第3話 エンジェの騎士クート

 カサ王はかしずくセンの額に右手を当てると、そこが仄かに輝く。

 それは、王の試練始まりの儀式。

 神の信託を受けているような厳かな光景に、最初の仲間に選ばれたカラルは、胸を熱くしながらセンの姿を見ていた。輝きは数秒で終わり、センは目を開ける。

「センや、これからはモンスターが……人も、お前を狙うかもしれん。十分注意するんじゃぞ」

「はい、陛下。必ず神獣より資格を得て帰ってきます」

 キッパリと言い切ったセンを見るカサ王の目は、不安と期待が入り交じったものだった。

 こうしてセンの旅が始まる。これより100日の間に、北の神獣に会い王の資格を認められなければならない。センとカラル、その二人がまず向かったのは、王都の中心にある大きな教会だった。


「そうですか、いよいよ旅の始まりですか」

 祭壇の前で、アブド司祭は顔に皺を寄せて優しく微笑んだ。

 センとカラルはアメルディア大陸全土に支部を持つダム教、そのソーカサス支部、アブド司祭のもとにやってきていた。アブドはセンの母親がダム教を熱心に信仰していたこともあり、センとカラルは幼い頃から交流があった。

 アブドは、今でこそソーカサス支部の司祭として収まっているが、昔は大魔法使いとして諸国を旅しており、白髪に刈り揃えられた口髭姿の穏やかな見た目とは違い、知識も経験も豊富な人物であった。

 そして、カラルにとっては魔法の師匠であり、センにとってはカラルに次いで信頼できる相談相手であった。今回の試練の旅も、アブドに強く勧められたことが、センが決意した理由の一つだった。


「あと二人、旅の仲間を見つけないといけませんが、アブド先生、どなたか良い人物を紹介して頂けませんか?」

 カラルは魔法を教わっていた時の癖で、今でもアブド司祭を先生と呼ぶ。アブドは申し訳なさそうに首を横に振った。

「もちろん剣や魔法に秀でた者は何人も知ってはいますが、これはセン王子の試練。私が紹介した者ではなく、セン王子自らが見つけた人物を仲間にしなければいけないのでは?」

 アブドは諭すようにカラルに言った。長くソーカサスで司祭として務めているアブドは、王の試練についてもよく知っていたのだ。

「そう……ですね……」

 カラルは残念そうにつぶやく。アブドの人脈があれば、かなり優秀な人物を紹介してもらえると期待して教会に来ていたのだ。

「アブド司祭は、カラルの魔法の師匠なんですよね? だったら一緒に行ってくれませんか?」

 センは素直な表情でアブドに訊いた。

「はっはっは。なるほど、まさか私が誘われるとは思いませんでした。確かに昔はよく危険な旅をしていましたが、さすがに歳なので足手まといになりますよ」

「そうですかー、うーん、残念」

「大丈夫、セン王子ならきっと強い仲間を見つけられます。目的地は遠いのですから、慌てずゆっくり見つければいいでしょう」

「はい!」

 元気良いセンの返事を受けて、アブドは大きくうなずく。そうしてアブドと別れて、センとカラルは人の集まる繁華街に向かった。


 王の試練の仲間は、本来、伝説のように旅の途中で見つけるものだが、現在では試練を始めたほとんどの者が、王都で仲間を見つけてから出発していた。

 王都はソーカサスでも最も人の集まる場所であり、また、優秀な人材も多くいた。そして、試練をクリアーした後の報償に期待する傭兵も少なくなかったのだ。

 センとカラルは王都の繁華街に到着すると、早速、北の試練に仲間捜しを始める。

 王の試練は、始王ジオの伝説をもとにした条件がいくつかある。

 まず、仲間は三人までしか連れていけない。ぞろぞろと騎士団でも連れていけば、試練にならないからである。

 身近な者からは一人しか連れていけず、他の二人は旅の途中で仲間にするしかない。これも伝説の通りではあるけれど、候補者の人脈による優劣を防ぐ為でもある。

 過去に前もって待ち合わせをして、形の上だけでエンジェの騎士三人を仲間にした候補者は、神獣に王とは認められなかった。

 伝説とまったく同じ条件というほど厳しくはないが、試練は王の候補者が道中での出会いや交流による成長を計るものなので、明らかな不正は許されなかったのだ。


「申し訳ない、やはり俺には北の試練は無理ですよ」

 屈強な壮年の剣士は頭を掻きながらそう言った。センとカラルが北の試練の仲間に誘ったのだが断られたのだ。

「これで三人目か……」

 男が去るとセンは寂しそうにつぶやいた。王の試練はそれなりに腕に自信がある者なら、声をかけられれば仲間になることが多い。候補者が試練をクリアーして王になった時の見返りが大きいからである。

 しかし、北の試練に関しては違う。難易度が高く、よほど忠誠心の高い者か、腕に自信のある傭兵しか仲間にならない。それほど命を落とす確率が高いからである。だから、センの仲間集めは難航していた。

 通常、11歳の子供が王の試練を受けることはない。剣や魔法を修行した、青年以上の王族男性が候補者になるのだ。


 前回の試練では、早々に西の試練をクリアーしたセンの父ハルに対し、有力な他の候補者は北の試練を受けて全滅した。

 試練に失敗した者、試練を拒否した者は、二度と候補者にはなれない。東や南の試練をクリアーした候補者も、不幸が重なりハル王しか残らなかった。

 カサ王の世代も王の資格者はすでに亡く、まだ若かったハル王が暗殺され、年老いたカサ王以外に王の資格を持った者がいなくなった。その為、今回は異例の子供ばかりの候補者になってしまったのだ。

 候補者が11歳の子供であり、それだけで戦力が減るというのに、最難関の北の試練である。いくら見返りが大きいといっても、センの仲間になろうという者は現れなかった。


 仲間が見つからないまま、5日目の朝がきた。

 試練は現国王より始まりの儀式を受けてから、100日以内に神獣に会うという期限がある。時間をかけて安全にゆっくりと行けるほど、王の試練は甘くはなかった。ましてセンの場合、子供の足で歩いて旅をしなければいけないので、もうすぐにでも出発しなければいけない状況だった。

「見つからなくても、明日には出発しよう」

 だからセンは、カラルにそう宣言した。

「はい……でも大丈夫です、例え仲間が見つからなくても、セン様はわたくしがお守りしますから」

 カラルはその赤く澄んだ瞳でセンを見つめながら言った。

「ありがとう、カラル。はぁ……ひとえにボクの人望の無さだなー」

「セン様、そんなことをおっしゃらないでください……」

 カラルは慌ててセンを慰める。実際、センに人望が無いわけではない。人柄も良く、まだ子供とはいえ美形のセンは、むしろ、他の候補者の誰よりも評判は良かった。

 しかし、それと北の試練は別だ。

 ソドが試練をクリアーしていなければ、あるいは東や南の試練だったらなら、仲間になる者は少なくなかっただろう。しかし、すでに次の王となる資格を持った者がおり、尚かつ最難関の北の試練では、さすがに誰も仲間になろうとはしなかった。

 後で褒美は沢山渡すにしても、仲間集めは権力をたてに強要することは禁止されている。伝説に則り、あくまで仲間は相手の意志によるものでないといけなかった。


 そうして朝から仲間を探していたセンとカラルだったが、見つからず、ついに夕方になってしまった。歩きずめで疲れて休む二人。その二人のもとへ、一人の男が近づいて来た。

「よお、あんたが北の試練を受けた、セン王子様かい?」

 突然声をかけられ、二人は驚いて男を見た。

「あなたは?」

 カラルはセンを守るように前に出て、警戒心を隠さずに訊いた。

「俺はクート。エンジェの騎士だ」

「エンジェの!」

 センは思わず驚きの声をあげた。

 クートと名乗った男は、まだ20代の若者で、肩まである金髪に、目は少し碧がかっていた。伸びたあご髭をちゃんと剃れば、かなりの美形に思える。しかし、今はだらしない無精髭が生えており、焦げ茶色の衣服に高そうな剣を腰に差した格好は、騎士というより傭兵のようだった。だが、最強騎士団エンジェを名乗るだけあって、引き締まった体が服の上からもわかる。

「正確には休職中だけどな」

「本当にエンジェの騎士ですか?」

 カラルは警戒心を解かずクートに訊いた。

「はは、お嬢ちゃん、綺麗な顔をしてそんなに睨まないでくれよ。ほら、これが証拠だ」

 クートが右腕をまくると、そこには剣と羽を模した紋様が描かれていた。それはエンジェの騎士であることを示す、魔法の紋様だ。カラルの目にはその魔法が読み取れ、クートが本物のエンジェの騎士だということがわかる。

「何故、休職中なのですか?」

 カラルはますます警戒心を強めて訊いた。エンジェの騎士は国内最強の騎士団であり、戦闘部門の頂点に立つ集団だ。さらには王族の護衛も担っており、人格者が求められている。

 しかし、エンジェの騎士は最強の名に恥じない強さが求められるので、時として人格に問題のある者が混じることもあった。それ故、エンジェを休職扱いにされているということは、クートの人格に問題があると思ったのだ。

「恥ずかしい話だが、さる高貴な方の奥方に手を出してしまってね」

「なんですって!」

 カラルは驚きのあまり、つい大きな声を出してしまう。

「尊敬されるべきエンジェの騎士が、不倫などと……」

「はは、悪いね。まあ、そんな理由だから公にも出来ず、さりとてエンジェに残ることも出来なくて、半永久的に休暇というわけさ」

「そんな人が、どうして危険な北の試練に同行しようと思ったのですか?」

「決まってるだろ? もう一度エンジェに戻る為さ。セン王子、試練を乗り越えて王様になったら、俺をエンジェに戻してくれないか?」

 ヘラヘラとしていたクートは、この時だけは真剣は顔でセンに頭を下げた。

「うん、わかった! そういうことならお願いするよ」

 センはあっさりと了承して、クートと握手する。

「決まりだな」

 問題を起こした者とはいえ、エンジェの騎士が仲間になってくれるなら、それほどありがたいことはない。

 しかしカラルは、いきなりエンジェの騎士が仲間になったことを、あまりにも都合が良いと感じていた。

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