優しい王様の物語

春とんぼ

第1話 センの決意

――その時、ボクを守ってくれたのは大剣を持った騎士だった。でも彼が本当に守りたかったのは……。



 剣と魔法、そしてモンスターが跳梁跋扈する大陸アメルディア。その東に位置する大国ソーカサスは四方を神獣に守られ、また、軍事、農業、工業も盛んで豊かな国であった。

 しかし、外敵に強い大国は、長きに渡る平和の時を経て、内部の腐敗によって混乱に陥る。剛王と呼ばれた力強き王ハルは、暗殺によってその命を失ったのだ。


 暗殺されたハル王に代わり、その父、老王カサが復権する。王となる資格を持った者がカサ王しかいなかったからだ。

 カサ王は穏やかな賢者であったが、年老いて一度は隠居した身。それ故、早く次の若い王が求められていた。王の候補者はまだ幼い者が多かったが、カサ王は仕方なく王位継承試練の開催を宣言した。


「ソド様、おめでとうございます!」

「ソド、おめでとう、よくやったな」

 父親の弟の子供、センにとっては従兄弟にあたるソドの祝賀パーティーが開かれていた。13歳の若さでありながら、王の試練の中でも2番目に難しいとされる西の試練をやり遂げて戻ってきたからだ。

「これで次の王はソド様で決まりね」

「何にしても新しい王位継承者が決まって安心だ」

 パーティーに参加している王族や貴族達は口々にそう言う。実際、他の王の候補者は、ソドより年下の子供ばかりだったから、みんな次の王が決まったと思っていたのだ。

 センはソドの姿を見ながら迷っていた。輝く金色の髪は肩より長く、美少年と言ってはばからない整った顔立ちをしているが、まだ11歳のセンの顔は幼さが残る。

 その美しい顔に迷いが浮かんでいる理由は、センが王になるには最も難しい北の試練を受けないといけないからだ。

「センにいちゃま~」

 そんなセンのもとへ、腹違いの弟ヒムが駆け寄って来た。まだ7歳。あどけない顔は女の子とよく間違われる。

「ヒム、一人で来たの?」

 抱きついてきたヒムの頭を撫でながらセンは訊いた。

「ううん、ママと一緒だよ~」

 そう言ってヒムは振り返ったので、センも目を向けた。そこには誰よりも派手な格好をしたヒムの母親が歩いてきていた。

 平民出身でありながら、ハル王の子を産んだリエラ。

 権力欲が強く、まだ7歳のヒムの試練参加に名乗りを上げている。そんなリエラに他の大人達は近づこうとせず、ヒソヒソと陰口をたたく。

「まあ、平民出の女が……」

「まだ7歳の子供に試練を受けさせるつもりらしいわよ」

「これだから平民は……」

 そんな言葉を気にした様子もなく堂々と歩いてくる。そして、センを見下ろす所までやってきた。

「セン王子、ごきげんよう。ヒムに何かよからぬことでも吹き込んでいるのかしら?」

 正妻の子であるセンに、敵意をむき出しにしてリエラは言った。

「そんなこと、ボクは言いませんよ」

 しっかりとした口調でセンは答える。

「あら失礼。ヒムに王の試練を受けるなとでも言っているのかと思いましたので」

「……」

「さあヒム、陛下にご挨拶に行くわよ」

「うん!」

 ヒムはニコニコしながら母親についていく。その姿を見て、センは覚悟を決めるのだった。


「おじい……陛下、ボク……私は北の試練を受けようと思います」

 四人の白衣の騎士に守られた国王のもとへやってきて、センは祖父であるカサ王に言った。

「センや、何も北に行かずとも……」

 王の候補者の中でも一番期待し、可愛がっていたセンの言葉に、カサ王は困惑した。王の試練は過酷を極め、毎回、挑戦する王族から何人もの死者を出している。

 中でも北の試練は最も過酷で、カサ王の父でセンの曾祖父である猛王ドルの他、ソーカサス最初の王ジオの二人しか成功した者はいない。多くの王候補者が途中で命を落とし、猛王ドルでさえ、その片腕を犠牲にしてやっと試練を乗り越えたのだ。


 王の試練とは。

 ソーカサスの東西南北四カ所にいる神獣、そのどれか一つへ赴き、その神獣に認められることで外敵に対して保護が受けられる契約を交わすことだ。途中には強力なモンスターが数多く存在し、また、神獣の住む場所には崖や毒ガスなど、危険が渦巻いている。

 しかし、その試練を受けることは、この国が始まった時に始王ジオが神獣を束ねる北の神獣と交わした約束だった。そして、これこそがソーカサスが発展した理由であり、大国ソーカサスの王となる資格なのである。


「すでにソド兄様が西の試練を終えています。私が王になるには、北の試練を成功させるしか方法がありません」

「それはそうじゃが……」

 カサ王は孫の決意の籠もった言葉に、眉をしかめる。

 現国王の宣言により、新たな王の試練は始まる。王の試練は上位の候補者を優先して、試練を受けるか受けないか、受ける場合は東西南北どの試練を受けるかを決めることが出来る。センやソドは上位候補者であり、妾の子であるヒムは下位の候補者だった。

 王位継承権は、より難易度の高い試練を、より先にクリアーした者が優先される。ソドがすでに西の試練をクリアーしているので、難易度の低い東や南の試練や、先にクリアーされている西の試練では、王位継承権はソドの次になる。次の王になるには、より難易度の高い北の試練をクリアーするしかないのだ。

 そして今回の王の試練は、ハル王が暗殺されたことで、まだ子供の候補者が多かった。その為、試練を辞退する者が多く、ソドが西の試練をクリアーした時点で、上位候補者で残っているのはセンだけになった。だから、センが辞退すれば、挑戦権は下位の候補者に移るのだ。


「どうじゃ? ワシの権限で、お前を宰相にしてやってもよいのじゃぞ?」

 カサ王はセンに試練で死なれるより、その方が良いと思った。北の試練はそれほど難しい。何人もの候補者が一発で次の王になれる北の試練に挑んでいるが、そのほとんどは帰らぬ者になっているのだ。

 センは暗殺されたハル王の子で、最も血筋の正しい王子だ。一度王位をハル王に譲った時、早くに亡くなった母親ライラと、猛々しい父親のハル王に代わり、カサ王はよくセンの面倒をみており、センも祖父であるカサに懐いていた。

 小さな頃から聡明で優しいセンを、祖父であるカサ王も大変可愛がっており、やがて王になることを最も期待していた。そんなセンを心配してのカサ王の言葉に、センは首を横に振る。

「私が北に行かねば、ヒムが北の試練に挑むことになります」

 それが、センの決意が変わらない理由だった。

 亡き父母から次期王を期待されていたし、セン自身も幼い頃から王を目指してはいた。だが、ソドも優秀な人物で、センもソドが王になることや、自分が王の補佐になることに不満があるわけではなかった。

 しかし、センが試練を辞退すれば、挑戦権は下位候補者に移り、権力欲の強いリエラは無理と解っていても、まだ7歳の息子ヒムに北の試練を挑戦させるだろう。それは無駄に死にに行くようなものだ。強い大人の助けがあれば、まだ可能性はあるが、平民の血を引くヒムに味方する大人はいなかった。

 いや、子供の中でも唯一はセンだけがヒムと仲良くしていたのだ。センはそんな危険な試練にヒムを受けさせたくはなかった。その為には自分が北の試練をクリアーして、王位継承の試練を終わらせるしかなかった。


「そうか……お前は優しい子じゃのう」

 カサ王は一歩、センに近づく。

「陛下」

 それを白衣の騎士が止めた。白衣の騎士は軍事大国でもあるソーカサスでも最強のエンジェ騎士団で、王の護衛をしている騎士だった。

 一人で小国の騎士団に匹敵すると言われているほど強く、剣だけでなく魔法も一流の魔法騎士で、今も王の体を防御魔法で包んでおり、暗殺から王の体を守っている。

 ソーカサスの王は、試練を越えた者なので、誰もがそれ相応に武の実力を持っている。特にハル王は剣の腕だけならエンジェの騎士に並ぶほど強かったが、その油断が暗殺される隙を作ってしまったのだ。

 ハル王が暗殺されてからは、常に四人のエンジェの騎士がカサ王を鉄壁の防御で守っていた。

「孫を抱きしめるだけじゃ」

 カサ王はそう言ってエンジェの騎士を下がらせると、センの体を抱きしめた。

「お前は優秀な子じゃ。必ず試練を超えられる」

「ありがとうございます……おじいさま」

 センは暖かい祖父の腕に抱かれ、そっとつぶやいた。

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