どわ美、悶絶する!
貴金属店に辿り着くと、どわ美は猛ダッシュで受付に飛び込む。
背が届かないのか、カウンターにぶら下がり気味で顔だけ覗かせて話し始めた。
あまりの勢いで受付けのお姉さんも少し引き気味だ。
「金貨買ってくれーっ! 金貨だっ!」
「金貨の買取ですか?」
「そうだっ! 買い取りだっ!」
どわ美は金貨の入った袋をカウンターに置く。
あまりの重さに貴金属店のカウンターも悲鳴を上げた。
「これだっ!」
「これを換金ですか? 見た事のない金貨なので、地金としての買取になりますがよろしいですか?」
「えっ?」
「どうしました? お客様?」
「おい、おっさん、この女っ帝国金貨を見たことないとかっ、訳わからない事を言ってるんだけどっ! どうすればいいっ?」
「地金での買取でお願いします」
俺は受付のお姉さんに頭を下げつつ、金貨を地金として買取いとって貰うように依頼した。
どわ美は俺の脇腹をツンツンつついて小声で話しかける。
「地金の買取ってどういう意味なんだ? まさか受付の女と組んでわたしを騙そうとしてるんじゃないだろうなっ!」
「いやいやいや、騙してないって。金貨っていうのは有名な物だと付加価値でプレミア価格が付くんだよ。今回どわ美が渡した金貨はこっちの世界じゃ流通してない物だろ? だから金貨としてではなく素材の金としての買取しか出来ないって事だ」
「なんだ、普通の買取じゃないかっ。心配して損したぞっ」
しばらく待っていると鑑定結果が出た。
純度九九.九九の二十四金、つまりほぼ純金で重さは一オンスに若干足りない二十四グラム、手数料を差し引いても一枚一〇万円との買取価格だった。
「これを全部売却しますか?」
「いや、一〇枚だけお願いします」
「たった一〇枚かよっ。そんなものじゃ何にも買えないだろっ!」
「大丈夫、一〇枚も売れば豪遊できるから!」
「そうかっ、そうなのかっ? じゃあ一〇枚だけたのむっ!」
「かしこまりました。では一〇枚の買取をします。買取を致しますので身分証明書の提示をお願いします」
「これでいいかなっ?」
「これはいったい何ですか?」
どわ美の差し出した、証明書を見て目を丸くする受付のお姉さん。
「冒険者ギルドのギルドカードだぞっ」
「申し訳ありませんが、これは使えません。ほかに免許証とかお持ちではないですか?」
「じゃあ、これはどうだっ! 商業ギルドのゴールドカードだぞっ! とっても偉いんだぞっ!」
「申し訳ありませんが、こちらも使えません」
またまた、俺の脇腹をツンツンして耳打ちしてくるどわ美。
「なんかこの女っ、ギルドカードが使えないとか言ってるけど、ここはもぐりの店なんじゃないのかっ?」
「そんな事ないぞ、ちゃんとした店だ。そのギルドカードとか言うのはこっちの世界じゃ無効で紙切れにしかならないから!」
「そうか、じゃあ、おっさんが証明書を出して売ってくれっ」
そういうと、お姉さんに振り向くどわ美。
「あ、ねーちゃん、金貨はこの男が売るからっ、この男が証明書を出すからっ!」
「ご本人様でないと買取は……」
「何言ってるんだ、こいつは私の旦那だぞっ! 旦那だっ!」
「え? 俺いつからおまえの旦那に!?」
「なに、ここんなとこでつまらないギャグ飛ばしてるんだよっ! 旦那なんだからもっとシャキッとしろよっ!」
「でも俺、お前と結婚どころか付き合ったことも、むぐぐぐ」
どわ美は俺をよじ登ると首にぶら下がり、無理やりキスをして俺の口を塞いだ。
おっさんと受付のお姉さんは、何が起こっているのか解らずに目を白黒させている。
「どうだっ! これでこいつがわたしの旦那と言う事を証明できただろっ! とっとと買い取ってくれっ!」
「あのー、この女性の方はそうおっしゃっていますが、本当に旦那様なんでしょうか?」
「ええ。まあ」
「では、あなた様の物として金貨の買取を行います。買取は一〇枚でよろしいですか?」
「あっ、あと七枚追加して一七枚で買取お願いします」
ついでに俺の手持ちの金貨七枚も一緒に売る事にした。
七〇万円の売り上げ。
これで当分の生活費は賄えそうだ。
「かしこまりました。では金貨一七枚を地金としての買取ですね。ではこちらに名前とご住所と……」
どわ美の一〇枚と俺の持っていた七枚を追加して合計一七〇万円で金貨が売れた。
臨時収入の七〇万円を手に入れて、おっさんの財布はかつてないほどの好景気に沸いている。
三〇年遅れでやって来たバブル時代の到来だ!
どわ美に一〇〇万円の帯封付きの札束を渡すがなんだか不服そうだ。
「金貨が紙切れに変わっちゃったんだけど、騙してないよな?」
「いいんだよ。それで。金貨持つよりも軽いだろ?」
「それほど軽くはない」
一〇〇万円の札束だからな。
軽く無いってのもなんとなく解る。
「でも、その紙切れ一枚で懐中電灯が少なくても一〇個は買えるんだぞ。一〇〇円ショップの懐中電灯でいいなら九〇個は買えるな」
「そっそんなに価値があるのかっ? この紙がっ!」
「ああ、金貨並みに価値がある」
「すごいなっ!」
その後、街中の一〇〇円ショップをはしごして懐中電灯と電池を買い漁った。
懐中電灯百二十個、電池五〇〇パック。
他に一〇〇円ライター二ケースを買っていた。
すさまじい量の買い出しで重さも半端無かったけど、どわ美は軽々とその荷物を詰めたリュックを背負う。
ドワーフって種族は見た目は幼女サイズで小さいけど、凄まじい力を持ってるみたい。
目的の物を買えたのでどわ美はホクホク顔だ。
だらしなく顔が崩れっぱなしだ。
そういうおっさんも、臨時収入を得たので顔が崩れっぱなしだがな。
金が財布に入るとなんか美味いものを食いたくなる。
午後一時になって食事のピークを過ぎたことだし、ちょっと豪華な昼飯でも食うか。
美味いものと言えばやっぱ寿司だな!
寿司しかない!
日本人と言えば寿司だ!
「宿代に貰った金貨が売れたので、昼は俺が奢るよ」
「いいのかっ! 何くわしてくれるっ? 朝の焼肉かっ?」
「いや、寿司を食おうと思う」
「すし? それは美味いのか?」
「多分気に入ると思うぞ」
「そうか、じゃあ、早速食いに行こうっ!」
辿り着いたのは回転寿司。
けっして相手がどわ美だからといってケチったんじゃない。
回転寿司をバカにしてはいけないぞ。
回らない寿司より売れてるからネタが新鮮だ。
ネタの種類も豊富だ。
焼肉寿司やてんぷら寿司も有るから、どわ美が生魚を食えなかった時も安心だ。
二人で店に入ると、店員さんはどわ美が大荷物を持ってるのに気を使って、テーブル席に回された。
どわ美と対面になって座る。
「なんか食べ物みたいなのが横を動いてるんだが?」
「それが寿司さ。好きなのを取っていいぞ」
「どれでもいいのか? でも、なんか色が随分とケバケバしいな。赤とか黄色とか緑とか思いっきり変な色してるけど本当に食えるのか?」
「食える食える」
俺がマグロを取ってどわ美に渡す。
「マグロだ」
「赤いのか。これはどんな材料から出来てるんだっ?」
「魚だよ。生の魚」
「生の魚? そんなもん食ってお腹壊さないのかっ?」
「大丈夫。食ってみろよ。あ、醤油が有るから、それをこうやってちょっとだけつけるんだ」
「この醤油っていうのはソースか。しょっぱくて美味いな。その緑のは?」
「これはワサビって言うスパイスだ。すでに寿司に付いてるから食べて物足りなかったら自分でつけろよ」
「これはいくらだ? スパイスだから高いんだろ?」
「これはタダだぞ」
「タダなのかっ! じゃあ、沢山つけてやるっ!」
「おい、ちょっと! 付け過ぎだろ!」
「スパイスがタダなら遠慮するバカがどこにいるっ!」
どわ美はマグロにワサビを山のように盛ると、俺の制止を聞かずに口に運んだ。
比喩ではなく本当にワサビの山。
そんなに付けたら大変なことになるのに……。
最初は「なかなかいける!」とほざいていたどわ美だったが、ワサビが効いてきたのかこめかみと鼻の頭を押さえてジタバタと暴れた後、悶絶した。
「しぬーううううっ!」
「だから、付け過ぎだって言っただろ」
「ううう、忠告を聞いておけばよかったっ」
鼻声になって半泣きするどわ美。
ワサビの管理はどわ美に任せず俺がすることになった。
一通りの種類の寿司を食べると満足したようで、食後のデザートを食べることにした。
デザートのプリンを食べながら、どわ美は俺の手元をチラチラとみている。
どうやら指輪が気になってるようだ。
「さっきから気になってるんだけど、それ万能の指輪じゃないのかっ?」
「万能の指輪?」
「こっちの世界に来て、異世界人のお前と話せるのはともかく、店員とも普通に話せておかしいと思ってたんだっ。全剣技、全魔法、全スキルが使えるようになる万能の指輪だっ」
「それって当たりアイテムなのか?」
「大当たり中の大当たりだっ。たぶん店員とも普通に話せてたのはスキルの『範囲効果』と『交渉術』が効いてたからなんだろうな。もっとも、スキルを手に入れてもほとんどがレベル0で、それなりに苦しい訓練をこなさないと使い物にならないんだぞっ。ちょっとそのリングを見せてくれ」
「この指輪、指から抜けないんだ。手に嵌めたままでもいいか」
どわ美は俺の手を持って色々と調べ始めた。
「惜しいな、実に惜しいっ」
「どうした?」
「これ、一代継承の万能の指輪だな」
「なんでそんなことが解るんだ?」
「今、鑑定スキルで鑑定したんだっ」
「そんな事が出来るのか?」
「鑑定スキルは大商人にとって必須のスキルだからな。持ってない大商人は殆ど居ないはずだっ。お前も万能の指輪を持ってるんだから、レベルはかなり低いだろうが鑑定は出来るはずだ。指輪を見つめながら『鑑定』と心の中で唱えてみるといいっ」
「鑑定か……」
『鑑定』
俺は指輪を見つめながら心の中でそう唱えた。
すると心の中で文字が浮かぶ。
──万能の指輪 SSSSSR
──属性:一代継承
指輪のデーターが浮かんできた。
これが鑑定と言う物か。
ついでにワサビも鑑定してみる。
──ワサビ R
──属性:麻痺 混乱
麻痺ってちゃんと書いてあるのに鑑定スキル持ちのどわ美がなんであんなに寿司の上に盛ったのかが謎だ。
ついでにどわ美も鑑定。
──名前:ロコナ
──年齢:二四歳
「ロコナか」
やっぱりどわ美は偽名だった。
年齢も三四歳ではなく二四歳で、これも嘘だった。
俺がボソッと漏らしたどわ美の本名に、どわ美が顔色を変えた。
「見たのかっ! 私の事を鑑定したのかっ!」
「した」
「どこまで見えた?」
「ロコナ、二四歳」
「それだけかっ!?」
「それだけ」
「ふー、鑑定レベル1ってとこかなっ。なら許してやろうっ。人に鑑定されるってのは心の中を見透かされているようで、あんまりいい気分のする物じゃないなっ」
「ところで何を隠してるんだ?」
「いっ!」
「なんか隠してたからそんなに焦ってたんだろ?」
「か、隠してなんて無いってっ! 何にも隠してないっ!」
「ほんとうか? 指輪欲しさに裏切られ、て後ろから刃物でグサリとかされたらシャレにならないからな」
「一代継承だからそれは無いぞっ」
「一代継承?」
「一代継承って言うのは、拾った人にしか使えないアイテムだ。持ち主が死ぬか捨てるかすると、その効果が消えてただのリングになる。万能のリングにその一代属性が付いて無ければ国が一つ買えるぐらいの価値があったんだけどなっ」
「なんとっ!」
「でも逆に考えると良かったかもしれないぞっ」
「売れないのにいいのか?」
「もし一代継承の属性が付いて無かったら、おまえっ、この前来た娘に殺されてたかもしれないぞっ」
「愛し合ってたんだからリリナはそんな事しないよ」
「でもここに戻ってこないんだろっ?」
「それは……何か都合が悪くて戻れないんだと……思う」
「その娘と何か約束でもしてたのかっ?」
「うん。俺が拾った精霊水晶を売って来てもらう約束をね。売上の半分を翌日に持って帰って来ることになっていた」
「でも戻ってこないんだろっ?」
「一週間待っても戻ってこなかった」
「それな、大金を手に入れて半分をおっさんにやるのが惜しくなってバックレたんだと思うぞっ」
「そんな事は無い! リリナとはあんなに愛し合ってたんだから!」
「愛なんて、町を丸ごと買えるような大金の前じゃ無意味なもんさっ」
「じゃあ、どわ美はリリナが裏切ったって言うのか?」
「戻ってこなかったんだから、そうとしか考えられないだろっ?」
「そんな……」
確かにそうだ。
今ここにリリナが戻ってきてないって事は戻る気が無かったって事だ。
こんな冴えないおっさんよりも金の方を取った。
そう考える方がつじつまが合う。
でも、リリナがそんな事をすることを考えたくない。
あの恋は嘘だったのか?
あの熱い一夜は嘘だったのか?
去り際に見せた、あの笑顔も嘘だったのか?
リリナに直接その気持ちを聞いてみたい。
でもリリナが戻ってこないならそれも無理。
俺がうなだれて涙目をしていると、どわ美が心配そうに言う。
「子供じゃなくていい歳したおっさんなんだろっ? うじうじしてないで手紙でも出せばいいんだよっ! 愛してるか愛してないか聞いてみろよっ! わたしが届けてやるから今すぐ書けっ!」
俺は家に戻ると、早速リリナへの手紙を書いた。
書きたいことは色々あったけど裏切られたと解るのが怖くて、とてもじゃないが書けなかった。
俺は遠回しに一文だけ書いた。
『リリナさんへ。
ずっと恋い焦がれて待っています。いつ戻ってくるのでしょうか?』
その手紙を受け取ったどわ美は「今度来た時はタダで泊めてもらうからなっ! 一〇泊は泊まるからなっ! 貸しだっ! 貸しっ!」と罵る様に言いながら洞窟の中に消えていった。
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