#94 なかなおり
その場の雰囲気が凍りつく。
オウギワシさんとエジプトガンさんが、『あちゃー…』とでも言うかのように、呆れた様子で頭を抱えた。
「お前ら、キジにどんだけ気を遣わせたか分かってんのか?! お前らの仲がギスギスしてるから、みーんな気遣ってたんだよ! 喧嘩してるかしてないかなんてのはお前らの勝手だけどさ、ちょっと協力する素振りくらい見せてくれよ!」
キュウシュウフクロウさんは、止まらず怒鳴り続ける。
が、言っていることは当てずっぽうではなく、ちゃんと筋が通っているように感じた。彼女もきっと、キジさんの気持ちを察していたのだろう。
「ここまでやって来て! フーカにも協力してもらってやってきたのに!! お前らは自己中すぎる!!!」
2人の顔は上がらない。
「カントクと脚本がそんなんじゃ、どうしようもないだろ!! いくらセルリアンが悪くたって、周りの気遣いくらいしろよ!! リーダーがそんなんでどうすんだ!!」
キュウシュウフクロウさんはそう言い切ると、息を切らし始めた。かなり必死だったのだろう。
そして呼吸が落ち着いた後、静かにこう言った。
「…私の仲間には、たくさんの『亜種』というものが存在するそうです。別の種類ではないけれど、少しだけ何かが違う……ヨシアキさんが教えてくれました」
良かった。元のキュウシュウフクロウさんに戻ったようだ。さっきからハラハラしていたオウギワシさんが、小さな溜め息をついていた。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩くなる。
キュウシュウフクロウさんは続けた。
「昔のカントクと脚本さんは、亜種のように見えました。2人は種類も違うんですけどね…。でも、種類と役職が違うだけで、性格も、考えていることも、とても似ていました」
監督と脚本家の、2人を交互に見ながら。
やがて、2人の顔がゆっくりと上がった。
「私は、昔の2人がとっても好きです。でも、2人の関係を決めるのは2人です」
真顔で話を続ける。
「でも2人も、昔の2人に戻ることを望んでいるのではないでしょうか?」
泣き止んだキジさんが、ライチョウさんに支えられながらキュウシュウフクロウさんを見つめていた。
「私は演技が大好きです。色々な設定で演技をしていますが、それは私なりに素直に演技がしたいからです」
強い風が吹いた。
「もっと素直になってはいかがでしょう?」
過去のことは忘れて。
また、1からやり直せば良いのではないか?
私はそう思っていたが、多分、メンバー達も、本人達も、同じことを望んでいたのだろう。
それでも、一度相手を傷つけてしまった事実は戻せない。きっと、その気まずさが引きずられて、今のような微妙な状態になってしまったのだ。
あとは、2人自身の判断に任せるしかない。
そう思って口を挟まないでいたのだが、すっかり泣き止んだ様子のキジさんが、突然2人の間に出てきた。
「?」
メンバー達は首を傾げる。
「来て来て!!」
キジさんは、2人を自分の方向に手招きした。
2人は、されるがままにゆっくりと距離を縮める。
お互いがしっかりと向き合うと、キジさんは2人の片手を掴み、強引に握手させた。
「え…」
2人は動揺する。
ちらちらと、相手の表情を伺いながら。
その焦燥感を打ち消すように、キジさんはくったくなく笑い、
「はい、仲直り!」
と言うや否や、2人の腕を掴んでいた手をそっと離した。
やがて、2人が目を合わせた。
やけに新鮮な物を見たような表情をしている。
きちんと目を合わせたことすら、久しぶりなのかもしれない。
「…私は……」
先に口を開いたのは、ヘビクイワシさんだった。
「私はまだ、トキイロコンドル君を信じています。いえ、信じていなかった時など一度もありません。あれだけ努力して、2人で演劇を作り上げてきたのです」
「……」
「皆からの信頼を失ったのは私です。ですが…」
まっすぐ、脚本家を見ながら。
「できることなら、また信頼してほしい」
太陽が沈み始め、空がオレンジ色に染まった。
「私は、脚本家を信じております」
「………」
朱色の雲を仰ぎながら、トキイロコンドルさんは小さな溜め息をついた。
そして、口を開く。
「…『いつ辞めても良かった』と言ったのは、私のくだらない嘘だ。私だって、まだまだ脚本を書きたい」
ヘビクイワシさんが、小さな笑みを見せた。
それに続いて、トキイロコンドルさんも口角を上げる。
「アスカがいた頃の演劇を、また一緒に作ろう」
「…はい」
瞬間、メンバー達が歓声を上げた。
固い握手を交わす2人のバックには、大きな夕日が炎のように燃えていた。
結局、物語は今までと同じ内容を続けることになった。が、再び入ったディアトリマさんとヒメクビワカモメさんのために、いくらか台詞を書き直すらしい。
ひとまず、これで本当に一件落着した。
ヘビクイワシさんが、過去にセルリアンにどんな風に脅されたのかが気がかりだが、ここで気にしてもグループの雰囲気をまた悪くしてしまうだけだろう。
過去のことは全て忘れて、また明るい雰囲気でやろうと頑張っているのだ。邪魔する訳には行かない。
…さて、私は次の仕事を任されるために、博士の元へ向かうとしよう。
きっと今のグループに、私は必要ない。
楽しそうに討論を始めたメンバー達に見送られ、私はステージ前を後にした。
ヘビクイワシさんに、「新しいものが完成したら、また見に来てほしいです」と頼まれたので、楽しみにしてるね、と返した。
ふぅ。これで大きな仕事が一つ片付いた。
さーて、次はどんな仕事を押し付けられるのかなー……、と思いつつも、博士の元へと歩き始める。
日が暮れ始めているというのに、フレンズ達は準備を続けていた。テントや椅子が増え、広場は日に日に活気づいてきている。
みんな一生懸命だなぁ…。
それに、生き生きとした表情で準備をしている。嫌々動いているフレンズは一人もおらず、誰もが笑顔で声をかけ合っていた。
「…あ」
ここで、強引に忘れていた記憶が、何故かフラッシュバックした。
思わず、その場で立ち止まる。
アリツカゲラさんのログハウスに泊まっていた最中に、スマホを落として外へ探しに行ったあの時。
スマホを拾ってくれた元ガイドを名乗る男性が、私に言ってきたあの話。
彼の一言一言は、私の精神に重くのしかかってきた。
あと1ヶ月。
フェスティバルが終わった瞬間に、
パークが、フレンズが、
この世からいなくなる。
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