第7話 複雑な家庭事情

 楽しいうたげはまだまだ続きます。


「それにしても……」


 八美夜やみよさんはビールジョッキを丁寧にコースターの上へと置き、対角線に座るこうさんのことを見つめました。


「珍しいですよね、香さんの歳で親元を離れて生活しているって……。ひとり暮らし……とはまた違うのかも知れませんが……」


 言われてみればそうかもしれません。

 幼なじみの親友というとても近しい関係で、ずっと昔からこの家に遊びに来ていたので彩七あやなさんはあまり感じていませんでしたが、普通に考えれば珍しいのかもしれません。そもそも、シェアハウスという制度自体がまだまだ日本では珍しいのですが。


「香のご両親は仕事で家を空けることが多くって。それだったら幼なじみの私のところに、ってことみたいです」

「両親いわく大忙し」

「まぁでも、香がここに住み始めたのもつい最近なんですけどね。中学を卒業してからですから……まだひと月も経ってないんです実は」

「そうなんですか……」


 香さんが引っ越してきたのは三月十二日。ちょっと空いて二十六日に烈火れっかさんが竜の国からやってきて、その一週間後の今日に八美夜さん。実はみなさんそんなに変わりません。


「香さんのご両親はどんなお仕事を……?」

「1+1を2にする仕事」

「え……? い、1+1を……?」

「2」

「3とか4とかじゃなくてですか……?」

「2」

「は、はぁ……」


 香さんの堂々&淡々とした返答に、どうやら八美夜さんは生返事しか出来ないご様子。


「彩七さんたちのご両親は何をなさっているんですか……?」


 今のやりとりを全部カットしたかのように流し、今度は彩七さんに尋ねます。


「あー! それ、ドラも気になるドラ!」


 便乗して烈火さんが身を乗り出しました。彼女が手に持ったビールジョッキの底には、しっかりコースターがくっついています。


「まだ一度も会ったことないドラ。ドラドラぁ、両親はどこにいるドラぁ?」

「んー、それは……」


 なんとも答えづらい質問に、彩七さんは言葉を濁しました。一方、姉である春七さんは動揺なんかせず、相変わらずニコニコとしています。


(お姉ちゃんてば、絶対私の反応楽しんでる)


 姉の魂胆はわかっていますが、それでも両親のことを思うと、彩七さんは口を開くことになんとなくためらいが……。

 そんな彩七さんの態度を受け、


「……あっ……! す、すみません……。聞いてはならないことを尋ねてしまったのですね……」

「ドラぁ? 何それ、ドラは聞きたいドラぁ」


 肩を僅かに震えさせながら申し訳なさそうに頭を下げる八美夜さんと、そんなことはまったく意に介さずな烈火さん。ここは優しい世界です。


(このふたりが同い年ってやっぱりちょっと面白いよね)


 対照的なふたりなのにと、彩七さんは少しだけ噴いてしまいそうになりました。


「大丈夫ですよ、八美夜さん。うちは両親ともに元気なので」

「そ、そうなんですか……?」


 安堵のため息を漏らす八美夜さんの目は、わずかに潤んでいるように見えないこともありません。


「ドラぁ。じゃー、もったいぶらずに教えるドラぁ」


 烈火さんがほっぺたをフグみたいにぷくぷくと膨らませるので、


「……絶対に笑わないでくださいね?(まぁ、いいか。このふたりなら)」


 色々と諦めた彩七さんは念のために前置きしておきます。


「はい、わかりました……」

「もっちろんドラ!」


 ふたりから返ってきたのは快い返事です。いい子です。


「……実は私の両親、アニメの影響で……」

「アニメの影響で……?」

「脱サラして異世界に引っ越しちゃったんです」

「え。……アニメの影響ドラ?」

「アニメの影響です」

「アニメの影響でですか……?」

「はい、アニメの影響です」


 彩七さんが打ち明けると、ふたりはマネキンのようにかっちこっちに固まってしまいました。そして、それを見て春七さんはあらあらと嬉しそうに笑い声を漏らします。どうやら期待通りの反応だったようです。


「お父さんたちから話を聞いたとき、私たちもあんな感じだったわよねぇ」

「まぁ、ほんとだったら規制ものだしね」

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