第12話 ケーキ、食べたくない?
時刻はだいたい午後二時五十分くらいでしょうか。
彩七さんがリビングにて
「……ねぇ、どうかしらぁ?」
春七さんは何かを問いかけながら手札をテーブルの上に伏せました。
「はーちゃん。手詰まり?」
「お願いされたって私も香も手は抜かないわよ?」
姉妹といえど。
たかがトランプといえど。
勝負は勝負。
情けは無用です。
「そぅじゃなくてぇ」
違う違うと首を横に振り、
「ケーキ、食べたくなぁい?」
春七さんは優しく微笑みました。
「わかる」
甘いものに目がない香さんが虫の反応で頷きます。
「あー、そか。もう三時だもんね。おやつにしよっか」
「モンブラン」
「香はほんと好きよね。たまには他のも食べたくなったりしないもの?」
「モンブラン」
「モンブラン?」
「モンブラン」
ケーキという言葉を聞いて、多くの人がなんとなくイチゴのショートケーキを思い浮かべるように。香さんにとっては、モンブランこそがケーキの代名詞なのでしょう。
いつも春七さんは買ってきたケーキを冷蔵庫の中に入れておきます。
「取ってくるから、手を洗って待ってて」
なので、台所に向かおうと、彩七さんが座布団から立ち上がろうとすると、
「待って待ってぇ」
何故か春七さんに宥められてしまいました。
「実はねぇ、買ってきてないのよぉ」
「ノンブラン……?」
春七さんの告白を受け、少ししょんぼりしたように香さんが尋ねます。
「モンブランだけじゃなくてぇ、何も買ってきていないのよねぇ」
「ノープラン?」
「プランはあるわぁ。これからじゃんけんで勝ってくる人を決めましょう?」
「じゃんけん?
香さんの言う通りです。
もうみなさん手札がほとんど残ってないので、わざわざじゃんけんをしなくとも、すぐに決着がつくように見えます。
「あらあら。香ちゃんたら浅はかねぇ」
春七さんはクスクスと笑い声を漏らしつつ、伏せていた手札を戻しました。その仕草に香さんはゆっくり首を捻ります。
「ババ抜きの途中でケーキを食べたくないかと提案したのは私よぉ? 勝算もないのに提案したりするかしらぁ」
春七さんの言葉を耳にし、彩七さんはみなさんの手元をちらり見やりました。
春七さんの手札は三枚。
彩七さんや香さんの手札よりも少ない枚数です。
「香ちゃん? 私は別にこのまま続けてもいいけれど、本当にそれでいいのかしらぁ?」
春七さんの次に手札が少ないのは、彩七さん。
単純に手札の枚数だけで言ってしまえば春七さん、彩七さん、香さんの順番です。
つまり、香さんが一番罰ゲームに近いと言っていいでしょう。
「負けてからやっぱりじゃんけんにしようっていうのは当然無しだけれど、それでも香ちゃんはババ抜きがいいのよねぇ?」
いつものように微笑む春七さんでしたが、なんとなく圧のようなものが感じられます。真綿でじわじわと首を絞めるような圧力です。
それは彩七さんだけの錯覚ではないらしく、
「モンブラン……」
香さんは唇を軽く噛み、みなさんの手札と自分の手札を見比べ悩んでいます。
「……モンブラン」
結局、香さんは圧に屈したらしく、手札をテーブルの上に軽く放りました。
(……あーあ)
そんな香さんの行動を見て、彩七さんは密かに苦笑い。
「それじゃあ、じゃんけんにしましょうか」
春七さんはどこか嬉しそうに微笑み、自分の手札をわざわざ表にしてテーブルの上に広げました。
「モンブラン……!」
「あらあら。モンブランねぇ」
香さんが拳を握りメラメラと闘志を燃やすのも、春七さんがご機嫌なのも当然のことです。
(まぁ、私は最初から知ってたけど。お姉ちゃん、私から引いたばっかだったし)
春七さんが開いた手札には、しっかりとババが入っていたのですから。
(ほんとモンブランだ)
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