003

「デモンズスクエアへ向かうための世界の鍵だぁ?」


「あぁ、知ってるなら教えて欲しいのだが」


グレイ達はドワーフの営む酒屋へ来ていた。

酒屋には多くの魔物が出入りし、その分色々な魔界の情報が集まってくる。

特にこのならず者の集まるアンダーグラウンドでは、表に決して出ないような情報も集まっていた。


「まぁ知ってるっちゃ知ってるが、世界の鍵は今このアンダーグラウンドでは親衛隊の奴ら以外は使用禁止になってやがるんだ。治安維持のためなんざ言ってるが、おそらく魔王の反乱分子をここに入れないためだろうけどな。おかげで他の魔界からの魔物が来なくて商売あがったりだよ」


ドワーフはブツブツと愚痴をこぼす。

確かに、酒屋の中にはキョウスケ達以外に三人ほど魔物の客がおり、安い酒と安いつまみをつついていた。


「アスタロトのヤツさえいなけりゃもっと街も賑わうってのに、あいつが来てからアンダーグラウンドは枯れちまった。あいつは魔王に気に入られて昇進することしか考えてないのさ!」


ドワーフはヤケクソにコップに入った透明な液体を飲み干す。

モチロン、それは酒ではなくただの水だ。


「……そういやぁお前達、見かけねぇ顔だがここまでどうやって来たんだ?」


ドワーフが尋ねると、キョウスケはポケットに入っていた世界の鍵を見せる。


「これを使って来ました」


するとドワーフはややっと、目を見開く。


「こいつぁ珍しい、黒い世界の鍵じゃねぇか!なるほどな……それだったら検問には引っかからねぇな」


「検問に引っかからない?どういうことですか?」


キョウスケの問いに、ドワーフは立派にたくわえた自慢の髭を触りながら答える。


「ボウズ、普通世界の鍵はその場所に行く専用の鍵があって、それを使えば異界の門同士で繋がりあうんだ。だがその黒い世界の鍵はランダムに色んな世界へ飛ばされる。だから異界の門を使って飛ばされても、飛んだ先が異界の門とは限らねぇってことさ」


「な……なるほど」


「アスタロトのヤツらはこの世界の異界の門に検問を敷いてやがるからな。ここの異界の門はこの市街地を越えて親衛隊の駐屯施設の先にあるんだ」


ひとしきり喋り、ドワーフは水をコップに注いでそれを豪快に飲み干した。


「店主、異界の門がどこにあるのか教えてくれたのは嬉しいが、肝心のデモンズスクエアに行くための鍵の在り処は教えてもらってないぞ」


グレイがそう言うと、ドワーフは自分の額をパチンと軽く叩いた。


「おっとそうだったそうだった。デモンズスクエアへの鍵は多分アスタロトが持ってるんじゃねぇか?

というか、アスタロトなら色んな世界の鍵を持ってるだろうさ。アイツ、アンダーグラウンドの住人から根こそぎ世界の鍵をかっさらって行きやがったからな」


チッ、とドワーフは舌打ちをする。

どうやらアスタロトはかなりの暴君であるようで、住人の中にもそのやり方に不満を持っている者は多そうだった。


「なるほど、アスタロトか……ありがとよ店主」


「なぁに、もしお前らがアスタロトをけちょんけちょんにしたらまた来てくれや。その時は飲み物だろうが食い物だろうがご馳走するぜ?」


ガッハッハッハッと豪快に笑うドワーフ。


「あぁ、その時は寄らせてもらうよ」


そう言い残して、グレイ達は店を後にした。


「さて、どうしたものかな……」


グレイは小さな溜息をつく。

当初グレイが思っていたよりも、事態は芳しいものではなく、むしろ悪いくらいだった。


「つまりあたし達がデモンズスクエアへ行くには、ここの敵の本拠地に突入して、なおかつそこのボスも倒さなきゃいけないってことよね……」


「まぁ簡単に解釈するとそうなるな」


グレイがそう言うと、ミレイも溜息をついた。これから乗り越える壁の高さは、あまりにも高かった。


「ま……まぁでもさ、これで僕たちの行く場所は分かったんだしどうにかなるんじゃないかなぁ?」


そんな落胆する二人の中に、キョウスケは苦笑いを浮かべてなだめようと会話に入ってくる。

だがそんなキョウスケの姿を見て、ミレイは更に大きな溜息をついた。


「はぁ……ノーテンキなのはいいけどキョウスケ、ここはあんたが一番悩まなきゃいけないところなのよ?」


「えっ?僕が?」


「そう、あんたが。だって戦うのはあんたなんだし」


「…………あっ」


今まで楽観的な態度をとっていたキョウスケだったが、ミレイに言われてようやく自分が何者なのかを思い出す。

自分はデビルサモナーであり、グレイのパートナーだ。つまり、親衛隊を突破し、アスタロトを倒せるのはグレイであり、そのパートナーも戦いに参戦するのは当然の話だった。


「うっ……ミレイどうしよぉ~?」


あまりの荷の重さに、キョウスケはミレイに泣いてすがりつく。


「あぁもう泣きついてくるなぁ!さっきまでのノーテンキはどこいったのよ?」


「だってほら……あれは二人を励まそうと思って……」


俯くキョウスケに、ミレイは仁王立ちをして、これまた惜しみないくらいの大きな溜息を吐き出す。


「はぁ……あんたって臆病なくせにそういうところ抜けてるわよね。ほら顔上げなさい!」


「うわっぷ!!」


ミレイはキョウスケの頬を鷲掴みにし、強制的に顔を上げさせ、ぐいっとキョウスケの顔面を自身の目の前まで持ってくる。


「いいキョウスケ!アンタは戦える力を持ってるんだからそれを思う存分ぶつければそれでいいの!あんたがそんなんじゃグレイにまで迷惑がかかるのよ!!」


「うっ……そうだけどさ……」


「あたしだってできるなら力を貸してあげたいわよ……だけどあたしには魔物を操る能力なんて無いし……見てるだけっていうのもツライのよ」


「ミ……ミレイ……」


ミレイの瞳が揺れるのを、キョウスケは間近で見た。

そして思い出す、餓鬼と戦った後ミレイが感じた、自分が邪魔になってしまっているんじゃないかという疎外感。


「ご……ごめんミレイ、ちょっとワガママ言い過ぎたよ。だから泣かないで……ね?」


「うぅ……泣いてなんかないわよ!キョウスケのくせにいいいい!!」


「いたたたたっ!!!」


ミレイはキョウスケの鷲掴みにしている頬を引っ張ったり、押さえたり、こねくり回す。

その目には一粒の水滴がくっついていた。


「はぁはぁ……ふぅ~せいせいした」


「しくしくしくしく……」


キョウスケは真っ赤になった頬を自分の手で優しく撫でながら、大量の涙を流す。

ミレイは汗を拭う仕草をしつつも、目頭に浮いていた水滴を払った。


「……もう気が済んだか?」


そんなやり取りを端から見ていたグレイが、痺れを切らして入ってくる。


「うん、もう大丈夫!ごめんねグレイ」


「フッ……別に構わんさ。君がキョウスケにそうやって喝を入れてくれるおかげで、あいつの尻に火がつくからな」


「へへっ……じゃあ燃やし尽くすまで火をつけてあげるわ!」


「勘弁してぇ~……」


悲痛の叫びをあげるキョウスケを見て、グレイとミレイは共に笑い合う。

だが、彼らの元に親衛隊の影は刻一刻と近づいていた。

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