異世界で竜のメイドになりました
星名柚花@書籍発売中
01:まさかの異世界転移…ですか?
暖かな日差しが降り注ぐ、美しい森の中。
桜にも似た、白い雪のような花びらを散らす大樹の根元にて。
晴れ渡った青空を見上げ、風に吹かれて呟く。
「……ここはどこ?」
それは、目下最大の悩みにして切実な問いだった。
答えはない。
平和な鳥の鳴き声が聞こえてくるばかり。
「よくぞ来られた、異世界の戦士よ……お前を待っていた」と、説明役の王様が現れることもない。
女神や妖精が出てくる気配もない。
(もういっそ悪魔や死神でもいいから、誰かこの状況を説明してくれないかな……)
何が起きているのかさっぱりわからないというのは、全くもって理不尽極まりない。
二月の今日は朝から雪が舞うほど寒かった。
高校の帰り道、新菜はうっかり雪を踏んで足を滑らせ、歩道橋の階段のほとんど最上段から転落し、頭を強く打った。
そこで新菜の人生は終わった……はずだったのだが。
次に目を開いたとき、新菜は見知らぬ大樹の根元、森の開けた場所に倒れていた。
酷くぶつけたはずの後頭部は全く痛くなく、身体はいたって健康そのもの。
着ているものは転落時と変わらず、セーラー服に白のロングソックス、黒のローファー。
季節にそぐわない紺色のダッフルコートは脱いで傍に置いている。
ほんの数分前、新菜は現状を確認するために森を歩き、そこで奇怪な生物と出遭った。
地面を這いずる、茶色のスライム状の何か。
魔物――RPGや漫画の中にしかいないはずのそれが、この世界にはいる!
とんでもない世界で目覚めたことを思い知り、新菜は青くなって後ずさり、そのまま逃げた。
そして、いまに至る。
「………………」
呑気に振ってきた白い花びらが視界を横切る。
(どうすればいいのかな……)
救いを求めるように、足元の赤いキノコを見る。
無論、キノコは喋らない。
目を覚ましたときは信じられなかった。
自分の身に起きた奇跡に戸惑いながらも、ありがとう神様、と心から感謝した。
しかし、何故異世界なのだ。
異世界に憧れがないとは言わない。
むしろファンタジーは新菜の大好物だ。
RPGで遊んだりライトノベルを読むたびに、自分もこんな冒険がしてみたい、現実を捨て去りたいと夢想したことはある。
でも、まさか本当に我が身に起こるなんて、誰が想像するだろう。
百歩譲って異世界転生を許したとしても、魔物が徘徊する森の中に放り出すなんてあんまりだ。
神様が十五歳で死んだ少女の不幸を哀れんで奇跡を起こしたというのなら、せめて街の前に横たえるくらいの親切心を発揮してくれたって良いではないか。
新菜はごく普通の女子高校生だ。
特別武道に秀でているわけでも、頭が良いわけでもない。
魔物と戦うなんてとても無理だ。
(わたしは生き返ったばかりで死ぬの? わけのわからない魔物に殺されるの?……あ、そうだ!)
閃いて、新菜は顔を明るくした。
ここが異世界なら、念じれば手から魔法の一つも出るかもしれない。
急いで立ち上がる。
(そうだよ、異世界転生ときたら無双でしょ? チートでしょ? お約束だよね! 神様がケチじゃないならわたしにもきっとそのお約束が適用されるはず!)
新菜は辺りを見回して、適当な木の枝を拾い上げた。
お気に入りのRPGの主人公になり切って、叫ぶ。
「降り注げ極光! 大地を穿ち悪を討て、アルティメットレイ!!」
ポーズをつけながら、覚えている限りの呪文や必殺技を唱える。
「括目せよ! 光を纏いて全てを切り裂け、雷・迅・滅・殺!」
剣に見立てた木の枝を素早く四度振ってみても、ゲームのようにその軌跡上に光が迸ったりはしない。
派手なエフェクトも発生しない。
新菜が何を叫ぼうが喚こうが、ただひたすら、森は静まり返っていた。
炎も光も水も風も、都合の良い事象は何一つ起こらない。
「…………」
記憶にある全ての呪文を出し尽くし、妙なポーズで動きを止めている新菜を慰めるように、優しい――あまりにも優しすぎる風が吹き抜けた。
大樹の白い花びらが目の前でひらひら踊る。
小馬鹿にされているように感じるのは、ただの思い込みだろう。
「……………………ふ。ふふふ……」
ぽろりと指先から木の枝が落ちる。
「うん、わかってた……最初に何も起きなかった時点でわかっていたの……張り切れば張り切るほど後で恥ずか死ぬことになるんじゃないかって察しはついていたのに、ついつい調子に乗って全必殺技コンプリートしてしまった……!!」
頭の上で交差させていた腕を下ろし、膝をつく。
空を仰いで顔を覆う。
指の隙間から見える新菜の顔はものの見事に真っ赤に染まっていた。
まさにゆでダコ状態だ。
(ああああああ恥ずかしいよぉぉ……!! いまのわたし、ただのイタイ人だったよね!? 傍から見ると完全に厨二病だったよね!? 天国で『こんな馬鹿な娘に育つなんて……』とか言って、お母さんたちが泣いてないといいんだけど。違うんですいまのは仕方なくです不可抗力です、そもそもなんで完コピできるのかという問いには黙秘権を行使します!)
「うんわかった、わたしはお約束対象外! チートな能力や補正は一切ない! よし了解! 合点承知! あー恥ずかしかったっ!」
声に出すことで羞恥を紛らわし、熱くなった頬を手で煽いでいると、後ろの茂みが揺れた。
「!!!??」
電光石火の速さで振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。動物でも通ったのだろうか。
(よ、良かった……もし誰かに見られてたら、穴掘ってダイブしなきゃならないところだったわ……)
額の汗を拭った拍子に、スカートから何か音がした。
手を入れて確かめると、出てきたのはミニタオルと、友達からもらった飴玉。
透明のビニールでパッケージされた、赤と緑の二つの小さなキューブ型の飴玉だ。赤が苺味、緑がマスカット味。
所持品はミニタオルとこの飴玉だけ。
携帯も財布もない。あっても異世界で通用するのかわからなかったが、換金すればいくらか金にはなった。はずだ。
もっとも、それも全て、森から生きて出られたら、の話だが。
ミニタオルと飴玉をポケットにねじ込みながら、考える。
(ずっとここにいるわけにもいかない。とにかく動かなくちゃ。お腹はまだ持ちそうだけど、本格的に空いてからじゃ遅いもの。まずやるべきは食料と水の確保。森を歩いて、食べられそうな野草や木の実を見つけよう……でもどうやって毒草かどうか見分けるの……聞ける人もいなければ植物図鑑もないんだから、わたしが食べるしかないよね……)
既に死亡フラグしか立ってないような気がする。
新菜は暗澹たる思いでダッフルコートを腰に巻きつけ、木の枝を片手に歩き出した。
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