異世界宿屋おじさん〜俺の家は宿屋じゃない!
かわち乃梵天丸
クローゼットがとんでもない事に!
「年齢は三四歳、御社の将来性と自由な社風に惹かれました」
「それが志望の動機ですか」
俺は腹の底から出した声で「はい!」と答える。
俺より二つ三つ歳の若い試験官は「ふうむ」と一言いうと、クリップボードに貼られた履歴書を見つめた。
俺は今、就職試験の面接を受けている。
就職試験と言っても新卒社員ではなく、もちろん中途採用の再就職の試験だ。
今月二回目の面接。
就職試験は今月二〇回ほど受けている。
会社が倒産して先月末に失業保険の給付が切れてから、ほぼ毎日就職試験を受けている計算だ。
ここまで再就職が決まらないとは思っていなかったので、失業保険の出ているうちに再就職活動を始めておけばよかったと激しく後悔している。
就職試験二〇回中、電話面談や書類選考と筆記で落とされたのが一八回、面接まで漕ぎ着けたのが二回。
アラフォーに片足を踏み込みかけたおっさんには、面接を受ける権利も無いらしい。
一回目の面接はブラック企業で有名な飲食店だった。
採用試験官の爺さんの「一日一六時間働けますか?」言う問いに対して「残業代が貰えれば」と答えたら不採用になった。
質問自体が労働基準法無視のブラック過ぎる質問な上に、残業代も払う気は無いらしい。
さすが全国に悪名を轟かせるブラック居酒屋チェーンだけは有る。
一日一六時間労働で残業代を貰えないのはさすがにきつ過ぎるので、こちらから願い下げだ。
そして今日の面接は家電店だ。
TVでCMもよく見かける、家電販売店の中では最近急成長中のかなり有名なとこである。
よく最終試験の面接試験まで残れたものだと、自分でも驚いていたり。
大規模な新規の出店の計画があるらしく、大量に新人を採用するので、アラフォー間近の俺でもどうにか面接まで残れたんだと思う。
試験官が俺に探りを入れるように質問してくる。
「あなたは志望の動機として自由な社風に惹かれたとおっしゃってますが、入社もしてないのに社風なんてわかるものなんですか?」
ぐう正論。
当たり障りない言葉で志望動機を語ったら、そこを突っ込んで来た。
出来るな、こいつ。
社風なんて知るわけがない。
でも一度言ってしまったことは取り消すわけにもいかない。
やっと面接までたどり着けたんだ!
なんとか乗り切らねば!
「いや、まあ、ホームページとか見まして」
「あー、なるほどねー。ホームページを見て事前に予習して来たと。ふむふむ」
兄ちゃんはメガネを人指し指でクイッと上げて、クリップボードにメモをする。
賢こがりがよくする仕草だわ。
個人的にはあまり関わりたくないタイプの人間だ。
「先ほど将来性とおっしゃいましたが、今の家電販売業界が置かれている現状をお知りでないですか?」
「新規出店をするのに景気が悪いのですか?」
「知らないようですね。ここ最近はネット販売におされて、店舗営業形態の家電店は業績が右肩下がりなのです。そこで我々は家電のプロフェッショナル集団として生きていく道を模索中なのであります」
最近はネットショップが大繁盛だからな。
ネットショップを時々使うけど、兄ちゃんが言うように家電店に出掛ける回数が減った気がする。
「今回の募集は家電販売員なのですが、それなりに家電に詳しい技術者を募集しているのです。あなたは前職は技術者だったとの事ですが、家電には詳しいですか?」
あー、なるほど。
俺が面接まで漕ぎ着けた理由が分かったわ。
俺の前職は金属加工
いわゆる工員てやつだ。
NC旋盤なんかを扱って板金に穴を開けてた仕事だ。
さすがに工員と書くと少し恥ずかしいので、技術者と履歴書に書いておいた。
社名がハイテク企業っぽい名前と、技術者と言う職種でIT企業のコンピューター技術者かなんかと勘違いしてる様だ。
それで、技術者募集の家電店と需要と供給がマッチングして、面接まで漕ぎ着けたって事だった。
素直にすべて打ち明けるって手も有ったが、さすがにそれでは面接に受かる事は難しいだろう。
ここは嘘八百を並べてでも、採用してもらうしかない!
俺は脳内に残るすべての知識を絞り出して語り始めた。
「パソコンはそれなりに使えますし、趣味で嗜んでいるA/V機器に関してもそれなりに詳しいと思います」
「ほう」
「お任せください! もちろん、パソコンも家電も大好きです!」
またメガネをクイッと上げて、バインダーにメモする兄ちゃん。
家電なんてろくに知らないから、全てが口から出まかせだけどな。
「ではこれが何かわかりますか? パソコンの部品です」
目の前には小さくて薄い箱が置かれていた。
煙草の箱よりもちょっと大きいぐらいの箱だ。
パソコンか何かの部品ぽいが、それが何かと言われると解らない。
でも、答えないと!
「こ、これは……」
「はい」
パーツを見ると「なんとかDISK」と書いてある。
間違いない。
パソコンでディスクと言えばハードディスクとフロッピーディスクしかない。
これはどう見てもフロッピーディスクではない。
ならばこれはハードディスクだ。
それしかない!
「ハードディスクです」
「残念!」
「違うんですか?」
「これは最近出回り始めたSSDですよ。HDDと見た目と機能が似てるけど、構造的には全く別物です」
「うぐっ!」
「これを答えられなかった時点で不採用なんですが、かなり近い部品のハードディスクと答えられたので、もう一度だけチャンスを与えましょう」
「ありがとうございます」
兄ちゃんはマッチ箱ぐらいのサイズの小さな箱から、何かのパーツを取り出して机の上に並べた。
見た感じ平たく小さな部品で、たぶんメモリーカードの類だろう。
「ではこの中からマイクロSDカードと言うメモリーカードを探してください」
並べたのは大中小の三個だ。
大きいと言ってもハガキに貼る切手よりも小さい。
俺はそれを見て英語でマイクロと書かれてる物を見つけた。
これだ!
これに間違いない。
俺の鋭い眼力は小さなメモリーに書かれている小さな文字を見逃さなかった。
俺はそれを手に取り兄ちゃんに突きつけた。
「これです!」
「それでいいのですか? もう一度よく見てみて下さい」
もう一度見てみると間違いなく英語でマイクロと書かれている。
他のはミニとナノと英語で書かれている。
これがマイクロSDカードであるのは間違いない!
正解なのに、ミ◯さんみたいな変な揺さぶり掛けるのは止めろよ。
「まちがいありません。これです!」
「いいのですね」
「はい!」
一〇秒近い沈黙の後、兄ちゃんは言った。
「不正解!」
「え? だってここに英語でマイクロとちゃんと書いてありますよ」
「この中にはメモリーカードは一つも有りません」
「なんだってー!」
俺の驚き声が会議室に響き、面接待ちの他の受験者の視線が俺に集まる。
ちょっと恥ずかしい。
「その手にしてる物はマイクロと書かれていますが、マイクロSIMカードと呼ばれるもので、メモリーではなく携帯電話の部品です。こうやって裏返せば、マイクロSDカードじゃないことは一目瞭然なんですけどね。ちなみにSIMカードとは何をする物か解りますか?」
「…………」
「解らないんですよね。残念です。私どもが求めてるのはそれなりに家電の知識の有る販売員なんです。家電に興味があるならば、今言ったことは既に知って無ければおかしいレベルの知識ですし、解らないなら解らないでハッキリと解らないと言って貰わないと、当社としても困るのです。残念ですが当社での採用は見送らせてもらいます。これからも就職活動頑張ってください。今後のご健闘をお祈りします」
年下の兄ちゃんに、使えないと切り捨てられる俺。
なんか、なさけない。
俺は二度目の面接試験も不採用となり、家電屋の会議室を追い出された。
*
今日も面接落ちてしまったな。
もうちょっと家電について予習しとけば良かったよ。
朝一番に出掛けて、筆記試験と面接で昼過ぎまで掛かって不合格とか、骨折り損のくたびれ儲け。
なにも儲かってないけどな!
これで再就職試験二〇連敗中、あと少しで不合格の日本記録取れるね。
もう少し予習をしておけばよかったよ。
肩を落としながら家に戻った俺。
でも過ぎた事をクヨクヨしても仕方ない。
風呂入って、酒でも飲んで、ぐっすり寝て、嫌なことは綺麗さっぱり忘れる!
また明日から頑張る!
*
戻ったのは、東京郊外にある家賃管理費込みで月八万円の3LDKのマンションだ。
今年三四歳で、あと一歩でアラフォーに踏み込む。
どこに行ってもおじさんとかおっちゃんとは言われるけど、お兄さんとは言われなくなったお年頃。
そして、そろそろ結婚したいなーってお年頃。
本格的に婚活でもして、嫁さん貰おうと思って奮発して借りたマンションだ。
その矢先、会社が潰れてしまったがな。
東京都下の3LDKで家賃八万円と聞くと格安に見えるかもしれないが、築四〇年で駅からかなり離れているのでそんなもんだろう。
築四〇年と言っても事前にリフォームしてあったらしく、それほど古臭い感じはしない。
ウォークインクローゼットに広めのバスユニットにカーペットとフローリング敷きのフロア。
設備も新しく、割ときれいな割に安い家賃なのでお得感が有る。
安いと言っても、貯金を切り崩しながら生活しているので月八万円の家賃はかなりキツイ。
会社の寮として借り上げてたワンルームが廃止になって、去年ここに引っ越したばっかりなんだよな。
当時はまさか会社が潰れるとは思っても居なかったんだよ。
潰れるのが解ってればもっと家賃の安いワンルームを借りたのにな。
このまま半年も一年も就職が決まらなかったら、貯金が尽きてここから追い出されることになるだろう。
それだけは避けたい。
避ける為には就職しないと!
明日から頑張ろう!
コンビニで買って来た缶チューハイを冷蔵庫に放り込むと、風呂場でシャワーを浴びた。
風呂から上がってパンツを履こうとすると、着替えの下着を持って来忘れたことに気が付く。
年頃の娘でもいれば、こんなおっさんが裸で部屋をうろつきでもしたら「このヘンタイ親父!」と罵られるご褒美プレイが待っていたのだが、幸いな事に独り身なので裸で部屋をうろついても何ら問題はない。
とは言っても、窓から覗かれたら困るから、いちおう股間をタオルで隠すぐらいの事はしてるけどな。
着替えを取りに寝室のウォークインクローゼットに入ろうとすると、扉は光るシールみたいなので閉じられていた。
「誰だよ、こんなイタズラするのは」
俺はシールを無視して扉を開きウォークインクローゼットに飛び込む。
そして俺は叫んだ。
「なんじゃこりゃー!」
俺の部屋のクローゼットは、なぜか岩肌剥き出しの洞窟になっていた。
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