第13話 ケーキ食べたいですよね?
自分の部屋で学校の課題をやっている
何故か既にリビングにいる
「ケーキドラ! ケーキケーキケーキドラ!」
「れ、烈火さん……! そ、そんなに腕を引っ張らないでください……!」
八美夜さんの腕を掴みながら、バタバタと烈火さんがリビングにやってきました。
(もう、ダメですよ家の中を走っちゃ)
階段を降りてきただけで八美夜さんの息の上がっており、烈火さんのせいであるのは明白です。八美夜さんの腕が半分くらい取れかかっているのも烈火さんのせいでしょう。すぐに治るので誰も気にしませんが。ほらもう治りました。
「ドラ? それでケーキはどこドラ?」
テーブルを見ろし、烈火さんが尋ねます。テーブルの上にはテレビのリモコンと今日の新聞しかありません。さっきまで遊んでいたトランプはもう片付けられています。
「モンブラン」
「ドラ?」
言葉足らずな香さんが正座したまま烈火さんを見上げ、ふたりして見つめ合います。
微妙な表情を見るに、烈火さんは状況を理解出来ていないようなので。代わりに彩七さんが説明することにしました。
「誰が買いに行くか、じゃんけんで決めようってなってて」
「なるほど……。そういうことですね……」
流石に八美夜さんは物わかりが早く、彩七さんが簡単にまとめると素直に納得してくれたようです。
「ひとりで買いに行くのは可哀想だからぁ、負けた子ふたりってことでどうかしらぁ?」
微笑みながら提案する春七さん。負けそうだったババ抜きがなかったことになってから、ずっと彼女はご機嫌です。
「それで本当にいいドラ? ドラはじゃんけんで一度も負けたことがない最強の竜ドラよ?」
自信満々にぎらぎら白い歯を見せる烈火さんを見て、
(この間はポーカー最強のドラゴンとか言ってたくせにお姉ちゃんにボコボコにされて半ベソかいてたっけ?)
どうせじゃんけんも大したことないんだろうなと彩七さんは
「モンブラン……!」
さっきから完全にモンブランのことしか頭にない香さんがスッと立ち上がり、三月姉妹も同じように座布団から立ち上がりました。別に座ったままでもじゃんけんは出来ますが、立っている人がいるのに座ったままやるのはなんとなく……なんとなくでした。
「それじゃいきますよ? 最初はグー、」
彩七さんが出す手を適当に考えつつ、かけ声をかけ始めます。みなさんもそれに合わせて声を出してくれました。
「じゃんけん、(パーでいっかな)」
「あ。彩七ちゃん、ちょっと待ってくれるかしらぁ?」
絶妙なタイミングで春七さんが割り込み、みなさんの視線が一点に集まります。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「ふたりに伝えるのを忘れていたわぁ」
春七さんは八美夜さんと烈火さんのことを見やりました。不思議そうに自分の顔を指差すふたり。
「あのねぇ、八美夜ちゃん、烈火ちゃん。もう彩七ちゃんたちには言ってあるのだけれど、私は最初にチョキを出してその次にグー、その次はパーを出すわぁ」
「え……?」「ドラ?」
春七さんの宣言にふたりの口からは疑問符がこぼれ、
(……あーあ、また始まっちゃった)
妹である彩七さんは内心苦笑いです。
「い、いいんですか……? そんなことを言っちゃって……」
「大丈夫よぉ。……だって、絶対に私は負けないものぉ」
いつものように春七さんの顔に浮かんだ温和な笑みが、絶対に負けないという発言で怪しげな印象へと変わります。表情自体は変わっていないのに、発言だけで雰囲気がガラリと変わったかのようです。
彩七さんと香さんには既に同じことを言っていると言いましたが、あれは嘘です。彩七さんも香さんもそんなことは聞いていません。
(最初にグーを出すっていうのも多分嘘。もしくは本当。実際にやってみるまでわからないかな)
それでも、彩七さんには何故お姉さんがあんなことを言ったのかわかっていました。
単純に春七さんは盤外戦が好きなのです。本人いわく、本来必要のないことに悩んでいる姿が愛らしいとのことでした。優しい顔をしていい性格をしています。端的に言うと腹黒です。
「春七さんが言っていることは本当……? でも……。むしろ……。あるいは……」
いつもよりさらに小さな声で何かぶつぶつつぶやいている八美夜さんは、完全に春七さんの術中にはまったと言っていいでしょう。
(ご愁傷様です)
彩七さんは気づかれないようにそっと両手を合わせます。
「ドラぁ! そんなことよりちゃっちゃとじゃんけんするドラぁ! 早くケーキ食べたいドラぁ!」
自分が負けるなんて一ミリも思っていなそうな烈火さんには、迷い戸惑うような素振りはありません。
「モンブラン」
モンブランのことしか頭にない香さんも同様です。そもそも、春七さんが盤外戦を好むことを、香さんもよく知っているので。
「じゃあいきますよ?」
顔を見回しながら彩七さんが尋ねると、みなさん縦に頷いてくれました。
「最初はグー、じゃんけんぽい」
今度は誰からの横やりもなく、かけ声に合わせてそれぞれが思い思いの手を出します。
彩七さんと香さんはパー。
春七さんは宣言通りグー。
八美夜さんは逆張りでチョキ。
そして。
烈火さんは人差し指と小指を立てたよくわからない手を出し、ひとり勝ち誇っているのでした。
「ドラー! ドラの勝ちドラー! ひとり勝ちの圧倒的木っ端微塵の勝利ドラー!」
「……ドラさん。なんですかその手は?(犬?)」
一応のマナーとして、彩七さんは烈火さんに尋ねてあげます。優しさです。
「そんなことも知らないドラ? この手はグーにもチョキにもパーにも勝てる最強の手、ドラゴンだドラ! ドラゴンは石よりもハサミよりも紙よりも強いから当然負けることはないどころかあいこにすらならないというドラゴンにだけ許された究極不敗の手ドラぁ!」
烈火さんは最強の手ドラゴンを見せびらかすよう、高々と掲げて得意げに説明をし、
「彩七ちゃん、香ちゃん、八美夜ちゃん。それじゃあもうひとり買いに行く子を決めましょうねぇ」
「だね(あれ、ドラゴンていうより犬だよね)」
「モンブラン……」
「本当に最初はグーだったから次はチョキが……?」
春七さんたちは悦に入っている烈火さんを完全に無視してじゃんけんを続けるのでした。
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