第11話 約束
「何してるんですか?こんなところで」
涙を流し居たたまれなくなった僕は、近くの河川敷に腰を下ろす。もう夕方だというのに、楽しそうに遊んでいる子供たちが聞こえてきたからだった。しばらく眺めていようと、特に高校球児が大好きな大人みたいな理由があったわけではないが、僕は思い立った。どれくらい時間がたったかは分からないが、丁寧な口調の大人の女性が僕に話しかけてきた。
「琴音か」
彼女は電車の席に座るかのように、ためらいもなく僕の隣に座る。
「お久しぶりです」
そうか?そんなに日が開いた気もしない。さっき、健二に会ったぞ。僕は伝えた。そうなんですか!琴音は驚いた。やっぱり似ているよ、二人とも。僕は言った。
「若いですね」
琴音は子供たちを見ながら言った。
「きゃっきゃきゃっきゃと、楽しそうです」
はは、年より臭いですか?いや、僕もそう思う。そんなやり取りをする。もう僕たちは、子供ではいられない。昔を懐かしむ心は、どうしても出てくる。
「・・・良いのか?」
僕は左手に柔らかい温かみを感じた。琴音が僕の右手に手を重ねてきた。
「どきっとします?」
そしてそのままぎゅっと手を握ってくる。浮気か?僕は冗談で聞いた。違いますよ。琴音も笑いながら返す。
「不倫です」
・・・絶句した。全然笑えない。
「何てですね」
どうもこの子が言うと、冗談に聞こえないことがたびたびある。
「・・・大丈夫です」
声のトーンを少し変えて、琴音は話す。
「私たちがいますから。あなたは一人じゃありませんから」
少しだけ、手を握る力が強くなった。
「私だって、健二さんだって、いますから・・・。みんな、あなたの味方ですから・・・。だから・・・」
だから?僕は気になった。
「だから、そんなに切ない顔、しないで」
「・・・!」
僕は驚いた。楓に鼓舞されて、渚に出会って、健二と話して。僕は自分で、まだ完全に癒えては無いにしろ、前を向いて歩こうと心に決めたつもりだった。だから、切ない顔なんてしている自覚は、まるでなかった。
「・・・医者みたいだ」
本人すら気づかないことを、琴音は簡単に言う。
「違ったか?僕の顔。健二は何も言わなかったぞ?」
そりゃあ、女の子ですから。性別が異なる僕は、琴音の言わんとしていることが分からなかったが、女子特有のシンパシーとでも言えばいいのだろうか。
「・・・辛いです。あなたにそんな物悲しい顔されると」
彼女は手を握るに事足らず、ぴとっと僕の体に身を預け、顔を肩に乗せてきた。
「・・・浮気か?」
「不倫ですってば・・・」
僕はどきっとする。しかし、平常心を保とうと努力した。
「あなたは昔から、一人で背負い過ぎです・・・。ちょっとくらい、頼ってもいいんですよ?」
「・・・分からないよ」
他人の嗜好も趣味も、分からないものは永久に分からない。僕は自分のことなんて、まるで分からない。
「背負い過ぎなんて、自覚ないから」
「・・・ほんと、お人好しですね」
「褒めてるのか?」
「さぁ、どうでしょう」
ったく・・・。女子っていう生き物は、男を振り回すものなのかと、僕は思った。
「・・・結婚、するんだってな」
「はい」
琴音と健二は高校からの同級生。いっしょの大学を出て、すぐに結婚。世間から見れば、順風満帆のボートに乗っているってところだろう。
「あ、そうだ!」
琴音は僕から離れて、ぱんと手を叩く。
「結婚式のスピーチ、頼まれてくれませんか?」
「は?」
僕は問題を読まれた瞬間に早押すクイズ王ばりに、すぐさま返事をした。
「私も健二さんも、あなたになら文句ありませんし!」
「却下だ」
「えぇ~?」
どうしてそこまで二つ返事をもらえると思っていたのに、というリアクションができるのかさっぱりだが、当然ながら僕は断る。
「何でですか!」
「いや、分かるだろ・・・」
「分かりません!」
どこに傷心した奴にスピーチを読ませる奴がいるんだか。昔から、琴音のハンマー投げの精神は変わらない。まぁ、恐らくはそこも魅力の一つなのだろうが。
「もう、融通が利きませんね~」
「はぁ・・・」
溜息はついた。でも、何だか楽しい。
「僕は口下手だし、向いていないよ」
「大事なのは技術じゃありません!気持ちですよ!」
「でも、健二がお前に渡す結婚指輪を手作りで作ってきたら?」
「ぶん殴ります」
「ほら」
お金には敵いませんから!琴音はそんなことを平気で言う。そんな折、僕はふと思い立つ。
「・・・分かったよ」
「え、ホントですか!?」
「違う違う・・・」
スピーチはしないが、今ここで祝辞を送ってやる。僕は言った。
「う~ん、まぁいいです。照れ屋さんですね~」
スピーチはしたくないが、祝いを申したいのは本当だった。
「健二も琴音もしっかりしているが、二人ともふとしたときに慌てふためくからな」
「え~、私もですか?」
「似た者どおしってことだよ。そんなときは、お互いで支え合えばいい」
「お互い?」
「ああ、健二が困ったらお前が支えてやれ。お前が困ったら健二は支えるから」
「やけに自信ありますね?」
「健二はそういう奴だ。だろ?」
「ええ、まぁ・・・」
「お前らなら大丈夫だ。末永く幸せにな」
「むぅ、無難すぎてつまりません!」
「言うなぁ。じゃあ、僕からのお願いを一つ」
「お願い?何ですか?」
「僕よりも、長生きしてくれ」
「・・・え」
「もう、僕の大切な人が死ぬのは、見たくないんだよ」
「・・・」
逐一反応を返していた琴音の口が止まる。
「・・・幸せにな、琴音。おめでとう」
「・・・はい」
僕は心の中で、小さなガッツポーズをとる。
泣かせてやったぜ、って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます