第6話 呪いのサイト 2

 長谷は髪を束ねるのがあまり好きではない。だがきちんと髪を留め、身なりを整えてそこにいた。

 湯呑みの湯気は揺らぎ、緑茶は意味もなくその水面を波立たせた。


 しゃくり上げて夫の死を嘆く妻と、呆然として受け入れられない長男。次男は行き場のない感情に押し潰されそうになっていた。



「この度は、お悔やみ申し上げます」



 長谷が頭を下げた。



「お悔やみなんていらねぇんだよ……っ!!」



 次男はテーブルを叩き、身を乗り出した。

「何で親父が死ななきゃいけねぇんだよ! お前らケーサツが犯人野放しにしてっからこんな事になってんだろ! 悲しむふりとかすんじゃねぇよ! このっ税金泥棒が!」

「止めろ令仁れいじ! 失礼だろ!」

「だってそうだろ! こんな形で親父が、こんなっ……くそっ!」

 長谷は暗い瞳で次男の怒りを受け止めた。

 長男が次男を諌め、長谷に謝罪するが、長谷は構いません、と首を振った。


 事件を追い、遺族に会い、解決して遺族に報告すればまた事件を追う。何度も繰り返し、何度も見てきた様々な心情だ。


 それが自分の責任であれなかれ、果たすべき義務を果たせなかった負い目はある。


「事件当日、旦那さんに変わった様子はありませんでしたか?」

 奥さんは顔も上げられず、すすり泣きながら首を横に振った。

 長男から受け取ったティッシュで鼻をかみ、またハンカチに口元を押し付ける。

「うぅっ……、いつも通り仕事に行って、よっ、夜にメールで、『旧友に会うから』と。……ひっく、そのまま、帰って来なくてぇ…………」

「そうですか。仕事には何時に行かれました?」

「朝の六時だよ! 棚卸たなおろしの準備があるからって、いつもより早く出かけたんだ」

「分かりました。では、最後に話したのはそのメールですね?」

「いえ、僕だと思います」


 奥さんと長男がメールの履歴を長谷に見せた。奥さんのメールは夜七時過ぎで、長男のメールは日付が変わった後に『もうしばらくしたら帰るから鍵閉めないで』と残っていた。

「なぜ奥さんじゃないのかしら……」

 長谷が疑問を零すと、長男はちらりと本棚に目を向けた。本棚には名門大学の過去問題集や参考書が並べられていた。

 長谷は納得すると、メール画面の写真を撮り、内容を今一度確認して席を立った。

「ああ、最後に一つ」

 奥さんのお見送りを受け、長谷は思い出したように尋ねた。


「旦那さん、誰かに恨まれてませんでした?」


 奥さんはキョトンとしたが少し考えると、一人だけ、と言った。


「旧友の、青島あおじまさん」



 ***


 情報処理課に下駄が鳴る。電子煙管の尾を引いて、お菊は階段を下りた。

 付箋のURLをじっと見下ろし、ふぅと煙を吐く。


 が分かるとしたら二人。でも一人はアルフレッドの手伝いに駆り出されている。


「………じゃあ、あっちか」


 お菊は真っ直ぐ第一サイバー対策室に向かった。

 ドアの前まで近づくと、お菊はピタッと動きを止める。煙管をしまい、代わりに袖から短刀を引き抜いた。下駄が鳴らぬように足を滑らせ、ドアに耳を当てた。

 中からは空気が抜けるような音と、苦しそうに咳き込む咳き込む声。お菊が目線を下げると、ドアの隙間から白煙が這い出した。




「誰だっっっ!」




 袖で口元を覆い、ドアを蹴破った。白煙が廊下に溢れ出し、視界を遮ってくる。お菊は濁る室内に目を凝らした。

 隅の方で咳き込む声がした。カラカラと音がして、勢いよく風が入る。白煙が違う動きをした。



「そこかい!」



 お菊は短刀を鞘から抜くと素早く歪んだ煙の向こうへ投げつけた。




「うわぁぁあぁぁぁあぁ!!」




 絶叫が聞こえ、窓の外に煙が逃げていく。煙が薄まると、窓際でフードを壁に縫いとめられたむくろが腰を抜かしていた。


(狙いを外しんしたか……!)

 お菊は驚き、慌てて骸に駆け寄った。

 足にカランと空のスプレー缶が転がった。スプレー缶が転がっていくのを見守った後、お菊は自分の直感を確かめるように骸を睨んだ。

 骸はたじろぎ、目を泳がせたが、観念してへらりと笑うのだった。



 ***


 似たようなタイトルと広告の海。それを感で分け入り選択しては、収穫なしで戻ってくる。

 そしてまた別のサイトに手を伸ばしてはハズレを引いてため息をつく。


「ああもう、面倒臭いわね」


 サマンサは傍らのコーヒーを手に取ると、パソコンの画面を指で弾いた。

 上から下へと忙しなく目を動かし、関連性の高いものから低いものまで、表示されるサイト内をくまなく探すがURLのサイトの手がかりは無かった。


「全っ然見つかんないじゃないのよ!ネットのどこかにでも隠してるワケ!?」


 サマンサは画面に貼り付けたURLのメモを睨みつけた。しかし、どれほど睨みつけてもURLが喋ることもなければ、ネットの結果が変わる訳でもない。


 サマンサは舌打ちをしてまた検索の続きを進めるが、百以上にも及ぶタグの最後まで確認しても該当するサイトは見つからなかった。


「何よ! 何もないじゃない!」


 サマンサはコーヒーをテーブルに叩きつけて叫ぶが、何回やり直しても変化はない。

 該当はなし、だ。


 サマンサは悔しさのあまり唇を噛む。サイトなんて関係なくて、自分の推測ミスなのではとさえ考え始めていた。

 それでももう一度、ダメもとで検索し直した。

「私がミスするなんてありえないでしょ。馬鹿馬鹿しいわぁ」


 だがやはりURLのサイトは表示されない。

 なんの収穫もない結果にサマンサはソファーに寝転がった。

 パソコンに強いのに、情報入手が十八番おはこの諜報課主任が、どうしてこんなに手こずらなくてはならないのか。

「はぁ……、他の二人に収穫あったらそれ聞いて、そこから別の道を探そうかしら」


 サマンサが弱音を吐いた。

 その直後、下の階からお菊の怒り声が聞こえ、子供の叫び声も聞こえた。


 サマンサはお菊の声に顔をしかめた。

 下から聞こえるお菊の怒鳴り声にサマンサは段々と苛立ってくる。

 お菊の嫌味が、脳裏にチラついた。




『それがお前の実力か。ポンコツメリケン女』




 面と向かって言われた嫌味に奮起した。

 勢いよく起き上がり、パソコンに向かい合うと、サマンサは指を鳴らした。



「あの女のまがい物デカゴリラ! 本気出してあげるわよ。この名にかけて!」

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