第8話 幼なじみ
楽しい時間にも終わりはあります。
食べ物や飲み物がなくったことで、歓迎会はお開き。
(そういえば、お風呂の順番が最後になった場合はお湯を抜いてくださいって教えるの忘れちゃったなぁ)
明日説明すればいいかなんて思いつつ、洗面所で髪を乾かしたり歯を磨いたりしてから自分の部屋へと戻る途中。
彩七さんは食卓に突っ伏してぐーぐーと寝息を立てる
(こんなところで寝てたら風邪ひいちゃいそう……)
ドラゴンがこんなことで風邪をひくのかはわかりませんが、取りあえず油性ペンでおでこに[おでこ!]と書いてから烈火さんを起こし、寝ぼけた彼女に肩を貸しながら階段を上って、なんとか部屋まで送り届けてからやっと彩七さんが一階の自分の部屋へと戻ると、いつの間にか日付が次の日に変わっていました。
カーペットの上に腰を下ろし、ベッドの縁に背中から寄っかかりながら、
「明日は十時ですからね?っと……」
念のため烈火さんにMINEというアプリでメッセージを送ります。
(もう既読ついたけど、大丈夫なのかなこれ。返事ないし)
最悪、明日の朝起こしに行けばいいかなと思いつつ、なんとなくリモコンでテレビの電源をON。よく知らない若手芸人が、高さ二十メートルの高台から熱湯風呂へと飛び降りる罰ゲームで騒いでいます。
(……もしかしたらちょっと疲れたのかな?)
高台の上で「お
コン。
とノックの音が一度だけ聞こえてきました。
「はーい? どうぞ」
呼びかけるとゆっくりドアが開き、廊下には彩七さんと同じくもうパジャマへと着替えた
「どうしたの?」
用件を尋ねるも、香さんは何も言わずに部屋へと入ってきました。体育座りのような格好で座る彩七さんの股の間に座り、ぼふっと背中からもたれかかってきます。
「んー? 重いよ?」
「ご飯が美味しすぎた」
何をするでもなく、もたれかかったままテレビ番組を眺める香さん。
確かに香るシャンプーの匂いに、
(あ。そろそろ詰め替え用のシャンプー買ってこないと)
そういえばそうだったと彩七さんは思い出し、なんとなく香さんのつむじの辺りをぼんやりと見つめます。
「サッキュン、いい人」
「吸血鬼だけどね」
「明日は小雨」
「うん。ドラさんが車出してくれるから多分大丈夫かな」
歓迎会の最中、八美夜さんの好きな木下モク太郎という画家の個展が明日まで開かれているという話になり、それだったらついでに町を案内しましょうか?ということになっていたのでした。
「香も行きたかった?」
「明日はパパとママの日」
前を向いたまま淡々と答える香さんに、彩七さんはうんうんと頷きます。
(だよねぇ、さっきも言ってたもんねぇ)
香さんの両親は1+1を2にする仕事で忙しく、家を空けることがほとんどですが、月に一度、家でゆっくり出来るタイミングがあるのです。そのときは香さんも両親のいる家に帰り、家族の時間を過ごすことになっていました。
(……でも、香も行きたいという話じゃなかったら一体なんなんだろ?)
テレビなら自分の部屋にもあるしなぁと思いつつ、深夜の来訪について考えます。
「……クッキー」
「え?」
「お
「……お腹すいたの?(まさかあれだけ食べたのに?)」
烈火さんと競い合うように食べて見事敗れ去った香さんに尋ねると、彼女はテレビのほうを向いたまま首を横に振りました。
「サブレ」
「お菓子がどうかした?」
「この際、食べ物じゃなくてもいい」
「え?(この際……? あ、もしかして……)」
長い付き合いだけあって、なんとなく香さんの言いたいことが伝わったような気がします。
「お土産を買ってきて欲しいの?」
こういうことでしょ?と質問しても返事はありません。
ですが、
「……お土産買ってくるね?」
と言い直すと、香さんはすっと立ち上がり、彩七さんのほうを向いて「うん」と頷きました。
(まったく、この子は本当に変わらないなぁ)
彩七さんは昔からずっと一緒な幼なじみのことを静かに笑います。
昔から香さんは同じでした。
ちょっと変わったところもありますが、ちょっと寂しがり屋でちょっと頑固な彩七さんの親友。
(多分、お土産を買ってきて欲しいんじゃなくて、「お土産を買ってくるね」って私に言って欲しかったのかな)
変なこだわりだと思いつつ、彩七さんはもう用が済んだとばかりに部屋を出て行く香さんの背中に妙な愛らしさを感じ、可愛らしいなぁと目を細めるのでした。
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