第2話 この中にドラゴンがいるって本当ですか!?
「それじゃあ、
すっかり赤ら顔な
(……私も初めてここに来たときはこんな感じだったっけ?)
「……あ、あの……
八美夜さんのちょっとおっかなびっくりな自己紹介。軽く頭を下げると、腰まで伸びた長い髪がさらりと揺れました。当然、彩七さんたちは笑顔と拍手で彼女のことを迎え入れます。新しい仲間を歓迎しないはずがありません。
一仕事を終え、スカートがめくれ上がってしまわないよう気をつけつつ八美夜さんが椅子に座り直すと、
「質問」
すっと、
「何?」
八美夜さんのことをまっすぐに見つめ、淡々と告げられた短すぎる言葉。
とても端的で香さんらしい質問です。あまりにシンプルイズベストな質問に、彩七さんは心の中で[いいね]ボタンを押してしまいました。
(……一応助け船を出しておいたほうがいいかな?)
彩七さんには八美夜さんが困惑し目をパチクリさせているように見えました。となれば、優しく通訳してあげたほうがいいでしょう。
「あー、香は八美夜さんが何をしている人なのか聞いてるんだと思います。学生さんなのか、社会人さんなのかって」
「あ……その、一応美大のほうに籍を置かせていただいています……」
「そうなんですか? 絵がお上手なんですね」
「いえ、そんな……。たいしたものでは……」
八美夜さんは僅かに頬を赤らめ、小さな声で謙遜しました。どうやら、これくらいのボリュームがデフォルトのようです。消え入りそうな静かな声は、儚げな彼女の印象によくあっています。
「はいはいはーい! ドラも質問ドラ!」
身を乗り出しながら尋ねる
「何歳何歳、何歳ドラ?」
「えっと……今年で二十一になります……」
「二十一!? ほんとドラ!?」
「え……? は、はい……」
「やったドラ! 同い年ドラ!」
ドラドラドラと心底嬉しそうに目をキラキラキラさせる烈火さんに気圧され気味なものの、八美夜も満更ではなさそうに微笑みます。あそこまで無邪気に喜ばれたら、誰だって悪い気はしないでしょう。
はいはーいと続けざまに手を上げる香さんと烈火さんに、
「ダメよぉ、ふたりとも。あんまり質問攻めにしては」
春七さんはニコニコと目を細めながら注意を促しました。が、それもあくまで形式的なもの。これならきっと打ち解けられるわねぇと、彼女は微笑ましそうに眺めています。
「いえ、大丈夫です……。それに……」
そうやって言いよどむと、小さく深呼吸をして、八美夜さんの表情がキリリとまた少しだけ張り詰めます。
「それに……私も皆さんに言っておかなければならないことがあるので……」
言葉から真剣味を察したのか、香さんと烈火さんは静かに手を下ろし、八美夜さんのことを見つめました。
(……なんだろう、一体。もしかしてドッキリとか?)
彩七さんにも予想はつきません。そもそも、予想する気があんまりありませんでした。初対面なので、まだ予想するための材料はほとんどありません。
「信じられないかも知れませんが……」
そう前置きをして八美夜さんが教えてくれた話は、
「実は私、吸血鬼なんです……」
普通の人生ではまず経験することのないであろう告白でした。
私は吸血鬼です。
I am a vampire.
普通の人たちがそんな告白を受けたら、告白が本当でもざわつくでしょうし、嘘でもざわつくに違いないでしょう。それくらい唐突な告白です。
ですが、シェアハウス三月は違いました。
「そんなこと」
「期待して損したドラぁ」
やれやれと呆れたようにため息をつく香さんと烈火さん。
「え……?」
予想に反したであろう反応に、目をまん丸にする八美夜さん。
(今日何回目の困惑だろう?)
彩七さんは心の中でカウントしようと試みるも、面倒くさくなりやっぱりやめました。
「お、驚かないんですか……!?」
「ノープロブレム」
「全然ドラ」
「だ、だって、人間じゃないんですよ……!?」
「ノンヒューマン」
「それは今聞いたドラぁ」
「きゅ、吸血鬼なんですよ……!?」
「インキュバス」
「それはなんかエッチなやつドラ」
「ち、血を吸っちゃうんですよ……!?」
「ぷぅぅうぅ~ん」
「蚊の羽音は嫌いドラぁ」
今日一番の驚きを見せ、そんなはずはないと取り乱す八美夜さんでしたが、それでも香さんと烈火さんが揺らぐことはありません。
それもそのはずです。
「あのねぇ、八美夜ちゃん。実は人間以外の子って既にいるのよねぇ、ここ」
春七さんの説明する通りです。シェアハウス三月に人外の存在がやってくるのは、初めてではなかったのです。
「え……?」
八美夜さんが瞬きもせずゆっくりとみなさんの顔を見回します。一体誰が……?と言わんばかりです。
(まぁ、ここまでのちょっとした会話でもう誰が人間じゃないかはわかりやすいですよね。ひとり、明らかなのがいますし)
彩七さんはすっかり気を抜いて、何故かウインクをする香さんをぼんやり眺めていました
「もしかして……!」
正解にたどり着いたであろう八美夜さんを前にして、
(そうですよ。もしかしてじゃなくて、明らかです)
彩七さんは志望校合格判定で初めてA判定が出た受験生ばりに気を抜いていました。八割落ちます。
「もしかして……彩七さんが人間じゃないんですか……?」
「え、私って人間じゃなかったんですか?(知らなかった……) 多分人間です、人間。超人間です」
まさかの事態に3センチくらいショックを受け、適度に人間アピール。そして、そんな彩七さんの姿を、香さんと烈火さんはニヤニヤ悪い顔で楽しんでいました。
「鬼」
「悪魔ドラ」
「ほら、八美夜さん。さっきから明らかに変な語尾が聞こえません?(あれです、あれ)」
「ぴょんス?」
「ドラ?」
彩七さんがあれあれと烈火さんのことを指差すと、八美夜さんは「え、え……?」と困ったようにふたりの顔を交互に見るのでした。
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