三章 真実へ辿り着く前に
第40話 心に火を点けて
「ちょっと待ちなっ!」
アタシは生きる気力を失ったようによろめき歩くあいつに向かって、さながらラグビー選手がするタックルのように、後ろから勢い良く覆いかぶさった。
「・・・」
何の抵抗、言葉にしろ体にしろ、何もすることなくこいつはアタシに乗られる。言葉をかけたところで、どうせ止まりはしないだろうと思って、しかも、このまま何もしなかったらきっとどこかに消えてしまうと思って、アタシは反射的に体を動かしていた。
「あのねぇ、急にアタシのところを並々ならぬ様子で訪ねて、にも関わらずとんぼ返りって、そんなのほっとけるわけないでしょ」
悪いけど、アタシはドラマみたいな空気の読める女じゃない。待って!、だけ言って、はぁ、とため息をついて結局は男を追いかけないみたいな、そんな器用なことはできない。まぁ、あれが器用なのか、それとも意気地なしなのか、そこらへんの判断は人にもよるだろうけどね。
「ほら、もう夜だし、今日はウチに泊まっていきな」
アタシは立ち上がって埃を払いながら、こいつを勧誘する。
「・・・」
・・・何も言わないし、ていうか動かないし。地面にうつぶせで伏せたまま、ぴくりともしない。
「・・・ほら、こんなとこでそんなことしてたら、風邪ひくって」
「・・・」
イラッ。
「だー!!もう、いいからさっさと来なさいよ、面倒くさいねぇ、ホント!」
アタシは黙ったままのこいつに業を煮やして、腕を掴んでずるずると引っ張る。相手が子供ならまだしも、まぁまぁな大人を引っ張るなんてアタシ始めてだよ、ったく・・・。しかも、これまたなんにも言わないし。はぁ、何があったか知らないけど、とりあえずここが人目のつかない場所で良かった。人通りが多かったら変な目で見られるしね、絶対。
「さ、て、と・・・」
アタシの家に強制送還して、床に座らせた。人形みたいに体に力が入っておらず、目もうつろ・・・。こんな状態のこいつ放ってたら、何しでかすか分かんないよ、ホント。それにしても、よくもまぁアタシも家まで運べたねぇ・・・。大した距離じゃないけど、全身脱力して手助けがない男を・・・。ん~、今はこの腕力役に立ったけど、これ女子的にはアウトな気がする・・・。アタシ、もうちょっと華奢にふるまいたいんだよねぇ・・・。
閑話休題。で、どうしたものか・・・。
「ほら、いいから話してみな、アタシに用があったんだろ?」
「・・・」
聞こえてんの、こいつぅ・・・?さっきからぴくりとも動かないんだけど。下手したら瞬きもしてないし。
「・・・仕方ない・・・」
アタシは一旦こいつから目を離して、薬品やら書物やらがいろいろとごちゃごちゃ置いてある棚へと足を向ける。こいつの黙りがアタシを遠ざけるための作戦で、アタシの監視から逃れた隙に外へ出るって可能性も、宝くじが当選するくらいの確率で、ないこともないけど、残念ながら鍵は閉めてしまったので、出られない、というわけ。
「どこやったかなぁ・・・」
まぁ、あいつが動く音なんて微塵もしないから、何もする気はないんだろうけどね。アタシは記憶を辿りながら、がさごそと目当てのモノを物色する。
「・・・お、あった、あった」
「ほらほら、いい加減動きなさいってば」
「・・・」
「知らないよ、これから何されても」
「・・・」
確認はしたからね~?ふっふっふっ・・・。
「ぅ熱っ!!!」
「あ、やっと動いた」
「え・・・?」
目を点にしてこっち眺めなさんなよ・・・。
「動かないアンタが悪いんだからね?」
「っつ・・・」
何を・・・、って当たり前の質問をしてきたから、アタシもさも当然な感じで、火を付けただけ、って言ってやった。
「火、って・・・。直接、肌にか・・・?」
「なわけないでしょ」
こいつ、冷静さまで失ってんのかい?
「フラッシュコットンだよ、知ってるだろ?マジシャンとかが使う、白い綿みたいなやつ」
それを動かないアンタの腕にのせて着火しただけ。アタシが解説をすると、ほぼ肌に直だろ・・・、という若干冷ややかな目で返答が帰ってきた。まぁ、言われればそうか?
「だってアンタ死んだみたいに止まったままだったから、これくらいしないと、と思って」
「・・・何か他に試した上でのそれか・・・?」
「いや、初っ端がこれ」
もっと他にあるだろ・・・、と嘆くようにこいつは言う。よっぽど熱かったのかねぇ・・・。
「アンタ煙草は吸うんだから、火には慣れっこでしょ」
「そういう問題じゃ・・・」
「ま、何回も言うけど、悪いのは
「・・・そうだな・・・」
悪かった、とこいつが言って、ようやく本題に入る。
「・・・消えた、ね・・・」
アタシはこいつに隅から隅まで、一字一句漏れの無い説明を求めた。さすがに観念したのか、こいつも渋々とは言え、話してくれた。どうやら、琴音、っていう人が目の前で消えたらしい。文字通り、ぱっと。そこで、こいつの事情を知っていて、そういったSF的な研究をしているアタシの所へ泣きついてきた、ということだった。ただ、問題なのが、琴音、っていう人、の、“っていう人”の部分。そう、アタシは知らないのだ、琴音が一体誰なのか。どう頑張って記憶の糸を紡いでも、まったく繋がらない、聞いたこともない名前。それがこいつにとって、信じられないことらしい。この一年間、アタシとその琴音は、友達として日々を過ごした仲らしいから。
「参ったねぇ・・・。アタシ、これでも記憶力には割と自信ある方なんだけど・・・」
何だかモヤモヤする。アタシが知っているべき人間を覚えてない、っていうのが。
「となると、考えられるのは・・・」
琴音の存在が消滅したことで、彼女に関する一切の記憶が消えた。この調子だと、アタシ以外の人間も忘れている、って考えた方が自然ね。そして、琴音と繋がりの深かった、ていうのが理由かは分からないけれど、ともかく唯一こいつだけは琴音のことをはっきり覚えている、っていうありがちなSFパターン、ってとこだろうね・・・。
「で、アンタはアタシにこの状況の打開策を求めた、ってわけでしょ?」
「いや、お前を巻き込むわけには・・・」
「ないことないよ、その策」
アタシはこいつが返事を言い終わる前に言葉を重ねる。どうせ否定的なことを言うって分かってたから、内容を聞かずにかぶせてやった。何が、巻き込むわけには、だか。ここに来た時点で、もう巻き込んでんでしょうが。
「・・・ほんとう、か・・・?」
ん、やっと生きた目をしたね。ここでアタシが、いや、やっぱり嘘です、なんて言ったら今度こそ立ち直れないかもしれないねぇ、こいつ・・・。ま、限りなく
0に近くはあるけど、嘘じゃないし。
「いや、だが・・・」
「はぁ」
まだ何か言うの?アタシは呆れながら言う。アンタさぁ、ほんっと、前から、前々から、変わらないのね。
「この世界のアンタも、前の世界のアンタも、もう少し人に頼んなよ」
必死な形相でここに来たアンタを見たとき、頼ってくれるって直感して、実は嬉しいアタシだった。
「アタシだって・・・」
どてっ。んっ!?アタシはびっくりして後ろを振り向く。そこそこ大きな音が家中に響いた。
「あ・・・」
地下への階段の入口に、ばたんと倒れている女性が一人。アタシはそれを見て、思い出したように、というか、思い出して声をあげる。
「か、楓・・・?」
こいつがびっくりして名前を呼ぶ。そうだ、すっかり忘れてた。楓の奴、今日ここにいるんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます