第3話 犯罪の犬ども
地主が夜逃げして土地ごと放棄された貸しコンテナが数十平方メートルに渡って居並ぶ湾岸エリア。雨ざらしのコンテナ群から住民たちの生活臭が否応なしに漂う。コンテナ間のロープに渡された生乾きの洗濯物、羽毛をむしられた鶏を煮込む土鍋、キムチと豆板醤とコリアンダーの入り混じった刺激臭。
自分がふさわしくない異物であるという思いに、彼の足はそこを通るたびいつも早足になった。一日中同じ場所に座り込んでいる老婆に持っていたコンビニのビニール袋を手渡す。老婆はもごもごと聞き取れない礼を言い、手まで合わせる。目をそらせ、目的のコンテナに入ってドアを閉めた。
錠を確かめ、天井の裸電球を着けると、さすがに今まで感じなかった疲労を感じた。肉体的な疲労だけではない、ここ数日間の努力が徒労に終わったことへの疲労。わかったことは、自分の読みが外れていたということだけ。それも貴重な金と時間と物資を浪費したあげく、だ。
ペットボトルの水を一口含み、少し頭にも被る。こんなことを繰り返して、意味があるのか――頭をもたげてくる弱気を無理やりねじ伏せる。時間は確実に消費している。今すぐ、できることをしなければ。
端末を起動させる。無骨な作業机の上に、買い込んできた資材を並べる。端末を参照しながら、決められた手順で決められた個所に部品を加工し、組み込んでいく。ケーキを焼くのと同じだ――耳の奥に懐かしい声が聞こえる。決められた材料を正しい容量で、時間通りに焼き上げるだけだ、と。
もし自分が死ねば、あの男から教えられた全ても共に消滅するのだろうか。――振り払い、手を動かすことに集中する。死後の世界のことなど、それこそ死んだ後で考えればいい。
「……ええ、誰にレクチャーされたのか知らんが慣れてますな。『ご禁制の品』は最小限、しかも複数の〈業者〉から少しずつ購入。必要な物資はそこらのディスカウントショップで入手可能。よっぽど筋の良い〈インストラクター〉から手ほどきされたらしい」
【彼が購入した物品のリストを送ってください】打てば響くような、彼女の涼やかな声が返る。
「ただちに」そうくると思ったよ、あらかじめ準備しておいたリストを送信する。一瞬の後、回線の向こうで明らかに息を呑む気配があり、男は少しばかり溜飲を下げた。
「見ての通りです」
【銃器や爆発物の類は見当たりませんが……】
「こけおどしの銃器に頼るつもりがないってことは、本気でしょう。奴はたった一人で戦争を始めるつもりですよ」
【彼の次の『目標』はわかりますか?】
「見当はつきます。俺が奴なら、それなりに目立つ奴を狙うでしょう」
【急いでください。彼が次の犯行に出るまでに】
「それはかまいませんが、止めるとなるとだいぶ荒っぽくなりますよ、俺のやり口はご存じでしょう?」
【やむを得ません……方法は任せます】
「……任せます、ね……」通話を切ってから、崇は一人ごちた。「どのくらい荒っぽくなるかは俺が決めていいってことなんでしょうな、ご当主」
それから、先ほど自分が送信したリストをもう一度見直す。「……お前がこれを何に使うか、想像しただけで背筋が寒くなるよ。生き急ぎやがって、餓鬼が」
組み上がった幾つかの「道具」を物入れやベルトに収めていく。最後にそれらの上からさらに薄手のハーフコートを着込む。身体を動かし、激しい運動の邪魔にならないことを確認する。
それが終わると照明を落とし、もう二度と戻らない仮の住居を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます