005【2】

「間に合ったようだなデュラハン、ワーキャット」


数人の声がし、デュラハンが振り返るとそこには魔王親衛隊の仲間が集まっていた。

そう、グレイの受けたパラノイズはデュラハンのものではなく、その周囲の親衛隊の兵士達が放ったパラノイズだった。


「抜け駆けしておいてやられそうになるとはお笑いもんだぜ」


「チッ……」


周囲の仲間から笑われ、デュラハンは舌打ちをする。

確かにこのまま兵士の助けが入らなければ、ワーキャットはヒートブレスをモロに受け、次はデュラハンがその餌食になっていただろう。

しかし、それでも魔物として、兵士としてデュラハンにとってこれは屈辱的な仕打ち。

ある意味、敗北よりも苦いものであった。


「グレイ!!!」


体が動かなくなったグレイを心配し、キョウスケはグレイに駆け寄ろうとする。


「キョウスケ……来るな……!ミレイ……と……逃げろ!!」


しかし、そんなキョウスケを見てグレイは動かない体でありながらも、全力を振り絞ってキョウスケに向かって叫ぶ。

グレイはキョウスケの母、カコと約束した。何があってもキョウスケを守り抜くと。

グレイは自分を犠牲にすることで、キョウスケを逃がすことができると考えたのだ。

誓いを守るための自己犠牲だった。


「何言ってるんだ!グレイは僕の大切なパートナーだ!見捨てれるわけないよ!!」


しかしそれに反して、キョウスケはグレイに駆け寄る。

いくらグレイの指示であろうと、キョウスケにはグレイを見捨てることなどできなかった。


「パラノイズ!!」


すると、親衛隊の兵士の一人がキョウスケに向けてパラノイズを打った。

キョウスケにはグレイのような素早さも瞬発力も無い。パラノイズはキョウスケに直撃し、体は全身電気を覆ったように痺れ、麻痺する。


「キョ……キョウ……スケ……!」


「キョウスケええええ!!」


キョウスケがその場に倒れこみ、グレイとミレイは悲鳴をあげる。


「グ……レ……イ……ミレ……イ」


魔物が受けた分には麻痺で済むパラノイズだが、人間が受けるとそれ以上の高負荷がかかる。

キョウスケはそう呟くと、スッと意識を失ってしまった。


「ターゲットを無力化、これよりアスタロト様のところまで運ぶぞ」


親衛隊の兵士達は、動かなくなったグレイとキョウスケを担ぎ上げる。


「あ……あんた達待ちなさい!キョウスケとグレイを返しなさい!!」


兵士達の背後から大声が聞こえる。

そこに立っていたのは、涙を浮かべながらも拳を固く握るミレイだった。


「ケッケッケッ!人間の分際で何ができるってんだお嬢ちゃん?」


兵士の一人はそんなミレイの姿を見て嘲笑う。

人間と魔物では元々から持っている力に雲泥の差があり、ましては女の子供。

兵士にとってそれは、人間が蟻を見るようなものと同じだった。


「ぐううう!人間舐めんなぁぁぁぁ!!!」


ミレイはその場から駆け出し、魔物の兵士に飛び蹴りを炸裂する。

相手が人間だったら、間違いなく吹っ飛んでいるほどの威力だったが。


「グハッ!!……って言ってあげれば満足するかなお嬢ちゃん?」


嫌味な笑みを浮かべて、兵士はミレイを見下す。ガードもせず、兵士はミレイの蹴りを受け切った。


「くっ……だったら!!」


そう言って、ミレイは再び距離をとり、構える。

もう一度兵士に飛び蹴りをかまそう。そう思った時だった。


「今のあなたにその魔物を倒すことはできません」


ミレイでも、兵士でもない声が干からびた市街地に響き渡る。

ミレイが振り向くと、そこには数人の騎士が立っており、その背中には。


「白い……翼」


騎士の背中には白い翼が生えていた。

ミレイが両親を失った交通事故。その時に見た白い翼と同じものだった。


「お……お前らは!何故お前らがここに!!」


先程まで余裕の表情だった親衛隊の兵士は、たじろぎ、表情は強張る。


「その子は神に選ばれた子。我らに引き渡してもらいます」


騎士の一人が言う。その声は曇りない、透明なほど美しい声だった。


「チッ……メンドくさいのが介入して来やがったぜ。まぁこっちの目的はケルベロスだったし……そのガキはくれてやるよ!」


親衛隊の兵士は舌打ちをし、そそくさとその場を去って行く。


「あっ!待てっ!!」


ミレイが兵士を追いかけようとすると、一人の騎士はミレイに近づいてそれを止める。


「さぁ、あなたはこっちです」


「でもキョウスケが!!」


「今のあなたが追いかけたところで、あなたにはあの少年を救う力がありますか?あの兵士を倒す程の力が」


「そ……それは……」


ミレイの足は止まる。

騎士の言う通り、ミレイには親衛隊の兵士を倒す力は無かった。

グレイのような魔物も連れていなければ、キョウスケのような魔物を操る能力も無い。

彼女は無力な、ただの人間だった。


「あなたは今、自分は普通の人間だと思っているでしょう。ですが一度死を味わいながらそれでも救われた、神によって選ばれた子。遅くはなってしまいましたが、あなたに力を与える時がきました」


「あたしに……力を?」


騎士の言葉に、ミレイは心を動かされる。

今まで無力で、キョウスケの足手まといになっていたことを悔やんだミレイ。

しかし力を持てば、こんな思いをしなくて済む。キョウスケと共に戦える。

そう考えた瞬間、ミレイの中から迷いは消えた。


「……分かった、あたし行きます」


「フフフ……では参りましょう。我らの世界、天界へ」


ミレイは騎士に連れられ、市街地を去って行く。

キョウスケとグレイの無事を祈りつつも、二人の力になるために、自らに眠る力を覚醒させることを決意した。

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