偽装の心理18

鳴海は腕時計を見た。午後二時を少し回った頃だった。


「河合、前原百合加さんに連絡をとってみてくれ。


  自宅に行っても、そこに居なかったら意味が無いからな」


前原百合加の住所がある練馬区まで、


 3区をまたぐ距離だ。わざわざ行って、留守だったでは話にならない。




鳴海にそう言われて、河合はメモ帳とスマホを取り出し、


液晶画面に指を当てた。そこで、氷山遊が口を挟んだ。




「私が電話するわ」


河合は少し驚いて、鳴海徹也と氷山遊の顔を交互に伺った。




氷山遊がどういうつもりでそう言ったのかはわからないが、


何かしら理由があるのだろうと鳴海は思った。


これまで彼女と行動を共にしてきて、


氷山遊が無意味なことをすることは、考えられないと感じていたからだ。


鳴海は仕方なさそうに、河合に向かってうなづいて見せた。




河合は氷山遊にメモ帳を手渡した。


彼女はスマホを手にして、前原百合加の電話番号をタップした。




彼女は歩道を歩いて、鳴海と河合から数歩離れ、背中を向けた。


相手が出たのか、氷山遊が話し始める。


彼女は口元を右手で隠し、鳴海たちには届かないほど、


声をひそめている様子を見て、鳴海は怪訝に思った。


まるで自分たちに、会話の内容を聞かせたくないようにしか見えない。




しばらくして、氷山遊はスマホをコートの内ポケットにしまいながら、


鳴海たちに振り向いて言った。




「百合加さん、自宅のアパートにいるらしいわ。


  私たちを待ってますって」


鳴海はうなづくと、幹線道路に向けて手を挙げ、タクシーを拾った。


三人を乗せたタクシーは、前原百合加の住んでいる、


練馬区江古田のアパートを目指して、西へ向けて走っていた。


いつものようにナビゲートシートには河合聡史、


後部座席には鳴海徹也と氷山遊が座っている。




鳴海の隣りにいる氷山遊の横顔を横目で見たが、


無表情のまま正面を見据えている彼女の表情からは


何もうかがい知ることはできなかった。


そんな中、鳴海はおもむろに口を開いた。




「前原百合加と何やら話していたようだが、彼女から何か聞いたのか?」


鳴海は世間話をするような、何気ない口調で言った。


少しの間を空けて、氷山遊は答えた。




「そのことなんだけど、百合加さんとは私にだけ話させてほしいの」


鳴海は氷山遊の言葉の意味が、咄嗟にわからなかった。




「どういう意味だ?」


鳴海は怪訝な表情を禁じえなかった。




「言葉通りの意味よ」




「しかしだな。彼女は今回の事件の重要参考人だ。


  我々が事情を聞かないわけにはいかないだろう」


憮然とした口調を崩せない鳴海に向かって、


氷山遊は強い決意さえうかがわせる、有無を言わせない語調で反論した。




「鳴海さんたちが行ったところで、百合加さんは何も答えないと思う」


鳴海は大きくため息をついた。




だったら前原百合加は、氷山遊だけには話すというのか?


それはなぜだ?先ほどの電話で、彼女たちはどんなやり取りをしたというのだ?


鳴海には、皆目見当がつかなかった。




タクシーは1時間弱ほどして、前原百合加の住むアパートに着いた。


三人はタクシーを降りて、そのアパートを見上げた。


それは白に近いクリーム色でモルタル2階建ての、


築年数もそれほど経っていない、瀟洒な建物だった。




前原百合加の部屋は、2階の角部屋だ。




「鳴海さんたちは、ここで待ってって」


氷山遊は鳴海と河合に、そう言い残すと2階へと続く階段を昇って行った。


階段を昇りきると、氷山遊は角部屋へ向かう。


インターホンを鳴らすと、ドアが開いた。


小柄な女性の人影が、階下の鳴海たちにも見えた。


氷山遊は中に入るとドアを閉めた。


いつまで待てばわからない中、男二人で寒空の下にいるのもつらいと思いながら、


鳴海は辺りを見回した。




すると視界の端に、一軒の古びた喫茶店が入った。


道路を挟んで、はす向かいにそれは建っていた。


「ユングの娘がいつ姿を現すとは限らない。オレたちもどこかで待機しようぜ。


  こんなに寒くちゃかなわん」


鳴海はそういうが早いか、国道を渡ってその喫茶店へと急ぎ足で歩を進めた。


彼の後を、あわてて河合が後を追った。

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