第5話 自慢のシェフ

「……というわけで。改めまして、八美夜やみよちゃん? ようこそシェアハウス三月へ」

 春七はるなさんの乾杯の音頭で、やっと八美夜さんの歓迎会が始まりました。

 再びテーブルについた彩七あやなさんたちはみんな笑顔で乾杯。

 こども組のグラスにはウーロン茶が。

 おとな組のジョッキには本物のビールが注がれています。


「んー! この七面鳥ターキー絶品ドラ!」


 口をもぐもぐと動かしながら、烈火さんが目をキラキラ輝かせます。幸せそうな表情につられたのか、こうさんも小皿に七面鳥を取り分けてパクリ。


「もぐもぐ……うん。流石あーちゃん」


 あざとい擬音を発しながら咀嚼そしゃくし、香さんは彩七さんに向かって頷きました。


「え……? これ、彩七さんが作ったんですか……?」


 八美夜さんの箸は空中でピタッと止まり、今日何度目かわからない驚きの表情が。


「はい。けど、そんなに、」

「彩七はこのシェアハウス三月自慢のコックさんドラ! 彩七の料理はなんでもほっぺたが燃え落ちるくらい美味しいドラ!」

「料理の鉄人」


 謙遜しようとする彩七さんの声をキャンセルして、烈火さんと香さんが褒めちぎります。


(……小っちゃい頃から一緒の香はともかく、先週越してきたばかりのドラさんが先輩風を吹かすのはちょっと面白いかも)


 何故か自分のことみたいに自慢げなふたりに、彩七さんは内心苦笑いです。


「すごいんですね……! まだこんなにお若いのに……」

「いえ。元々料理が好きで、小っちゃい頃からやっていたというだけですから」


 この言葉は決して謙遜ではありません。

 彩七さんが初めて作った料理は単なる卵焼き。

 土俵に塩をまく力士のごとく豪快に砂糖を入れすぎたせいで、お菓子みたいに甘くなった真っ黄色な卵焼きでした。

 そんな糖尿病まっしぐらな代物にも関わらず、心から嬉しそうに「美味しい」と喜んでくれた春七さんを見て、彩七さんは料理が好きになったのでした。


(多分、料理をするということ自体ではなく、美味しそうに食べてくれるみんなの笑顔が好きなのかな?)


 なので、今のように、料理へがっつく烈火さんや、黙々と箸(はし)と口を動かす香さんを見ていると、とても幸せな気持ちになれるのと同時に……。


「あのね、実は今日の料理は、」


 秘密を打ち明けようとする彩七さんの声を、


「んー! このビーフなんちゃらも最っ高ドラ! 三つ星ドラゴンドラ!」


 烈火さんの嬉しそうな悲鳴がまたもキャンセルしてしまいます。


「ビーフストロフトロフ。美味」


 相変わらずのポーカーフェイスで淡々と間違える香さん。


「違う。ビーフストロガノフよ。でね、実は今日の料理なんだけど、」


 訂正を入れつつ、再度話を切り出そうとするも、


「このおナスのグラタンも美味しいわぁ」

「ポテトサラダってこんなに奥深い味わいに出来るのですね……! 匠(たくみ)です……!」


 今度は春七さんと八美夜さんが幸せそうな顔でキャンセルしてしまいます。


「いや、あの、うん、ありがとう。……でね、今日の料理なんだけど、」


 再三のキャンセルにめげず、頑張ろうとする彩七さんでしたが、


「流石は彩七ドラ!」

「流石は彩七ちゃんねぇ」

「コケコッコー」

「流石は彩七さんです……。今度私にも料理を教えてくださいね……?」

「いえ、そんな大したあれじゃ……(あれ? 今ニワトリが混ざってなかった?)」


 嬉しそうに目尻を下げ、褒め称えてくれるみなさんの顔を見ると、結局彩七さんは愛想笑いを浮かべることしか出来ません。


(まぁでも……言えないよね。こんな嬉しそうな顔を見たらさ)


 今日の料理は全部、うっかり下準備を忘れてしまったので間に合わせに買ってきたできあいのもの。温め直して盛り付けただけで、彩七さんは料理に何も手を加えていないのでした。

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