きまぐれスケッチ
依田月日
スケッチ
旅に出よう。
ふっ、と思う。
それは例えば、遠方の親戚から届いた配達物の、瑞々しいりんごをその手に包んだとき。
私はそれに鼻をよせて、すんすん、と犬の様にその香を確かめた。
はしたない。
けれどもどうだい、ここに、私を責めるものはない。
疲れた洗濯機が、ガタガタうなって文句を言うくらいだ。
私を縛るものは、何もないのだ。
それは、とびきり愉快で、そうして、ちょっとだけ、さみしいことだった。
だから、旅に出よう、と思う。
私は例えば、あのりんごの生まれ故郷を訪ねてみたいと考えている。
その色を見、匂いを確かめ、手の平で撫でて楽しんで、最後には口に含んで咀しゃくした後には、私は想像するのだ。
これの実る様を。
農家の奥方の、ふっくらとして土の良い香りのする手に、宝石のように丁重に扱われている様子をイメージする度に、私はひどく心が踊るのだ。
自分が大切に、愛でるようにして食したものの価値が、肯定されたようで。
うれしくなって、しまう。
その美しく、牧歌的な風景が、そこにはあるのか。
それを確かめに行きたいのだ。
期待はずれだって構わない。
それもまた、一興だと笑ってしまいたかった。
旅に出よう。
スケッチブックを携えて。
その風景を、大切にしまっておくために。
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