第110話 心胆を寒からしめる作戦開始 その1

 プレハブの一室に撮影室が用意されており、俺達はその部屋に入った。


 目の前には大きなモニターと、三脚に建てられたカメラがセットされていた。映像は常に撮られており、カメラマンはいない。映像の切り替えは指令室でおこなわれる。

 指令室とのやり取りはヘッドセットを付けているので、問題なく大家さんの指示が聞こえて来る。

 後ろの壁はおどろおどろしい絵が書いてある。なんて言うのか中世の絵画のような、悪魔や、骸骨が描かれていた。見ているだけで肝が縮みあがるような絵だ。


 カメラの前にはなんか場違いな椅子が一脚置いてある。貴族が好んで座りそうな、絢爛な装飾を施された、背もたれがやけに高い豪奢な椅子。そんな仰々しい椅子に俺が座るのだ。

 エンデル達はカメラの映像の見切れる場所で待機し、俺が合図したら俺の横に立つという寸法だ。


『あー、テステス、要君聞こえるか?』

「はいはい、聞こえていますよ。ていうか、テストなんかしなくてもさっきから話していたでしょうに……」

『何事も場の雰囲気が大切なんだ。もしテストもしないで指示が聞こえていなかったらどうするんだ!』


 大家さんは些細なことを非常に気にするタイプらしい。

 そんなことを気にするぐらいなら、自分が引きこもりでいることを気にして欲しいものだが、言わないでおく。


「はい、こちらは全員定位置に付きました。いつでもいいですよ」

『よし分かった。もう少しで会場も落ち着くだろう。それを見計らって指示を出す。くれぐれも噛まないように練習しておくんだぞ』

「はいはい、カンペもちゃんとカメラの奥にあるんで大丈夫ですよ」


 カメラの後ろのモニターに、しっかりとカンペが映し出されている。

 だが、大部分が『アドリブで』となっているので、必要ない気もするが、タイムラインを追うのには有効なので文句は言わないでおく。


「エンデル大丈夫か?」

「はい、アキオさんもいるし、なんか楽しそうなので、目いっぱい頑張るのです!」


 横にいるエンデルに訊いたが、なんか大丈夫そうだ。

 反対側に立つエル姫さんを見ると、少し顔色がよろしくない。


「エル姫さん。緊張しているか?」

「ううっ、こういうことは初めてですので、上手くできるかどうか……」


 別にスケスケのローブのことを気にしているわけじゃなさそうだ。


「まあ気楽にいこう。大家さんの指示に従っていれば、多分大丈夫だから」

「は、はい、精一杯努力いたします……」


 どうも気負っているみたいだが、こういう時だけは能天気なエンデルを見習ってほしいもだ。でもまあ仕方がないだろう。多少は練習しているが、向こうの反応がある以上臨機応変に演じなければならなのだ。本番に向けて俺でも少し緊張しているぐらいだからね。


 モニターに映し出される帝国軍の基地では、飲み食いを始めてからしばらく経ち、兵士達はほろ酔い気分になってきた頃合いだ。

 下剤の効果も効いているようで、調子の悪そうな人も目立ってきた。うん上々な出来だな。

 さて、これから始まる俺達の一世一代の大演技でお漏らしすんじゃないぞ?

 そんな無駄なことを考えていると、大家さんの声が聞こえて来る。


『よし頃合いだ。みんな準備は良いな』


 その合図に関係者全員が了解した。


『では始めるぞ要君』

「はい、OKです!」


 大家さんは手順通り進めて行く。

 異世界側の準備は既に完璧に出来上がっている。帝国軍が基地を構築する前に何度もリハーサルしているので、機材の故障さえなければ問題ない筈だ。


『ミキサー、音響、映像、準備は良いな。──それではミュージックスタート!』


 大家さんの合図でいよいよ作戦が始まった。

 音楽が流れ、徐々にボリュームを上げて行く。

 テーマソングは重低音が響き、奇天烈な音を出す某ヘビーメタルバンドの楽曲だ。

 異世界ではそんな音楽もないだろうから、きっと腰を抜かすほど驚くことだろう。


 帝国軍が基地を構築した場所の湖を挟んだ対岸に、大規模な音響設備を配置している。(対岸まではおよそ300mぐらいなので、夜である今はバレることもないだろう)

 野外フェスとかで使うようなスピーカーが何百台と設置され、そこから出る大音響で帝国軍基地はざわめいた。


『よし、要君、ここで地の底から抉り出したような嗤いを頼む!』


 大家さんの合図でとうとう俺の出番が来た。とはいえ地の底から抉り出したような笑いってむずいんだよね……。


「ぐわぁ────────ははははははっ‼」


 俺の笑い声が異世界に響き渡ると、帝国兵たちは明らかに身構えた。


『よし! ここで爆破! 放水班、放水開始! 映像、ウォータースクリーンが出来上がったら投映開始』


 大家さんの合図で、ドカーン! と湖の水面に仕掛けていた煙幕を発生させる爆弾が爆発。それと同時に高圧ポンプで汲み上げられた水が、数か所のノズルから天高くまで勢いよく放水される。

 そして、煙幕と水飛沫をスクリーンにして、後方からプロジェクターで映像を投影。


『要君演技スタートだ‼』


 俺はその合図と共にハリウッドスター(気分だけ)になる!


「ぐわぁ────────ははははははっ‼ 帝国のゴミ虫諸君、ごきげんよう」


 水のスクリーンには俺の顔のアップが巨大に映し出された。

 そこから徐々に、大袈裟な仕草で体全体が映るように後退してゆく。

 俺の姿を目にした帝国兵は皆恐怖に慄き、皇帝など椅子から転げ落ち腰を抜かしている。

 (ちなみに映像はバイト連中の操作する上空からのドーロンの映像と、シュリのチョーカーから送られてきている映像をリアルタイムで見ている)


 まあ、この姿が突然湖の中に現れたら、異世界の住人が驚くのは当たり前だろう。それも映像で言えば10m以上の大きさで俺の姿が映し出されているのだから尚更だ。

 ちなみに俺の今の姿は予想出来ている人も多いと思う。メイクも衣装も、日本の某ヘビーメタルバンドの悪魔閣下を模倣している姿だ。黒を基調とした衣装に棘みたいな装飾をこれでもかというくらいあしらってある。頭もツンツン尖らせているし、手の指全部にごつごつとした指輪が嵌められている。

 日本人なら見慣れた悪魔閣下だが、異世界人にとっては奇異で不気味な存在に映るだろう。エンデル達も俺のこの格好に最初は恐れたものだ。

 後輩山本君が閣下呼ばわりするのは、この恰好からきている。

 おっと、演技に集中しなければ。ここからは俺の独り舞台だ‼


『なぁ! なに事だ‼』


 椅子から転げ落ち床で腰を抜かしている皇帝ガイールが、怯えた声でそう言った。

 声が拾えるのは、あらかじめ皇帝の衣服へ、シュリに高性能マイクを取り付けてもらっているからだ。


「ほう、そこで無様に腰を抜かしているのは、帝国の皇帝陛下、ガイールとか言ったか?」

『き、貴様……ななななな、何者だぁ~』


 皇帝は尻で後退り、頬を引き吊らせ、怯えながらも反駁してくる。その度胸だけは認めてやろう。


「ふん、情けない声を上げるなゴミ虫陛下。だが吾輩の名を知りたいのならば教えてやろう」


 俺はぶわっ、と大袈裟なリアクションをし、椅子に腰かける。


「吾輩の名はデーモンアキオ!」

『で、デーモンアキオ……』

「いかにも、その筋肉の脳みそでよく覚えられたものだ。褒めてやろう」

『……』


 皇帝は顔を蒼褪め閉口した。

 俺は常に尊大な態度と発言で、こちらに優位的な立場で話しを進めてゆく。


「ふん、臆病者めが。吾輩とまともに会話もできぬとは、帝国の皇帝とやらもたいしたことはないのだな」

『ぐぬぅ……』

「まずは吾輩がなぜ、態々貴様ら帝国のゴミ虫諸君に会うためにこんな所に顕現したかが聞きたいか?」

『……』


 なおも皇帝は声すら出せずに口をパクパクさせ怯えている。

 掴みはOKみたいだ。


「帝国のゴミ虫諸君。諸君らは大きな過ちを犯そうとしている。それを戒める為、吾輩は態々顕現してきてやったのだ」

『あ、過ちだとぅ……』

「やれやれ、ゴミ虫陛下は脳みそまでゴミか? 少しは話しを読めないのか? 貴様等が今なにをしようとしているのか、それすらも忘れてしまったのか?」

『ぐぬぬぬぅ……き、貴様などに言われる筋合いなど無いわ!』

「ふう~、ゴミ虫陛下は立場も弁えないとみた……吾輩を貴様呼ばわりとは、早々に死にたいのか? デーモン様とでも呼ぶべきだろう……まあいい、今回だけは許してやろう」


 常に上位の立場を心掛けて。閣下と呼ばれるよりはましだろう。


「では、忘れているのならば教えてやろう。貴様等帝国のゴミ虫諸君が明日からやろうとしている事は、吾輩に牙を剥く行為だ。故にそれがどれだけ愚かな行為か、心優しい吾輩は教えに来たというわけだ」

「な、なんだと‼ ききき、貴様に何の権利があって……」

「うん? 権利? 帝国には聖教国に戦争を仕掛ける権利があるとでも言うのか? 笑止! ならば教えてやろう。聖教国は既に吾輩の手中にある」

「なぁ……? なななな、なにを戯言を! どこの国の者とも分からぬ貴様が、なぜに聖教国を手中に収めたなど、誰が信じられるか‼」

「ふん、これだから頭が筋肉のゴミ虫は理解力が乏しいというのだ。吾輩は異世界の悪魔王デーモンアキオ。その吾輩の世界にそちらから転移して来た者がいるであろう。その者達と吾輩は契約を交わした。吾輩に全てを差し出すのなら、聖教国を救ってやるとな」

『なあっ、う、嘘だ、異世界からそんなことできるわけがない。貴様でたらめを言っているのだな!」


 よしよし、俺の演技もまんざらじゃないな。

 皇帝ガイールは予想以上に狼狽している。


「ほう、現実に異世界から顕現している吾輩をその目にしても、ゴミ虫陛下の筋肉頭では理解ができないようだな。ならばゴミ虫陛下でも理解できるよう。直接その者たちに語ってもらうか。──おい、お前達こっちに来い」


 俺の合図でエンデルとエル姫さんは、俺の座っている椅子の両脇に立つ。


『なあっ‼ 皇女エルに大賢者エンデル‼』


 二人の姿をその目にした皇帝ガイールは、口をあんぐりと開けた。

 どうやら皇帝ガイールは、エル姫さんもエンデルも見知っているようだ。

 帝国兵が、おお~、とどこか場違いな声を発しているのは、おそらくエル姫さんのスケスケなローブに目を奪われているからだろう。

 違う意味で兵士達を脳殺しているんじゃ? これじゃあ逆効果じゃないか……インパクトがエロさに傾倒しているのはどうかと思うな……。



 そしてここから怒涛の第二幕が始まるのである。

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