蓮の台
そもそも、地縛霊と認定されるためには生体に一目を置かれなくてはならないわけで、しかし、虜囚霊や怨吐霊にそんな慟力はない。残るは覚醒霊か呪詛霊ということになるのだが、覚醒霊は死ぬ間際の心的情景に依存するのだから土地は無関係だし、呪詛霊だって似たようなもの。だって、死亡現場を見に行って感傷にひたる活動霊はいるけれど、最初から呪詛霊になりたくて見に行くわけではないのだから。つまり、万が一の要因で呪詛霊に変わってしまったとしても、それは「地縛霊」ではなく「自縛霊」と捉えるべきこと──もっと現実的に、
確かに、たまたま写真におさまってしまう
でも、幽体が絡んだとたん、生体は現実性を失う。論理性を失う。インターネット上の情報を鵜呑みにするなと、
というか、死んだことも幽体と会ったこともないようなひとが、勝手にこの世の事象を
そう、要するに、
「なにを欲しがる?」
地縛霊だなんだと怖がって見せるのは、他でもない、隣人や世間にかまって欲しいから。
「認めて欲しいか?」
単なる自己承認欲求。
「かまって欲しいか?」
単なる、かまってちゃん。
とても滑稽なことだと、あの日、雲母さんは酷評した。そして、あんな滑稽な生体とおなじ手段で、お返しとばかりに生体を冒涜するような哀れな幽体にはなるなと、それはくだらない鼬ごっこだと、欲しがるなと、あの日、彼女は戒めた。
「しかし、このまなざしに映るおまえは、おまえの理想とする姿だろうか?」
いま、ふたたび異界の女神は戒めている。謎のチンピラ少年に対し、不気味な笑みを浮かべながら。
「理想どおりに捉え、かまってくれるはずだと?」
平素の寡黙さはどこへやら、とても饒舌。やっぱり彼女にとって面白い展開を迎えているらしい。その嗜好が私には理解できない。ただただ戸惑うばかりで、
「ふん。ずいぶん信頼されたものだな」
ちらと、顎だけを飛鳥にふり向かせた。釣られたように彼女もこちらを見る。これからどうなるんだろう?──搗ちあった視線が落ち着かない。おたがいに泳いでる。
「小僧よ。おまえの理想は叶えられない」
動くに動けず、身体のほうは固まったまま。
「なぜなら、おまえの理想のヴィジョンを知らないのだ。知らないものを叶えてやることはできない」
援護射撃?──きっと足手まとい。
「欲しがっても無駄だ。捨てることになる」
低い声で一方的に戒め、どこかで聞いたことのある台詞を口にすると、ぐるり、雲母さんは晶片小僧に背を向けた。
「しかしながら」
次いで、私たちではなく、私たちの背後、彩央走廊の暗闇に漠然と視線を馳せさせる。それから、
「アーダ」
これまででいちばん大きな声、でも、やっぱり囁きのような声でなにかを唱えた。それに呼応するかのように、
「え?」
晶片小僧が訝る。拍子抜けしたような、いっそうにキーの高い声。
「
不敵な微笑みこそ顔に貼りつけたままだが、目を丸くし、動揺しているとわかる。
すると、雲母さんは、
「確か、そっち方面の人種をご所望だったか」
漆黒の背中を彼に向けたまま、
「その望みならばお安いご用だ」
不気味な笑みを浮かべたまま、深く承諾。
「叶えてやろう」
ぼそりと告げた直後のことだった。背後のどこかからぶーんというメカニカルな駆動音が短く聞こえ、たちまち、ひゅんひゅんひゅんひゅん──風切り音が鳴り響きはじめた。どこで鳴っているのかもわからないほどの大きな音。エッヂのきいた音。プロペラのような音。
でも、それも束の間の出来事。風切り音は呆気なくボリュームを薄め、代わりに、低音をともなうモーターの音へと切り替わった。まるでエアサーキュレーターのような、空調機器のような音。
「おぁぁ……!」
いち早く上半身をふりかえらせたのが飛鳥だった。ふりかえりしな、いつもの感嘆符を口にする。
遅れ、私もふりかえる。
「は、あ……!?」
空中に、巨大な
20mほど手前、さっき私たちが折れてきたL字の曲がり角、その右から左へと、ちょうどソレが姿をあらわしたところだった。
マーキスカットを思わせる両端の尖った楕円の花びらが、わずかに重なりあいながらぐるりと1周。その内側には花托のような構造体も見られる。そして花梗──本来は茎となる部分──は短いアームとなって4方向に伸び、それぞれの先端には大きなプロペラが。
いわゆるドローンだった。いや、蓮の花の形に本体をカスタマイズした、ドローン型の飛行物体。
花びらの色は濃いピンク、花托の色は鮮やかな黄色、花梗の色は深緑──高速回転しているからプロペラの色は判然としないが、どう見ても蓮の花を模しているとわかる。
でも、ドローンにしても蓮にしても、大きすぎる。花びらでできている円の直径は1mほどもあり、高さは50㎝以上にもなるだろうか。片手で持ち運びできる市販のドローンとは明らかに
「蓮の
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極楽へと化生した者の心の特徴をあらわしたとされる「蓮華の五徳」──この
あのドローンが、まさにそれだった。
だって、女が座している。
仏のごとく結跏趺坐の姿勢で、
右足がうえだ。確か「吉祥坐」という坐法だったか。悟りを開いた者がするという、霊験あらたかな座り方。
「ア、アスカ、怖い、かも、です……!」
ぎょッとした表情でかすかに唸ったのが飛鳥だった。くわと垂れ目を見開き、眉間に皺を刻み、歌舞伎の見栄のように口角をゆがめている。もと国民的アイドルとは思えない斬新な表情。
確かに、私も、かなり、怖い。
「小僧よ。頭が高い」
青褪めた薄暗い通路、その曲がり角の向こうから、
「そっち方面の人種」
結跏趺坐のガスマスク修道女を乗せた巨大な
「アデライーダ・ヴォルコヴァ嬢にあらせられるぞ」
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