第38話 その想いは届かない

「・・・楽しかったですか?」

私が聞くと、彼は、ん、もう終わりか?って少し残念そうにしました。何です、嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。


「あれ~、もしかして、まだまだ私とイチャイチャしたい、ってことですかぁ?」

私は敢えて声をはって、からかうように言いました。


ん~、その言い方は語弊がある気もするが、まぁ、そういうことかな。

お前と、まだ一緒にいたい。


「へっ」

ちょ、や、止めてください、そんなまっすぐな目で、そんなこと言わないでくださいよ・・・。私の顔が、かーっと赤くなる。幸いにも、夕陽で分からないでしょうか。


「じゃ、じゃあ、手でも、繋ぎません・・・?」

ん?彼は不思議そうな声を出しました。手なら繋いでいただろう?と、当然の答えが帰ってきます。

「そ、その、恋人繋ぎで・・・」

恋人繋ぎっていう名詞が広辞苑に載っているとも思えませんし、十人いたら十人が恋人繋ぎがどういった行動をとるのかどうか、はっきり把握しているとも知りませんが、彼がちょっと照れた表情をしたことから、どうやら彼は分かっているみたいでした。


・・・ほら。


ここは男がリードするべきと思ったのか、彼は左手を差し出します。私はその手にそっと右手を重ねて、指を交じ合わせます。

「・・・!」

ほんのちょっとしたことしか変わっていないはずなのに、まるで別物のように、それは魅力あるものでした。ぎゅって握られた瞬間、何だか変な声が出そうになるくらい。

「少し、歩きましょうか」


心臓が高鳴ります。どくん、って。もしかしたら、手を通して彼にも届いているんじゃないか、って思うくらい、どきどきしていました。今日は朝から一日中、ずっと一緒にいたのに、それでもまだこんなにどきどきできるだなんて、何だか、私も乙女だったのかな、って実感できます。


歩いている途中、・・・そういえば・・・、と、彼が何か言おうとして、あ、いや、何でもない、と何かしまったと思ったように慌てて口を閉じました。今日の私、いや、今の私は、自分で言うのも何ですけれど、乙女モードに入っているので、勘が鋭くって、彼が何を言おうとしたか、ばっちり把握できました。まぁ、ただのこじつけ、って可能性は、もちろんあるんですけどね。

「・・・そうなんですか・・・」

私は小さな小さな声でぼそっと言います。手を繋いでいなかったら、スキップでもしたいくらいに喜びながら。


そういえば、千尋とはこんな手の繋ぎ方、しなかったな。


って、彼は言いたかったんじゃないでしょうか。そう思うと、私は嬉しくてたまりませんでした。だって、彼女に始めて、勝てた気がしたんですから。


「・・・ねぇ」

もう、駄目でした。千尋さんに勝てた、って思うと、心の抑えが取れちゃって。


「・・・私と一緒にいて、楽しかった・・・?」

私は聞いた。さっきした質問だけれど、きちんとした返事がもらえなかったから。


・・・ああ、本当に楽しかったよ。


彼は優しく笑いながら言った。そう、良かった。私は心から言った。相変わらず、絶妙だな、と彼は加えた。何のことか、最初は分からなかった。


聞きたかったんだけど、やっぱりそれは、分かっててやっているのか?


それ?さっき勘が鋭いとか言っておきながら、全然ピンと来ていない。その、敬語口調が変わるの、だよ。・・・ああ、と私はようやく理解する。


「分かってて、というか、勝手になっちゃうって感じで・・・」

私が敬語で話すのは、何故かと聞かれてもそういうものだから、しか言えないくらい浅いもので、ついでに、それが砕けた口調に変わるのも、絶対的な意識を持っているわけじゃない。周りの人から見れば、そのタイミングは実に絶妙で、私はズルイ女、っていうレッテルを貼っている人もいるみたい。でもね。

「でも、誰かれかまわずなるわけじゃないよ」

あなたみたいな人の前だけだよ。ふふ、私が言ったこと、あんまりピンと来てないみたい。これも、彼らしいや。


「じゃあ、私も聞いていい?」

ああ、彼はためらわず言った。

「何であの時、泣いてたの?」

あの時、私が膝枕をしてもらったとき。


何だ、寝てたんじゃないのか?

へへ、実は起きてたんだ。

まいったな、気が付かなかったよ。


私たちはお互いに分かっていて、こういうやりとりをした。その後、彼の口からでた言葉は、私の簡単に絡め取った。


・・・嬉しくてな。

お前といっしょに、生きていられて。お前が、生きていてくれて。


「・・・はへ・・・?」

ちょ、あ、へ・・・?そ、そんな、そんなに・・・?あ、ヤバ、顔、熱い、絶対・・・。頭、から、火、出てるんじゃ・・・?


うれし泣きって、やつさ。私に心臓を貫く程のインパクトを与えたくせに、彼は変わらずさらっとしていた。何だかそれが悔しかったので、な、なにそれ、気持ち悪いよ、って、心にもないことを言った。


ホントだよな、まったく。ははは、と彼は笑っていたけど、私はもうははは、なんて受け流されるものじゃない。


「そ、それって、告白みたいだよ!じゃ、じゃあ・・・」

収拾がつかなくなって、冷静さを失った私は、もう少し後でする予定だった質問が勝手に口から出ていた。いや、後でするというより、もしかしたらしなかったかもしれない質問だった。もし、否、って言われたら、きっと立ち直れないだろうから。


・・・ああ。お前の勝ちだ。


「・・・え・・・?」


・・・惚れてしまったよ、琴音。


「・・・!」


でも、そんな心配、杞憂に終わった。

・・・うそ。


「ま、まぁ、私にかかればこれくらい・・・」

やばい、まずい、どうしよう。

「朝飯前っていうか、楽勝ていうか・・・」

浮かび上がりそう、体が、ふわふわと、どこか飛んでいきそう。

「あ、あはは、ちょろいなぁ、もう・・・」

叫びたい、わーって。がんがん頭をぶつけたい、壁にでも。

「あ、あははははは・・・」

落ち着かない、顔真っ赤、耳真っ赤、絶対。


「嬉しすぎる・・・っ」

嬉しすぎる・・・っ。


ん、何て?

「ぅえっ!?あ、いやいや、何でもない!」

声に出てた・・・?あっぶな・・・。


ど、どうしよう!これってつまり、告白、されたってこと、だよね・・・。もう、普通こういうのは、告白した方がもっとどぎまぎするものだと思うのに、やっぱりやけにあっさりして・・・。今日のデートの目的は、私があなたを落とす、言わば、籠絡することだったのに、ミイラ取りがミイラというか・・・、あ、使い方違うか。急に頭撫でてきたり、頬を触ってきたり・・・。ドキドキさせられっぱなしだったよ、私の方が。今も含めて。


とはいえ、お前は僕と付き合う気はないんだよな。


・・・もう、鈍い・・・。付き合う気がない、って言ったのは私だけど、本当に何も思っていない子がデートになんか誘わないよ・・・。照れ隠し、っていうか、感情の裏返し、っていうか。このままじゃ、別の子にとられちゃうな・・・。


「あ、あの・・・」

言わなきゃ、私が・・・。

「あのね・・・」

本来、このデートの目的は、私が告白する口実をつくること・・・。

「そ、そのっ、実は・・・」

こうまで上手く行ったんだ、ここでいかなきゃいつ行くの・・・!

「え、えと、えっとね・・・」

ああ~、緊張する・・・。うぅ~。


落ち着けよ。


ぎゅっと、手の握りが強くなる。僕はどこにもいかないよ。落ち着く声が聞こえる。


「・・・うん」

そうだ、焦らなくていい。ゆっくりでいいんだ。



「私、あなたのこ」

よし、きっと今なら言















「・・・は・・・?」






「・・・こ、こと、え・・・?」






「・・・え・・・???」






「・・・こ、ことね、琴音・・・?」



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