口から漏れてしまう。
「アークさん……」
「おっとわたしとしたことが……今のぼやきは忘れてください!」
ハッハッハッと豪快に笑ってみせるアークエンジェル。その笑い声は、広い祈りの間の壁に反響し、響き渡った。
「さて……ではミカエル様との対話の準備が出来ましたので天使長室へお連れ致します」
「はい!」
ついにミレイは、この天界を納める長ミカエルと接触する。
神に選ばれた者が持てる力、それが一体何なのか。怖いもの知らずのミレイに不安は無い。むしろその瞬間を楽しみにしていたくらいだった。
ミレイとアークエンジェルは祈りの間を後にする。
誰もいなくなった祈りの間に光が差し、ステンドグラスはそれを受け、いつまでもきらめいていた。
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