第十九節 狩人達の襲撃

 ヤクはそれを聞いてから、市長に訊ねた。


「……襲われた馬車の馭者は無事だったのか」

「ええ、幸い一命は取り留めました」

「何か言っていたか?襲われた時のことや、襲ってきた人物などについて」

「詳しくは何も……ただ、襲ってきた人間が魔物を従えているようだったと。そして意識がなくなる直前、カーサという言葉を聞いたとか……」


 カーサという言葉を聞いて、緊張が走った。隣にいたエイリークが、悔しそうに手を握りしめる。


「アイツら……!!」

「司祭、近い未来は視えたのか?」

「はい。いつとは断定出来ませんが、数日のうちに黒い集団がこの街を襲うだろう、と」


 司祭の言葉から、襲ってくるのはカーサかもしれないということは、自分にも理解できた。ヤク達はさすが軍人で慣れているからか、即座に指示を出していく。


「追って軍の警備兵に、この街に出兵するよう軍に掛けあおう。だが、万一のこともある。ユグドラシル教団の教団騎士にも協力を仰ぎたいのだが」

「お任せください。既に私の方で教団本部に伝令を出しております。今夜には到着するかと」

「早い対応、感謝する。市長、貴方からは市民に対して、あまり不要な外出は控えることと、万一に備えて脱出の準備をするように伝えてくれるか」

「勿論です、市民には私から身の安全を最優先にすることをお伝えします」

「すまないな。襲撃前であるからこそ出来る事だ。協力感謝する」

「そんな滅相もございません!ここまで手厚い対応をしてくださるのです、我々も出来うる限りの協力をいたします」


 その後ヤク達の取り決めを終えてから、教会をあとにする。気になることが一つ浮かんだので、尋ねてみた。


「そういえば、さっき言ってたユグドラシル教団の教団騎士ってなに?」

「知らなかったのか?ユグドラシル教団にはその思想に反発して過激派となった集団から、度々武力行為による被害を被ることがあるんだ」


 そして修道士たちをそれらから守るために、教団直属の騎士団があるらしい。それがユグドラシル教団の教団騎士と呼ばれる存在。普段は本部で修練に励んだりしているそうだが、各地のユグドラシル教会の拠点を巡回し、問題がないかを確認しているそうだ。教会絡みで襲撃が起きる場合や、抗争に巻き込まれかけた時に、本部から騎士団を派遣する。教会を戦禍に巻き込まないことを、第一とする騎士団らしい。

 今回の場合は前者の例であるとのこと。各教会の司祭が本部に伝令を出すことで騎士団が動き、街の治安維持にも協力するという流れだ。


 因みにユグドラシル教団のことに首を突っ込まなければ、彼らは基本的に他武力に対しては好意的だと聞く。故に、今回ミズガルーズ軍と共にノーアトゥンを守ることに、大した支障はないとのこと。それを聞いて一安心する。とりあえず、敵対することはなさそうだ。


「お前達も、あまり勝手に出歩かないように。一般市民扱いな事には変わりはないのだからな」

「うん……」


 事前に釘を刺され、一応は頷く。とはいえ心の何処かで、まだあの絵画に書かれた古代文字について気になっている自分もいる。あれを読めたら、何か分かるのかもしれない。だけど、どうして自分に読めるのかという疑問もある。

 知りたい気もするし、知らないままでいたい気もする。だけどここで目を逸らしたら何もわからないままということも、頭の中では分かっている。今日の夜、申し訳ないけど抜け出そう。そう考えていると、小声でエイリークが話しかけてくる。


「……あの絵、気になるんでしょ?」

「えっ……」


 なんでわかったのだろう。そんなに顔に出やすかったかと尋ねれば、バッチリ出ていたと苦笑される。


「俺も一緒に行こうか?」

「ありがとう……流石に一人でだと不安だった。ちょっと考えがあるから、早かったら今夜行きたい」

「わかった」


 その日の夜ヤクとスグリは軍艦内部で警戒態勢でいるとのことで、彼らが確保してくれた宿に泊まることとなった。因みに警護兵としてヤクの部下が一人、自分たちにつくことになっている。夜になると昼時に話していたユグドラシル教団の教団騎士らしき人物たちが、街を巡回している様子が見てとれた。

 スグリが言っていたが、彼らには主に万一のことがあった場合には、市民の誘導をお願いしたそうだ。彼らは確かに騎士ではあるが、常に対峙しているのは主に人間であり、魔物相手の戦闘経験が少ないのだと言う。そこで、魔物の相手には主にミズガルーズ軍が、市民の安全確保のための誘導はユグドラシル教団騎士が行うとのこと。もし何かあった場合はユグドラシル教団騎士の言う通りに行動するようにと、宿へ向かう前に念を押された。エイリークのことは既にユグドラシル教団騎士たちには伝えてあり、その点については問題ないと約束してくれたのは、嬉しかった。


 宿に着いて少し休んでから、行動に出る。いつも身につけているペンダントを外して、ズボンのポケットに隠しておく。そして昼時に立ち寄った教会でペンダントを落としたかもしれないから、探しに行くと嘘を吐く。そのまま教会の中に入るという算段だ。この方法で外に出れるかは、正直なところ五分五分だ。もし出れないようなら、裏口からこっそり抜け出すことも考えていた。

 準備を整えてから警護兵の男性にその旨を伝えると、明日の昼まで待てないのかと問いただされる。そこは、ずっと身につけているもので目の届く場所に置いておかないと不安だと、強く伝える。その様子に逡巡するような仕草を見せる警備兵の男性。これは、裏口から抜け出す方法をとるしかないだろうか……?


「そんなに時間は割けないぞ」

「ありがとうございます!」


 どうやらまずは、第一段階クリアといったところだ。一人だけだと不安だからとエイリークも一緒に行くことを了承してもらい、急いで教会へ向かう。

 夜の道はとても静かだ。昼過ぎに市長が警戒をしておくようにと、街の中に設置されたスピーカーで声を拡散したお陰だろうか。そんな事を考えながら走ると、教会の前まで辿り着く。警護兵の男性に、すぐ戻ると伝えて外で待ってもらうことにした。


 教会の中は、蝋燭の淡い光が中を照らしてはいるが薄暗い。どうやら人の気配はないようだ。

 改めて絵画と対面して、じっくりと古代文字に目を通す。……やはり、何故かは知らないが、自分には目の前に書かれた文字が読める。


「やっぱり読める……なんで、俺なんかが……」

「……なんて書いてあるの?」

「えっ……と……"知っている。それはユグドラシルと呼ばれる高い樹……そこから露が垂れ、流れ落ちる……。それは永遠に緑で聳える、ウールズの泉の上に"……ここまでしか読めない」


 世界史の何かだろうか。

 ユグドラシルといえば、世界樹ユグドラシルのことなのだと理解はできる。ただ、ウールズの泉とはなんのことだろう。エイリークに聞いてみても、よくわからないと返ってくる。


 ふと、外が騒がしいことに気付く。古代文字に集中してよくわからなかったが、夜にしては外が妙に明るい。何が起きているのだろうと、ステンドグラスから外を覗いてみる。そして驚愕した。街が燃えているのだ。


「え?な、なんで!?」

「まさか……アイツらか!!」


 そう吠えるや否や、駆け出そうとするエイリークの肩を掴む。彼の激情ぶりに幾分かの不安を感じつつも、とりあえず落ち着けと宥める。


「落ち着けよエイリーク!アイツらって、どういうことだ?」

「これ……この火事、嫌な予感がするんだ。火事を起こして、混乱させている所を魔物でけしかけて狙う……。これはアイツら、カーサのやり方なんだ!」


 エイリークが言うには、自分の住んでいた村が襲われた時も、同じような状況だったという。勿論、ただの偶然の可能性もある。だがもしカーサの場合は、火事だけでは済まされない。住民への虐殺や、略奪、ありとあらゆる破壊行為が行われるというのだ。

 だが、街の守りは強化していたはず。万が一カーサだとして、何故軍の兵たちが気付かなかったのか。


「……多分、もうずっと前に街の中にはカーサの身内が潜んでいて、機会を狙っていたんじゃないかな……」


 カーサにとって、自分たちの邪魔をするものは全て敵という認識らしい。ユグドラシル教団騎士のことも、いつかは消したいと思っていても疑問は持たないのだと。敵の勢力を潰せる機会をひたひたと狙っていたのだろうと、エイリークが口述する。

 そして今回ミズガルーズ軍とユグドラシル教団騎士が街を守ってくれたことによって、街は籠の中の鳥。内側から混乱を誘えば、外からの侵入も幾分か容易くなってしまう。更に街の外に逃げてきた住民を、思うように虐げることも出来る。そんな最悪な状況が考えられるのだと。


「そんな……そんなの許せねぇ!」

「だから、それを確かめるためにも外に出よう!!」


 もしかしたら、教会の外で自分たちを守っている警護兵が、何かわかるかもしれない。その言葉に納得して外に出ようとして、教会の扉がけたたましい破壊音と共に開かれた。何が起こったのかすぐには理解できず、しかし自分たちの警護兵の男性が床に転がったことは理解できた。思わずその男性へ近付こうとして、来るんじゃないと制される。

 そして遅れて、黒服に身を包んだ人物達が魔物を引き連れて、ズカズカと教会内へ入ってきた。隣にいたエイリークが、ぎり、と歯軋りして憎たらしくカーサと呟く。

 警護兵の男性は自分たちを守るように魔物と対峙して、振り返らずに言う。


「いいかお前達、私が隙を見つけるからそうしたら思い切り走って外に出るんだ。外にはユグドラシル教団騎士がいる、ノーチェ魔術長が仰っていたように、彼らの指示に従うんだ。いいな?」

「そんな、でも……!」


 それはこの男性のことは見捨てろ、ということだ。そんなこと出来るわけがない。そう言うも、大人の言うことは聞けと叱られる。

 そんな自分たちを、カーサの人物達は嘲笑うかのように見ながら言い放つ。


「それはこの魔物の攻撃を全部躱してから言うんだな」


 そう言いながら片手を振り上げて、魔物へ指示を出すカーサの人物。雄叫びをあげながら、自分たちに凶刃を剥き出しにして向かってくる魔物たち。

 咄嗟に杖を出して構えるが、一瞬その行動が遅れてしまう。このままでは、殺される。何も出来ずに、教会へ一緒に来たエイリークや警護兵を巻き込んで。やはり、我儘を言うべきではなかったのだろうか。こんな結末になるのなら、やはりヤクの言うように夢なんか信じないで、ミズガルーズ国内で待っていた方が良かったのか。

 色んな感情が、頭の中でぐるぐると回る。このまま死にたくない、でも逃げたくない。どうしたらいいのかわからない。誰か、自分に出来ることを教えてほしい。そう強く願った時だった。


 静寂。そう、音一つない空間が自分を優しく包んで、囁きかける。


『大丈夫です。貴方はここでは死なない。私が死なせない。私の力を、貴方にお貸しします。力を抜いて、心を落ち着かせて。大丈夫です、私は貴方を守る者。貴方は私を受け継ぐ者。貴方に女神の加護があらんことを』


 その言葉が聞こえると、不思議と混乱していた頭がクリアになる。まるで自分が自分ではないような、そんな感覚に陥る。しかし、不安も恐怖もない。


「レイ!?」


 焦るように自分を呼ぶエイリークの声が聞こえた。それに応える前に、自分の意識は光の中に消える。


 そして、教会内に光が広がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る