008【4】
「そうだ。シンアルにあるバベルの塔、その最上階に天の扉がある。つっても地上十階のそんなに高くない塔だけどな。大昔はもっと高かったみたいだがあそこは地震が多くて、先の大地震でぽっきしいっちまったらしい」
「ぽっきしって……焼き菓子じゃないんですから」
思わずキョウスケが突っ込むと、ジャックはいつもの笑い声を出す。
「ヘッヘッ……でもお前が住んでる人間世界でも地震が頻繁に起こる場所があるんだろ?」
「まぁ……僕が住んでる国は地震が多いところだってよく言われます」
人間世界にも地震大国と呼ばれる国がある。
しかしキョウスケの住んでいるダイミョウという場所は比較的地震の少ない場所であり、キョウスケ自身は大きな災害に見舞われたということは一度も無かった。
だが、キョウスケは震災の光景を映像で見たことはあり、その悲惨さ、恐怖は知っているつもりだった。
「つまりあのバベルの塔ですら、天災には敵わないってこったな」
「…………」
その一瞬、地下の部屋に重い沈黙が流れたが、再び作戦会議の口火を切ったのはジャックだった。
「おっとまた話が脱線しちまったな。まあつまりオイラ達はこれからシンアルに向かわなくちゃならないってわけだが、まずこのアンダーグラウンドを出なくちゃならん。しかしアンダーグラウンドの異界の門は親衛隊の駐屯施設の先にあるんだ」
「うん、それはドワーフのおじさんから聞きました。でもあそこを突っ切らないといけないなら……行くしかないよね」
キョウスケはグッと拳を握り締める。
親衛隊には一度捕らえられたというトラウマがあるが、それを押し殺してでも強行突破する覚悟が今の彼にはあった。
「ヘッヘッ……牢獄で泣き虫だった坊ちゃんは何処へ行ったのやら。それともガールフレンドがお前を強くさせてるのかねぇ」
「ガールフレンドって!!ちょっとジャックさん!!!」
照れるキョウスケを、意地の悪い笑みを浮かべてジャックは笑う。
「フッ……お前も隅に置けないなキョウスケ」
「ちょっとグレイまで!!!」
グレイに煽られ、顔が真っ赤になるキョウスケ。
まるでその光景は、部活動の先輩達に好きな女の子がいるとバレて弄られる後輩のような風にも見えた。
「まっとにかくあの親衛隊の駐屯施設を強引に突っ切るということになるわけだ。だけどそこでもう一つの問題があって……次はこっちを見てくれ」
次にジャックが差したのは、アンダーグラウンドの市街地の様子が映し出されているモニターだった。
キョウスケとグレイの二人がモニターの方を向くと、そこには親衛隊の兵士達が溢れかえるように歩き回っている街の風景が表示されていた。
「うわ……」
思わずキョウスケは絶句する。
脱獄したとはいえ、まさかこんなに多くの兵に追われる身になるとは思ってもなかったからだ。
「まぁこんな感じでお前さん達を捕まえようと血眼になってる兵士が市街地に溢れてて、とてもこの中を通ることは出来ないってわけだ」
淡々と状況を説明したジャックだったが、「しか~し!」と再び人差し指を立てる。
「これについては既に対策済みだ!この隠れ家には市街地の外まで続く地下通路を作ってある。よってヤツらに気付かれずに安全に街の外まで出られるのであ~る!!」
「おおっ!!!」
キョウスケは立ち上がり拍手喝采。ジャックはいやはやと言いながら照れ笑いをする。
「……ちょっと気になったんだがジャックいいか?」
「わたしのことは曹長と呼びたまえグレイ二等兵」
「なんで新入りのお前が曹長なんだ!というよりなんで俺が一番下なんだ!!」
ジャックに乗らされて突っ込んだものの、グレイはやれやれと首を横に振って冷静になる。
「シンアルに向かうと言っても、世界の鍵はどうするんだ?俺たちの持ってる鍵は向こう一年は使えないし、ここの住人は親衛隊に鍵を全て押収されてるし……異界の門にたどり着いたとしても、鍵が無いんじゃ意味ないじゃないか」
魔界というのは決して地続きになっているものではなく、その場その場が孤立した島のようなものになっている。
そして本来、人間世界の地図でいう海の場所は大きな闇の空間となっており、そこに落ちた者は二度と戻ってはこれない。
だから、魔界の移動手段は異界の門を使うほか無かったのだ。
しかしグレイの心配をよそに、ジャックは余裕の表情を見せる。
「ヘッヘッヘッ……グレイさんよぉ、もし無理な話だったらオイラはあんた達に同行するようなそんなマヌケなことはしないさ。もちろんそいつも対策済みさ」
ジャックは指をパチンと鳴らす。
すると以前牢獄の鍵を出した時のように、ジャックの手から十本ほどの鍵が着いたキーホルダーが出てきた。
「そ……それはまさか!」
「ヘッヘッへッ!全部世界の鍵さ!お前達を牢から出す前に、アスタロトが留守だったんでちょこっと拝借させてもらっただけさ。まっ返す気は無いけど」
ジャックはその十本の中から、一本の黄土色の鍵を親指と人差し指でつまむ。
「これがシンアルへ向かうための鍵さ。あっ一応言っとくけどデモンズスクエアへの鍵は無いからな。ありゃあアスタロトが持って、出て行ってたみたいだから」
自慢げに笑うジャック。
最終目的地の鍵は手に入らなかったが、それでもジャックの働きは十二分なものだった。
「フッ……この盗人め」
「んん?グレイそれは褒め言葉として受け取ってもいいかな?」
「そのつもりで言ったのさ」
グレイの顔にも笑みが漏れる。
牢獄へ収監された時の絶望がまるで嘘のように、グレイとキョウスケに活路が生まれる。
「ジャックさん本当に何からなにまでありがとうございます!全部ジャックさんのおかげですよ」
キョウスケはジャックに頭を下げる。
するとジャックはキョウスケの両肩を掴んだ。
「ヘッヘッ、お礼を言うのは世界を救ってからにしてくれよな。オイラ達の冒険は始まったばかりさ……だろ、キョウスケ?」
そう言われて、キョウスケは頭を上げる。
ここで別れるのではなく、契約を交わし、ジャックもキョウスケのパートナーになったのだ。
これまでよりも、この先の付き合いの方が長くなる。
だから感謝をするのはまだ早いと、キョウスケも気づいたのだ。
「そうですね……これからよろしくお願いしますジャックさん!」
「おう!そんじゃあまず、景気付けにアスタロトを懲らしめてオイラ達の恐ろしさを魔界中に知らせてやろうぜ!!」
えいえいおーっと、三人は腕を挙げて鼓舞する。
狙うのは地下世界を我が物顔で牛耳る、暴君の首だった。
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