「遅い。全く、10分前には集合してもらわないと、その間に《影》が暴れてたらどうするつもりなのかしら」

「……すみません」

 お昼の後、本日2時間のパトロールを陽也たちのチームが任されており、早速の稼働となる。

 めちゃくちゃ気が進まない様子の朱奈は、ついつい足取り重いままに、菫のもとに来ていた。嫌味を言われまたさらに気持ちと足が重くなる。

「まーま! それこそ、早く持ち場に行こうぜ!」

「ふん、そうね。さっさと行くわよ」

 薫の脳天気な一声のおかげでギスギスした空気がなんとか持ち直される。だが、薫のその言葉に菫の背後にいる倉麻がめちゃくちゃ睨みを聞かせているので、見ていた陽也は冷や汗たらたらなのだが。

 今回、陽也達一行が担当するは人通りが多い場所。建物も少ないので、見張るには少し苦労するが。

「よろしくお願いします。私達じゃ手が回らないので」

 世の中、戦えるものとそうでないものがいる。十字軍は戦える人達、警察官は戦えない人たちの味方。普通の犯罪も、混乱に乗じて行われたりしているため警官はまだ必要なのである。

 新しく決められた規定によると、十字軍は警官がいるところで巡回をしなくてはならなくなったらしい。警官には十字軍の上層部を呼べるので、その方が都合がいいらしかった。

「つっても、あんまほいほいいるわけじやまねぇんだよなあ」

「いたらラッキーくらいだもんな」

 先頭を行く菫に気づかれないように少し後ろで距離を取っている薫と陽也が小さい声でそう話す。

「二人とも…! 気の抜けたこというのやめてよ、怒られるの私なんだから!」

 その間にいる朱奈がギリギリ聞こえたようで同じく音量を落として二人を睨みつける。

「ごめんて、緊張とか無縁だからさ」

「も~、これから胃薬が必要かもしんない……」

 なんてこれからこの調子で日々を過ごすと思うと先が思いやられるのか、朱奈は胃のあたりを抑えて頭を抱えてため息を吐く。

「これで一通りかしら」

 周辺をある程度ぐるりと見渡した後、最初の位置に戻って菫が指揮を取る。

「少し散り散りになりましょう。お互いが見える範囲で散らばるのが良さそうね。それぐらい離れても、大丈夫でしょう?」

 暗に、それぐらいできて当然よね。離れてたとしてもすぐ駆けつけるくらいはできて当然よね。という言葉が聞こえてくる。

「えぇ、大丈夫ですとも」

 大丈夫ではあるんだけども、そんな引き攣った顔で言うな。と陽也はツッコミを心の中で留めておく。

「それじゃ、頼むわよ」

「……ふん」

 最後のは倉麻が鼻で笑っていった。

「嫌われてんなあ~」

 いつもの調子で、それもまるで他人事のように薫がのんきに感想を述べる。

「あんな対応だけど、菫も人のために必死なんだと思うわ……」

「口煩い心配症のかーちゃんだな」

「それ、絶対に本人の聞こえるところで言わないでよ……」

 そんな会話を交わしながら、朱奈は少し胸をなでおろし、いつもの3人になれたことに安堵する。今の今までど緊張して神経質になっていたので、今にもへたり込みそうだ。

「さ、私達も反対側をパトロールしないと」

 周辺の菫達とは反対側を陽也達は入念にパトロールすることになった。時に少し高いところへ登って《影》が出現しないかどうか見張る。

「……まあ、そんなもんだよ。出現しないほうが平和で何よりだろ」

 現在一時間を既に経過し、《影》の出現もないまま残り三十分になろうというところで朱奈は項垂れ、薫はあくびが止まらなくなっていた。

「まあ、そうよね。ついつい残念に思うのはいけないわね」

「残り三十分だ、気張るぞ」

 言いながら陽也は、あくびが止まらない薫の背中を叩いて目を覚まさせる。寝かかっていたのか驚いた顔をしたものの、まだ目が座っている。

「あー、あと三十分……?」

「よし、パトロールしましょ!」

 菫達が見える範囲で、眠気覚ましに少し動き回りながらパトロールを再開する陽也達。

「朱奈、このパトロールの後……」

「そう! そうよ、春礼祭にむけて着付けよ!」

 忘れそうだったが、朱奈は春礼祭の姫役だ。この後衣装合わせがあるらしい。話を持ち出された本人はかっとなっている。

「おー! その様子俺達も――」

「いやぁああああああああ!!」

「そこまで言わなくてよくね…?」

「私じゃないわよ」

「え……?」

 三人して顔を見合わせるが、声は明らかに離れたところで聞こえている。心なしか辺りも騒がしくなってきている。

 反対側にいる菫達を見やると既に走り出していた。

「後ろよ! 行くわよ!」

 陽也と薫がどこから悲鳴が聞こえたのかと辺りを見渡していると、朱奈が先に見つけたらしく駆け出して行く。その後ろを二人は追って悲鳴のもとへ駆けていく。

 人混みをかき分け、視界が少し開けた先に見えたのは。

「……《影》!」

 悲鳴のもとには《影》が立っていた。

「これ、どっちだ!? 要請したほうがいいやつ!?」

 《影》の姿は学生達の対処権限内にあるのか判断しづらい大きさをしていた。

 決められている規定には、人間よりも遥かに大きい姿形をしていれば直ぐに上層部の、大人の要請をすることになっているのだが、目の前の《影》は形が不安定なのか大きくなったり小さくなったりを繰り返している。

「遅い! もうすでに上に要請はさせてる! 後はこいつを動けなくするだけよ!」

 《影》の反対側から、菫が声を上げる。どうやら挟み撃ちの状態らしい。

 大人への要請を済ませていると言うことで合流した三人は戦闘体制にはいる。

 もう一度言っておこう、陽也達十字軍生徒は守護霊を力に変えることができる人たちである。陽也は手から刀を、薫はエアガンを構え、朱奈も手から刀を守護霊を変換して取り出してみせた。

「それまで、耐えなさいよ!」

「もちろんよ!」

 菫からの軽い煽りに朱奈はこればかりは億してられないと真剣になる。

 幸い、一般人はほとんど周りにおらず、また車通りもない場所もあって戦いやすそうだ。

「哉胤、頼んだわよ」

「任せてください」

 菫達の方では、刀を持った菫の後ろで何やら護符を持っている倉麻が、先手を打ちにかかるらしい、護符を投げた後に続く形で菫が《影》の右肩付近を切りかかる。攻撃は《影》にしっかり届き、まるで風船を割ったように《影》の姿が萎んだように縮む。

 すると、《影》の不安定に動いていた形がおとなしくなってきている。とはいえ、まだまだ図体がでかいが。

「なるほど、姿を縮ませるくらいなら!」

「うっし! 左足行くぜ!」

 意図を理解した反対側の陽也達も菫達に続く。

 まずは薫がエアガンを構えて発砲する。どうやら薫の守護霊を変換した武器とはまた違う戦い方のようで、発砲した銃口から紋様が浮かび出ていた。哉胤が使っていた護符と似た作用のもののようだ。

「朱奈、頼む!」

 見事左足に命中したそばから、衝撃でよろけた《影》がその勢いのまま左腕を朱奈達に伸ばしてきていた。

 そこに陽也が前に出て、いなす。

 更に反対方向へよろけた《影》に朱奈が切りかかる。

「よし、倒れた!」

 バランスを崩した《影》は左足のあった方向に倒れて、手をつく形になっていた。

「待て。お前たち」

「え…??」

 よし、これからあとひと押しというところで《影》の前に人が数人立ちはだかる。

「お父さん!」

 陽也達の目の前には朱奈の父、橘杏平たちばなきょうへい率いる十字軍上層部隊が並んでいた。

「菫乃原、連絡ありがとう。後は、大人が引き継ごう」

 橘父は部隊長にふさわしいそこそこ引き締まった体に白髪まじりの髪をオールバックで整えているごくごく普通の顔つきをしていた。

「オヤジさん」

「陽也くん、薫くんもご苦労様だね」

「お父さん、どうして止めたの…?」

「ああ…、そうか伝わってなかったか」

 普段なら、要請に答えた大人で形成された部隊は戦闘に参加する形で生徒達を下がらせていた。てっきりそんな感じで来ると思っていた陽也達はちょっと水を差された気持ちでいた。

「どういうことですか、橘部隊長」

 菫の後ろでほとんど黙っていた倉麻が橘父に疑問を投げる。

「あぁ、生徒達の部隊編成を変えたあとで全国に通達が入った規定でな。急で済まないがこれからは《影》は倒してはならない」

「え?」

 どうやら《影》への対処法が変更になったようで、それを詳細に話し始める。

 四季族が全国の部隊に通達してほしいとのことで、理由はまだ憶測の域だそうでそれを確定させるためにも《影》の研究をする為にも《影》を倒すのではなく、捕らえなくてはならないのだそうだ。

「ちょっと!! それならそうと、もっと早く伝達してくれないと困ります!」

 菫が橘父に掴みかかる勢いで声を上げる。

「すまん。新しい規定を設けるのにバタついていたんだ、申し訳ない」

 それに対し橘父は頭を下げる。

「えっと……、じゃあこれからは《影》を捕まえることしかできないってこと……?」

「そうだ」

「なんでっ!! 捕まえてどうするつもりですか!? 早く倒しておかないと、どんな被害があるか!」

「菫乃原様っ…!」

 突然の路線変更に納得してないようで菫はまだ掴みかかる。

「……今までどれだけの数の人が被害にあってきたと」

「菫さん……」

 納得のいく説明がほしいと菫は橘父を強い目で見上げ続ける。

「……現時点では、まだ開示できない。すまない。とにかく、協力に感謝する。後は私達が引き継ぐ。お前たちは学校に戻るんだ」

「…………、分かりました」

 大人がそういうのであれば、これ以上は子供は踏み込めないのだろう。隊のリーダーである菫乃原は今は引くしかないと思い、渋々承諾する。その拳は強く握られていた。

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