57:「好きです」
「……綺麗……」
無意識に呟いていた。無意識だからこその本音だった。
でもきっと、どんなものでも気に入らないわけがなかった。
ハクアが自分のために選んでくれたのだから。
台座から取り上げて、左手首に嵌める。
左手を上げ、馬車の中央に浮かぶ魔法の光に照らしてみれば、赤い宝石がきらりと光った。
「気に入りましたか?」
「はい。とっても」
ブレスレットを手元に引き寄せ、右手をかける。
表面のつるりとした感触が肌に心地良かった。
「それは良かったですわ。ハクアが言っていましたの。ニナが私のブレスレットを見て、羨ましいと言っていた、と」
アマーリエは自身の右手のブレスレットに触りながら笑んだ。
「……え」
新菜は目を見開いた。
侯爵邸に滞在して数日経った頃か。ハクアとトウカを交えて共に過ごした昼下がりのお茶会で、新菜は呟いたことがある。
仲睦まじい侯爵夫妻の手首に光るブレスレットを見て、いいなあ羨ましいな、と。
「……馬鹿ですねえ、ハクア様……」
目頭が熱くなる。鼻の奥がつんとする。
視界が滲み、新菜は目を押さえて嗚咽した。
新菜はブレスレットが欲しかったわけではない。お揃いのブレスレットをつけたいと思える相手がいることが羨ましかったのだ。
きっとハクアは王都の雑貨店で、イグニスにからかわれながら、アマーリエにこっちのほうがいいんじゃないですかとアドバイスを受けながら、一生懸命に選んでくれたのだろう。
ブレスレットそのものももちろん嬉しいが、何よりただ一言、何気ない呟きを覚えていてくれたのが嬉しい。
ありがとうと言いたい。抱きついてお礼を言いたいくらいだ。
でも、ハクアはこの場にいない。ミレーヌに連れ去られ、生死不明の状態だ。
「……どんなプレゼントより、ハクア様が無事に戻ってきてくれたほうが何倍も、何十倍も嬉しかったのに」
ブレスレットを握り締め、泣くのを堪えていると、その感情が伝わったのか、隣でフィーネが泣き出しそうな顔をしていた。
でも新菜はフィーネに何も言えなかった。
新菜だって聖人君子ではない。
皆の前で頭を下げ、涙ながらに謝罪したフィーネの姿は嘘ではないとわかっていても、たとえハクアが許したとしても、間接的にハクアを陥れた少女を笑って許せるほどの心の余裕はなかった。少なくともハクアの生死が不明な現状では。
でも、騙された同情はする。
ミレーヌはこんな幼い少女を口封じのために殺そうとしたらしい。
エルダとレイが駆けつけなかったら今頃彼女の命はなかった。
――ごめんなさいニナ。私たちのせいで。
出立前、エルダに言われた言葉が蘇った。
ハクアの警護役として同行していたエルダとレイは、新菜に化けたフィーネを見て、相手が新菜なら大丈夫だと判断し、ハクアから離れた。
ハクアもそうだ。
新菜だと信じたから微塵も警戒せず、誘われるままついていったのだ。
声を殺して嗚咽していると、ふわりと甘い香水の香りがした。
アマーリエが新菜の隣、フィーネとは逆側に腰を下ろしたのだ。
「……ニナは本当にハクアのことが好きなんですね」
優しい声で言われて、頭を撫でられた。
「……はい。好きです」
新菜はとうとう認めた。
多分もうとっくにわかっていたのだ。主人への敬愛、ハクアへの気持ちはそんな単純な一言で言い表せられるものではないと。
ハクアの笑った顔。無防備な寝顔、照れたときに見せる不機嫌顔。
彼の仕草、低く透き通った声、印象的な虹色の瞳。その全てが愛おしい。
抱きしめられたときの戸惑い、それにも増して強く感じた喜びが、全ての答えだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます