第29話

 フーショウはきつく縛り上げた肩の傷口をなでさすった。

 手当をしたのはシェングだった。

 丹念にこすり落とした垢のしたからあらわれたのは、肌の白い母親によくにた美しい若者だった。

「おれはずっとあんたに云いたかったんだ。母が死んでから、ずっとあんたがおれの支えだった。おれはずいぶんひどいことをしたと思う。それなのにあんたはとても優しげに笑うんだねぇ……」

 かれは一言一言ためらいながらつぶやいた。

「あれ以外に、おれはあんたが一番大事なんだって、あんたに教えてあげることができなかったんだ。おれはあんたが好きなんだ……あんたを守ってやりたいよ……」

 かれは彼女の手を取り、真剣なまなざしで彼女の瞳を見つめた。

 彼女は何も云わず、うっすらと笑みを含んだままだった。ひとつの考えが、すでに彼女の頭のなかで形作られていた。

 かれは片腕で彼女を抱きすくめた。

 何度も熱い吐息を漏らして、彼女に自分の思いのたけを云いつのった。

 彼女はあらがわなかった。

 かれの手が髪をまさぐっても、金の帯がとかれ、その手がわきを擦り抜け、背中にまわり、腰を愛撫しても、彼女はただ笑っていた。

 はじめてフーショウとの人間らしい交わりを終えて、シェングはささやいた。

「フーショウ……あなたの腕を喰らった竜を殺してしまって」

 かれはその言葉に耳を傾け、黙ってうなずいた。

「竜は東からきたのよ……とても大きい都を占領して、人をむさぼり食っているの」

 彼女はそれきり口をつぐんだ。

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